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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第三章 エルフとこの世界の成り立ち
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11.ショコラ、城下を散策する。





「今日、お前らに観光案内してやる予定なんだけど、なんか文句あるか?」


 フルミネは欠伸を噛み殺しながら、此方に鋭い目を向けてきた。

 欠伸のせいで目が潤んでいるからか普段よりもやや威力が下がっているけれど、やっぱり怖いのは上背があるせいだろうか? じっと見つめていると何故か狼狽えた様子でフルミネは目を逸らした。



 今日はユビテルもモルニィヤも忙しいらしい。ならばエスに着いて行こうと思えば一足遅く、部屋の中はもぬけの殻だった。朝早くから何をしようかと悩んで、ちょうど廊下を歩いていたティエラを捕獲した。

 この国に来てからのティエラは、王宮騎士の方々の訓練に混ざってみたり、使用人の方のお手伝いをしているみたいだったから、こうして朝から会うのは久しぶりだ。

 頭一つ小さいティエラの頭に手を乗せ、指通りの良い髪を梳いて柔らかな感触を楽しむと、目を細めてすり寄ってくる。やっぱりティエラは可愛い。


 そんな時だった。大きな欠伸をしながらフルミネが私達の前に現れたのは。

 観光案内をしてくれるみたいだけど、フルミネはそんなことをしてくれるような殊勝な性格をしていただろうか。根っから悪い人じゃないのはこの数日間で分かっている。でも、善人と呼ぶには悪ふざけが過ぎる人だから。


「案内してくれるの? 自らの意思で?」

「……ショコラ、なんか時々やりづれえな。ユビテルの指示に決まってんだろ。んなめんどくせーこと」

「だよね! フルミネが自ら親切にしてくれるなんて槍が降るよ」

「このガキ……」


 ティエラにまでどういう人物か把握されてしまっている。

 子ども相手に血管まで浮き上がらせて怒っているのが大人気なくて笑ってしまう。声を立ててしまったせいで、怒りの矛先がこちらに向かうことは避けられなかった。そんな世にも恐ろしい顔で睨まなくてもいいのに。


「ったく、朝から俺で遊びやがって……ほら、さっさと回んねーとじきに日が暮れる」


 こうしてフルミネに無理矢理に腕を引かれて、乱暴な観光案内は始まった。

 ティエラを置いて行かないようにと手を繋ぐと、可愛い笑顔が見上げてくる。両手が自由を無くしたけれどティエラが可愛いなら構わない。




 外に出てみれば、フルミネは意外にも丁寧に緑の国について教えて回ってくれていた。

 あれは絶対見とけ、これだけは絶対食え、これを体験せずにはこの国を語れねー。と、フルミネは身長の分足が長くて歩くペースが早いから、私達は小走りで移動することになる。


 初日こそ人が多くてそれらに目を向けるのは至難の業だったけれど、煉瓦造りの温かな色合いと自然が相俟ってとても優しい街並みだ。

 時にはお店の人と無駄に喧嘩してティエラに馬鹿にされたりと、フルミネはガラが悪くて困った人だけど、巻き込まれないように見ているだけなら結構面白い。

 次にこの国に来るとしたら、もうここは押さえとこうって場所は大体把握出来てきた。


「思ってたより案内上手だね」

「はあ? こんなもん適当に勧めて連れ回してるだけだろ」


 フルミネはどこのチンピラだと思う程に大袈裟に眉をひそめた。せっかく見目が良いのに、目付きの悪さと表情で大分損しているから勿体無い。


「そうなの? 私はすごく楽しいよ。この国をどんどん好きになれる」


 笑顔でそう返すと、フルミネは何故かそっぽを向いて黙り込んでしまった。何でも突っ掛かってくるようなうるさい人が、何も返してこないのって変な感じだ。


「ショコラ、フルミネ照れてるよ」

「は!? て、照れてなんかいねーよ! ほら、さっさと次行くぞ。大通り突っ切るからはぐれんなよ」


 ほんのりと目許を紅くして必死に反論するフルミネ。ティエラの冗談に乗せられてすぐに怒り出すのは子どもっぽいけれど、そういうところがこの人の良いところなのかもしれない。

 吃りながら、それを振り払うように強く手を引かれる。その手の熱さと金糸の隙間から覗く紅い耳が、ちょっとだけ可愛いと思ってしまった。



 雷龍族は金髪に緑や青の瞳。不思議と重ねて見なかったけれど、エルフ族と同じ色だ。共通点に目がいくと、勝手ながら懐かしくも親しみが生まれてきた。

 どんなドラゴンの姿をしているのだろう? 髪と同じ金色をしているのかな? 緑の国を知っていく程に、雷龍族のこともたくさん知りたくなってくる。


「フルミネ達はどんな姿のドラゴンなの?」

「あ? そういや最近なってねーな。あっちが本体なのにな」


 大通りの人混みの中、後ろを着いて歩く私に聞こえるように振り向いて返事をしてくれる。

 あっちが本体、そう言えばそうだったと思い出す。皆の人型ばかり見ているから、どうも人型が本体だと思ってしまいがちだ。


「色は? 長いの? それとも羽や身体があるの? 見てみたいな」

「見てみたいって……王族とかその周辺は金色、一般は黄色。大体が長いやつ」

「ショコラは何故かドラゴン大丈夫だよね」


 大丈夫どころか大好きだ。そう笑顔で頷くとフルミネは目を瞠る。何だか、私が変わった反応をしたみたいな……。

 人型の姿は漏れなく美男美女で、ドラゴンの姿はあんなにカッコ良くて綺麗で可愛いのに、好きにならないはずがない。

 フルミネもすごく綺麗なドラゴンなんだろうな。想像しながらフルミネを見上げていると焦ったような顔をされた。どうしたというのか、今日のフルミネは一段と変だ。



 大通りを抜けて、今度は路地を通ってお城に戻ることになった。

 朝はフルミネの案内に若干不安を感じていたのに、終わってしまうとなると寂しい。もう少し案内してもらいたかったな。

 そうは言ってもフルミネには他にも仕事がある。そんな素振りは見せないし、見掛ける度退屈そうに欠伸をしているけれど、これでちゃんと騎士の仕事は全うしているはず。ユビテルの護衛、というのは確かに全然やっていないように見えるけど。


