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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第三章 エルフとこの世界の成り立ち
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14.ショコラ、迫られる。





 朝から空気が澱んでいる。それも、フルミネが途中まで送ってくれるらしい、とエスに伝えた時からずっとだ。

 二人が顔を合わせてからは、何となく気温が低いような気さえする。気のせいだよね。心持ちの問題だよね。


 直ぐそこまでならと、ユビテルとモルニィヤも出てきてくれて嬉しい。

 金糸の髪を惜し気もなく日の下に晒している三人は、途轍もなく神々しくてもはや一枚の絵画だった。元々優雅な二人もそうだけど、フルミネも着崩したりせずにきちんと騎士服を纏えばそれなりに見えるものだ。

 ちゃんとしていたらカッコいいのにね、と声を掛けると、フルミネは何度か口を開閉させてから、何とも言えない顔をして目を逸らしてしまった。



 あれから急いで準備をしていて、重大なことに気がついた私は冷や汗を流した。

 お城に滞在していた時の費用が、国民の税金で賄われていたらどうしよう。血の気の引く思いでユビテルに確認すると、ユビテルのお給料から引いているから心配しなくていいと、のほほんと笑われてしまった。

 それならそれでユビテルに負担を掛けている。どうやって払おうかと思えば、私よりも先に三人分支払いにきたエスを追い払ったところだ、と言われてしまった。

 かなり上乗せした額を提示されたそうで、全力で受け取り拒否をしたらしい。


「宿泊費、いいから受け取れよ」

「えー、だから要りませんって。そんなに言うなら……別の形で支払っていただきましょうか?」


 記憶を反芻していたところで、二人が例のやり取りを始めていた。ユビテルはいつもと変わらず穏やかに笑っているように見えて、この時を待っていた、と珍しく表情に企みが滲み出ている。

 エスの性格に鑑みて、他者に迷惑を掛けて借りを作ったり、筋の通らないことを良しとしないのは分かる。そこに付け入るような言い回し。

 ユビテルの策略を回避出来ず、綺麗に嵌められてしまったらしいエスは僅かに顔を歪めた。エスはここで、なら払わない、と断れる性格でもない。


「我が国と、一番に同盟を結んでいただきたいのです」

「は……?」


 エスは目を見開く。私も、ティエラもだ。

 突拍子もない台詞だった。同盟というのは、そもそも国が結ぶものであって個人となんて無理だ。


「雷龍族はご存知の通り、戦闘力を見れば最弱です。再び最悪の事態に陥り、国を立て直した氷龍族と当たることになれば一堪りもありません。なので、この先お互い平和に、仲良くして行きましょうと、今から約束しませんか?」


 ユビテルは、もう今の時点でエスが国を立て直す未来を見越しているようだ。

 前にエスと話した時には、立て直すつもりはない、と言っていたけれど、やっぱり立て直せるならそうするに越したことはない。

 立て直すなんて言ってない。そう返そうとしであろうエスにユビテルは声を重ねて畳み掛ける。


 最悪の事態で雷龍族が氷龍族に援護を要請して守ってもらう代わりに、氷龍族にも確実に利益はあると。

 今この世界で一番に栄えているこの国から、国が安定するまで支援を続けると。


 あまりにも条件の良い話だ。エスもそう思ったのか黙り込んでしまった。

 考える時間すら与えてくれないこのやり方には賛同出来ないけれど、結果的に良い方向に向かうのなら、頷いてしまってもいいんじゃないかな。


「……二つ返事で決められる話じゃない」


 エスが出したのは是でも否でもない答えだったのに、ユビテルとモルニィヤは顔を見合わせて、物凄く嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「あー、悪ぃな。こういうやり方しか出来ない王しかいなくて」

「いい。元々、準備無しで勝てると思ってなかった」


 喜びを称えあっている兄妹の代わりに、フルミネがエスに頭を下げていた。そのらしくない真似に驚いたのは私だけじゃなかったようで、エスは居心地が悪そうに、突っぱねるようにフルミネの肩を押し返していた。

 ついさっきまで険悪な空気が漂っていたのに、不思議なことに二人が仲良しに見えてくる。


「にーちゃん、良かったね。友達が出来て! いつの間にかすごい仲良しになって!」

「なってない」

「なってねー」


 二人の声が重なる。何故か自分のことみたいに嬉しくて、小さく笑ってしまった。笑った私に気が付いた二人の視線が怖かったのは言うまでもない。


 同盟の件を半ば強引に取り付けて機嫌を良くしたユビテルは、山道の近くまで私達を見送ってから、モルニィヤを連れて去っていった。

 寂しいな。二人の背中が小さくなっていくのを見ていると、泣き出してしまいそうになる。


 俯きがちに歩いていると、だんだんと緑が減っているのに気がつく。山を越えた場所に隣国があると聞いていたから、てっきりそれまでは木々に囲まれているものだと思っていた。

