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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第四章 龍族の発情期と感情
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◎1.エストレア、盛大に失敗する。





 龍族の雄は元々感情が稀薄だ。

 龍に近ければ近い程に顕著になるのだが、エストレアはそれに輪をかけて感情が薄かった。心が無いのでは、と幼い頃から言われ続けていたが、僅かながら存在していると主張することすらも面倒に思った。

 感じることは感じる。その感じたものが何なのかを理解するには、膨大な知識の量と、それを脳内で変換して引き出せるように慣れる必要がある。

 途方もない数の本を読んだ。そこで得た知識を分かる言葉に変え、脳内に敷き詰めていった。

 それでもまだ及ばない。まだ、人型の言葉を全て理解することは出来ない。


 弟と共に幽閉されていた場所を破壊してからの数年。弟を育てていくこと、危害を加えてくる何者かに見つからないこと、それだけを考えて生きていた。

 そんな状況でも不思議と心豊かに育つ弟。龍である割合が三割と低いことから、弟の発する感情溢れる言葉の数々は、龍族というより人型のそれに近いように思った。

 何を言いたいのか、まるで分からなかった。

 弟の言葉を理解する為に、翻訳に慣れるまでは戸惑っては手間取り、自分の心では瞬間的にしか感情を感じることが出来ない事実に、時には怒りさえ覚えた。

 どれだけ知識を蓄えても、所詮、自分はほとんど龍なのだと。


 龍族で最も力を持っていた氷龍族が、表向きには滅んだ今は治安が悪化する一方だった。

 魔力を持たない人型ですら凶悪な生き物に成り下がっている現状では、魔力の弱い弟は一歩間違えば簡単に殺されてしまうだろう。

 せめて弟が成龍になるまでは身を隠すと決めていた。唯一大事なものを守りながら生きていくのに精一杯だった。


 そんな日々を送っていたある日のことだった。


 人型が立ち寄らないこの渓谷を住処に選んでいたとしても、日中はふらりと迷い込んでくる者も少なからず存在する。

 大抵の人型は『龍族』という種族自体を恐れる。だから、出歩く時は龍の姿でいることを弟と約束していた。人型ではまだ幼い弟は、見た目の珍しさも相俟って何をされるか分かったものではない。


 その日は珍しく遠くにまで行ってしまったのか、捜してもなかなか見つからなかった。やっと銀色の肌を見つけることが出来たかと思えば、弟の近くから声がする。

 此処に棲んでいるのかと、大きなドラゴンの弟を怖がるわけでもなく、当然のように話し掛けているのは、どこかで見たことがある少女だ。

 薄い紫の波打つ長い髪、雪のように白い肌、尖った耳。確か、虐殺で滅んだとされているエルフ族だった。


 鈴を振るような、その表現に違わず当てはまる愛らしい声が聞こえてくる。暫く見守っていると、少女はあろうことか小動物に接するようにその銀色の肌を撫で始めた。

 龍が怖くないのだろうか。とても人型がする行動とは思えず、害も無さそうだと判断して少女の前に姿を現した。


 足元を凍りつかせるまで弟と話していた少女に治癒魔法を掛けてやると、礼と共に顔を上げた少女は焦げ茶色の大きな瞳を見開く。

 聞けば、幽閉されていた時、自分に助けられたらしい。それを聞いて、あの場所を壊して逃げた時に怪我をした少女がいたのを思い出した。

 だが、あれは助けたのではなく、ついでに少女の入っていた檻も壊れただけだ。


 目の前の少女は嬉しそうに感謝を伝えてくる。感情豊かな弟とはまた違う、本物の人型の少女の言葉。初めて目の当たりにする感情の塊だった。

 たったそれだけを伝える為にずっと捜されていたらしい。自分は、人型に感謝されるような存在でもないというのに。

 理解出来なかった。ひどく面倒に感じた。


「お前を助けた覚えなんかない」


 事実を述べたまでと言えばそれまでだが、それを口にすることでこの少女が傷付くのは分かっていた。

 ただ、不快だった。弟の銀色の肌を撫でている時の慈愛に満ちた優しい眼差し、あまりにも無垢で純粋すぎる好意からの感謝。それが、自分には分からない。

 振り払うように冷たい言葉を続けると、少女の顔から色が消えていった。

 その表情に一致する言葉が絶望だった。


「あーあ、優しい子だったのに。……言い過ぎだよ。にーちゃん」


 少女と別れた後に、人型に姿を変えた小さな弟が咎めてくる。

 ひどい物言いをした自覚はある。あんなもの、恩人だと思っていた相手から浴びせられる言葉の数々ではない。

 理解出来ず、受け止められないのならば口を閉ざせば良かった。なのに止められなかった。結果、何の罪もない少女を深く傷付けた。


 他でもない自分に対して感じる大きな苛立ちが、僅かな心の中を埋め尽くしていく。理解出来ないからこそ、取ってしまった行動が許せない。

 少女が絶望した顔が、頭から離れなかった。




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