10.ショコラ、様々な事実を知る。
現場に近付く程に何かが焦げた臭いが漂ってくる。その先に見えてきたのは、雷属性魔法を駆使して何か大きな生物を倒そうとしている人々だ。何人かで魔力を纏めてその生物に攻撃している。
難易度の高い狩りだと気付いた私は走る速度を落とす。数人で魔法を使っているのなら、あれくらいの音がしても不思議じゃない。さっきは何であんなに焦ってしまったのか。
安堵したのも束の間、攻撃をしていた内の一人が、何をされたわけでもなく地面に倒れ込んだ。続いてもう一人、二人と同じように地に伏せていく。
この状態を私は知っている。早くそこに向かわなければとまた走り出そうとした時、後ろから腕を掴まれて、近くの大木の陰に引きずり込まれた。
見上げた先ではエスが不機嫌そうにしている。いつの間にか羽交い締めにされていて全く身動きが取れない。
「早く助けないと死んじゃうから……!」
「俺にはいきなり倒れただけに見えたけど」
ただ倒れただけじゃない。雷龍族は長時間放電し続けると、急激に魔力が消費されるから底をついてそのまま――
エスに納得してもらえるように必死でその詳細を話していて、今更違和感に気が付いた。暴れるのをやめた私は大人しく、先程まで口走っていた言葉を再度頭の中で反芻させる。
私は、何でこんなことを知っているのだろう。
「それが雷龍族の弱点か」
雷龍族の弱点。何でそんな重要なことを教えられてもいない、異種族の私が知っているのか。
何も知らなくて無意識だったとは言え、もし今詳細を話した相手がエスじゃなくて、雷龍族の敵に当たる種族だったら……。悪い想像をして背筋が冷える。一つ間違えれば、雷龍族を危険に晒すところだった。
自分の言動が恐ろしくて震えが止まらないのに、まだ心の内から沸き上がる焦燥の方が圧倒的に強いのも怖い。
「大丈夫だ。雷龍は数が多いから自分達で何とかしてる」
代わりに状況を確認してくれたエスのお陰で、得たいのしれない焦りは消えていった。身体の震えだけがまだ残っている。
何故、まるで当たり前のように知らないことを知っているのか。それを不思議に思う自覚すらなかったのか。一体、自分の身に何が起こっているのか。
いつの間にか関節が白くなる程握り締めていた手を、エスの大きな白い手が包み込んでくれる。低めの温度が冷えきった手に優しい。
「今が初めてじゃない。お前は氷龍族の弱点も知ってる」
氷龍族の熱。弱点と聞いて瞬時に引っ張り出されるそれに、今になって多大な違和感が襲い掛かってきて気分が悪くなる。
もしかして、これがエルフ族の不思議な力なのだろうか。私は色が違うだけのたいしたことのないエルフだ。それ以外に思い当たる節はない。今まで抱いていた夢や希望が崩れ去る音がした。
こんな、知っていても危険なだけの力だとは思わなかった。もっと誰かの為に使えるものなんだと思っていた。
こうして私が知ってしまったせいで、エス達にも何かしらの悪影響を及ぼすかもしれない。エス達を脅かすような力なら要らなかった。
仲間を助けられるような、役に立てるような力が欲しかった。ただでさえ足を引っ張っているのに、更なる厄介な要素が出てきて、私なんて迷惑な存在でしかない。
「それと全属性持ち、極力黙ってる方がいい」
そう言われてみれば、他の誰も一属性以外使っているところを見たことがない。
氷龍族なら氷属性、炎龍族なら炎属性しか使えないのが通常なんだろうか。よくよく考えるとこれも当たり前なのに、どうして自分が変だという事実にだけ異常に鈍いのか。
ますます私の存在の迷惑さが際立ってきた。泣きそうになる。
「この先、何か分かっても一人で解決しようとするな。どうしても言いたいなら俺が聞く」
もう二人と一緒にいることが出来なくなるかもしれない。絶望的な気持ちになっているところに、エスは一つの解決案を出してきた。