 整えられていた道から、雑草や枯れ草にまみれた道に入り、そこを抜けるとほとんどが砂地になってしまった。山は山でも禿げ山の予感がする。

 辛うじて生えていた一本の野花は色が悪い。水や栄養が足りていないのだろう。花びらが幾つか千切れていて、力なく項垂れている。直ぐにでも枯れてしまいそう。


「閃の国っつーんだけど、まとめてんのは地龍族。種族が種族だ。長居するのは勧めない」


 フルミネが簡単に説明してくれるけれど、地龍族というのはそんなに良くない龍族なのだろうか。横目でエスとティエラを見れば、二人揃って納得したような顔をしていた。

 どうやら、名前を聞くだけで疎通出来る程には良くないらしい。龍族を覚えていなかったのだから当然だけど、地龍族についても思い当たる部分はない。一体どうなっているのか、私の残念な記憶力は。


「当分山が連なってる。途中、コテージを構えてる場所があるから、そこで装備一式見直しておけよ。地龍族に遭遇した時、いきなりお手上げにならねーようにな」

「フルミネ、色々教えてくれてありがとう」


 旅の道中、初めて行く場所では慣れている人からの注意が最も重要だから、本当に助かる。

 ただ御礼を口にしただけで、フルミネは照れた様子で顔を背けてしまった。フルミネは意外と照れ屋さんだと思う。怖い顔付きが少し和らぐこの瞬間が好きだ。


「……お前はな、どんな顔してこっち見上げてんのか、知りもしねーんだろうな」


 どんな顔って、笑っているだけなのに? 疑問符を浮かべて見上げていると、フルミネは何とも言えない顔をして乱暴に私の頭を撫で回した。早く逃げないとぐちゃぐちゃになる。


 逃げようとした時、目の前に影が出来たと思えば頭から手が離れていた。何が起こっているのか確認すれば、エスがフルミネの腕を捻り上げている。

 ボサボサになっているであろう髪を直しながら、真剣に睨み合っている二人を交互に見る。何故、二人はこんなに怒っているのだろう。


「ショコラ、前に俺ら龍族に恋愛感情はない。食いたいか興味ないかだけだって、言ったよな」


 未だ腕を掴まれたままのフルミネが、こんな場面で唐突に話題を持ち掛けてくる。何なのか分からないけれど、早く喧嘩を止めないと。頷いてから、まず二人の腕を引き剥がそうと手を伸ばす。


「俺はお前のこと、食いたい。それこそ、今から連れ帰りたいくらいにな」


 手を引っ込めて、思わず一歩後ずさってしまった。えっと、そのままの意味で捉えていいのかな。食べ物的な意味じゃなくて、もっと、人型の恋愛感情で言う、貪欲な……。


「で、エストレア、お前はどうなんだよ。まさか食いたくもねー獲物連れて、緊急時の非常食扱いじゃねーだろうな」


 フルミネはエスの手を振り払い、痛そうに押さえていた。

 思ってもみなかった恥ずかしいことを言われたせいか、心臓はうるさいし、顔も熱くてどうしていたらいいのかも分からない。

 エスは眉根を寄せて首を傾げている。そうだよね。フルミネは何を突拍子もないことをエスに聞いているのだろう。エスがそんな風に私を見ているわけがない。困るに決まっている。


 答えに悩んでいるようだったエスは、あろうことか突然私に近付いてきた。驚いて後退しようとした私との距離を大股で詰める。


 目の前に立ち止まり、わざわざ私の目線に合わせて屈んできた。

 高貴な蒼玉の瞳が白皙の美貌に映える。何を考えているのか全く読めない無表情。自分の鼓動の音しか聞こえていない中で、形の良い唇がそっと動いた。


「……なあ、俺に食われたい?」


 反則技だった。叫びそうになってしまった私は何の返事も出来ずに逃げ出し、情けないことにティエラの小さな背中を盾にして隠れた。

 高速で動く心臓が痛い。あんなの、答えられるわけがない。


「にーちゃん、初心な女の子に言わせようとするなんて加虐の極みだね。すごくずるいよ。上級者だ」

「聞くか? 普通。反則技に即敗北とか、まじでやってらんねーな」


 散々な批判を受けても、エスはわけが分からなさそうにしている。無自覚であれはティエラの言う通り、何のかは分からないけど上級者だ。

 加速する鼓動を抑えるようにして、何度深呼吸を試みても羞恥が消えない。本当に恥ずかしかった。


 食べられたいかどうかなんて、私に分かるはずがない。ただ、エスに食べたいと思われるのだとしたら、嫌じゃないと思う。

 そんな過激な気持ちはまだ私には分からないけれど。


 先程から感じでいた高めの気温も相俟って、何とか脈拍が落ち着いた時には汗をかいていた。こんなに暑いのも久しぶりだ。

 それから、二人の顔が見られなくてティエラと話しながら先を歩いていた。

 食いたいか興味ないか、そればかりに気を取られていた。後にこの気候の変化が、氷龍族の成龍に大きく負担が掛かるものだと知りもせずに。




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