 しんみりした気持ちで薄暗い道を進んでいると、急に立ち止まったフルミネが私とティエラを建物の陰に追いやる。

 握られていた手が離されたと同時に、フルミネは腰に下がる剣の柄に手を掛けて路地の先を見据えた。


「いいか。お前らはそっから出てくんなよ。この先に最近彷徨いてる不審な組織の端くれがいる」


 こんな平和そうな国にもそんな悪党がいるのかと、興味本位でフルミネの背中越しに向こう側を覗いた。

 視界に入ってきたのは見覚えのある白い仮面。数年間、檻の中から見ていたそれと同じだった。思わず声を上げそうになって、間一髪でフルミネの大きな手に口を塞がれる。

 怒られてしまうかと思ったけれど、フルミネは私から手を離した瞬間には颯爽と路地に出ていき、目にも止まらぬ速さで仮面の者達を斬り倒していった。


 さっきまで普通の人型と変わらない動きをしていたのに、斬られた瞬間に糸の切れた人形のように倒れ込む様子が不自然で、血飛沫の一つも上がらないのが異様で不気味だった。

 あれは、一体なんなのだろう。フルミネが剣を鞘に納めながら、何故かその内の一体を引き摺って戻ってくる。

 人形のようだと言っても死体は気持ち悪い。口許を覆って見守っていると、こちらを見たフルミネは眉を下げた。


「悪いな。気持ち悪ぃだろうけど、これ、ちょっと見てろ」


 死体を地面に下ろし、その傍らにしゃがみ込んだフルミネはその仮面を外そうと、布を被っている頭に手を掛ける。そして、布ごと仮面を引き剥がそうとした瞬間、あろうことか死体は塵となって消え去ってしまった。


「これって……一体……」

「何が何でも正体を知られたくねーんだろ。外される時にそうなる術式が掛かってる。だから何体片付けても何の手掛かりもない。今日のこれとか、傀儡の可能性が高い」


 術式。それを使えば魔力の弱い種族でも、それなりに強い力を使えたりはするみたいだけど……。

 フルミネに斬られる前、仮面の者達が繰り出そうと練っていた魔力は私の目から見てもかなり弱々しいものだった。それは傀儡だから動かせる範囲が決まっているのか、元々それくらいの魔力量しかない種族だからなのか。

 後者だと仮定すると、こんなに魔力の弱い種族が私だけでなく、どうしてエスまで捕らえられたのかが分からない。謎が深まっていく。


「この仮面を知ってる。私とエス達を幽閉してたから」

「……は?」


 幽閉という不穏な言葉に反応してか、フルミネは片眉を跳ね上げた。

 私は数年前まで居た鳥籠の中での話をする。もう遠い過去みたいに思っていたけれど、こうして仮面の者達も現れている。改めて誰かに話すと鮮明に思い浮かんで、この話についてはまだ何も終わってないのだと実感した。解決したわけじゃない。逃げ出しただけだから。

 ここまで話してしまえば、もう逃亡の話くらいならしてもいいと思う。この国では出回っていない捕獲令の話も併せて伝える。


「なるほどな。幽閉に、捕獲令……つーか、炎龍族のアホ共は周辺の管外も見張らずに何ちんたらやってんだ。ユビテルだったら目の端でも監視してんぞ」


 話の全容を理解してくれたフルミネは、腕を組んで呆れ気味に溜め息を吐く。


「ユビテルのこと、よく分かってるんだね」

「当然だろ。ただの雰囲気ジジイの下につく程、脳みそ空っぽの単細胞じゃねーんだよ」


 遭って喧嘩する度、エスに単細胞扱いされるのを地味に気にしているみたいだ。それに、仕えてる主に対して雰囲気ジジイって……ユビテルののほほんとした穏やかな笑みとゆったりした言動が頭に浮かぶ。


「お前らは一刻も早くこの国から出た方がいいな。暫く動き回って行方眩ましとけ。支援は出来る限りしてやるけど、問題解決までは保証出来ねえ」

「うん、寂しいけど……そうだね」

「久しぶりの移動だね。帰ったら準備しなきゃ」


 ティエラだって、大分雷龍族に馴染んでいたみたいだから寂しいはずなのに、変わらずこの子は明るい。あからさまに寂しがってる私はティエラに比べてすごく子どもだ。

 まず、エスが帰ってきたら事情を説明して、出来る限り早く此処を去る為に準備しないと。ユビテルとモルニィヤと、お世話になった使用人や王宮騎士の方々にも御礼を言って回って……考えただけで寂しさが募る。

 突然頭の上に大きな手が乗ってきた。何処と無く乱暴で重いのに、不思議と優しく感じる。


「最速で明日発つなら、途中まで送ってやるよ」


 そのままそっと私の頭を撫でて髪を梳き、波打つ髪を一房手に取ったフルミネは、少しだけ寂しそうに微笑んでからそこに口付けを落とした。

 直後、ティエラに高速で手を払い除けられ、ティエラにも同じように髪に口付けられたかと思えば、二人の喧嘩が始まってしまうとは思わなかった。一度沈みかけた空気が一変して賑やかになる。

 やっぱりフルミネと相性が良くないのはエスだけじゃないみたいだ。早く喧嘩を止めないと。




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