少しも私と離れたがっていない。それが素直に疑問だった。
「私、邪魔じゃないの……?」
「お前に誰かを陥れる程の頭があるとは思えない」
「っ、そんなことしない!」
「そう、そんなこと出来ないくらいの馬鹿だって知ってる」
相変わらず掛けられる言葉の選びはひどいのに、鼓膜を揺らすその声はどうしようもなく優しい。
「俺の手元にいる以上、お前は毒にはならない」
そう断言するエスの声には確証があるようだった。エスになら、こんな力の使い途も思い付くのかもしれない。悪いものも正しく使えるのかもしれない。
だけど私は、エスの言うこと一つまともに聞けない馬鹿だ。私にエスを裏切って陥れる気がなくても、それに繋がる行動をしてしまうかもしれない。本当に何でなんだろう。嫌になる。
「そうとは、言えないよ……私が馬鹿なせいでエスが危険な目に遭ったりしたら嫌だよ」
「その時はその時。お前に絶滅させられるならそれでもいい。この血は絶えてくれてもいい」
いきなり冷たい血液が送り出されたように身体が冷えた。
安心させるような口調なのに、その内容は安心とは程遠い。私の馬鹿を阻止したり回避するものじゃなくて、その犠牲になる気でいるというものだった。
どうして、そんなことを言うの? 私にとってエスとティエラは、ずっと元気でいてほしい大事な仲間だ。大事な仲間の種族としての血が絶えてしまうなんて私は望まない。
握ってくれている手を今度は私から強く握って、後ろにいるエスの方に向き直る。作り物みたいに恐ろしく美しい、無表情の白皙に空いた手を伸ばす。
……ちゃんと温かいのに。生きているのに。
「私は嫌だよ。エスが死んじゃうの。ティエラも嫌。二人とも生きていてほしい」
煩わしそうにエスは目を細める。これ以上立ち入るのは許されない。静かな苛立ちを感じるけれど、そんなことは知らない。
例え、誰もが頷くような正統な理由があるのだとしても、私の言葉の全てがただの綺麗事なのだとしても、仲間が死ぬことを望む者なんていない。
暫く無言を貫かれてしまったけれど、真顔が苛立ちを消しきった後にエスは口を開いた。
「何も知らない癖に……いつかその馬鹿さが足枷になる」
私がエスにするように、頬に手が添えられる。手を握ってくれた時と同じ、エスは何処までも優しく触れてくれる人だ。
「何も知らなくても、私はエスの仲間だよ。生きていてほしいって、思えない仲間なんて仲間じゃない」
この先、衝撃的な事実に目を覆いたくなる日も来るかもしれない。だけど、誰かを生かしておいて後悔するなんて絶対にない。ましてや、エス達と仲間になったことに後悔なんて一つもない。
私が二人から貰えたものは幸せばかりだ。
頬に当てられた手にそっと撫でられる。その優しくて緩慢な動きと、何となく柔らかい視線を感じて、急に恥ずかしさが募ってきた。
物凄く真剣に話していたのに、何だか熱くなってエスの頬に手まで添えてしまっているし、それでもエスは通常運転で真顔だし、まだ私は頬を撫でられているし、龍族は仲良くなると距離が近いし。色んなことが急速に頭の中を駆け巡る。
「すごい馬鹿」
「うん、間違いなく、そうだと思う」
「だけど、嫌いじゃない」
エスに、嫌いじゃないって、言われた!
もう、馬鹿でも何でもいい……それだけで充分だ。嬉しくなって笑顔になると、またもや馬鹿だと追撃されてしまった。そんなことは相槌程度に聞き流せてしまう。
エスは何だかんだ言ってやっぱり優しいから。魔力も強い、龍の姿も人型もとても綺麗。私みたいな迷惑な力があるエルフが仲間でいいのかっていつもいつも思うけど、結局はエスの一言で尽きかけた自信は持ち直す。
「私はどんなエスも好きだよ」
笑顔が止まらなくて思わず口にしたことで、エスが目を見開いて分かりやすく驚いていた。
エスのことが大好きだ。この気持ちだけはきっと、エスの何を知っても変わらない。嫌いになるはずがない。




