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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第三章 エルフとこの世界の成り立ち
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◎7.エストレア、絡まれる。





 エストレアは雷龍三頭に代わる代わる捕まる少女の代わりに、発行令を幾つかこなしながらも異世界への情報を探していた。

 そもそも、少女の口にする異世界というものが本当に存在するのかは定かではない。言っている本人の言動も何処か大雑把で、あまりにもふわっとしたものなのだが、夢物語と称して終わるにはまだ早い。

 いくら残念な程に抜けているとは言え、少女の不思議な点は『この世界』の問題に留まっているとは思えなかった。まずは有ることを前提に調べていくとする。


 この日も幾つかの仕事を片付けて早めに切り上げ、城の図書館に向かう為に夕陽に染まる廊下を歩いていると、前方からあまり視界に入れたくはない者が歩いてきていた。

 雷龍族で最も面倒な男、フルミネだ。


 何やら、日が沈む前に見掛けるのは珍しい、等と聞こえてきた気がしたが、エストレアは何にも話し掛けられなかったかのように、その横を通り過ぎようとした。

 それで逃がされるはずもなく、強引にも肩を掴まれて数歩後ろに引き戻されてしまう。


「……何」

「何、じゃねえよ。無視はねーだろ」


 ただでさえ疲れているところに会いたくもない者に遭遇してしまっては、この口から気怠げな溜め息が零れても仕方ない。


「やけにショコラが嬉しそうだから、聞けばお前から貰ったって髪のやつ見せられたぜ」

「ああそう」


 何の用かと思えば、どうやら前振りがついているようだ。

 あれから、少女がバレッタを気に入って身に付けているのはエストレアも見ていた。

 両側の横髪を捻ってハーフアップにしている姿は元々の幼い顔立ちを引き立てている。本来女性らしさを出す髪型のはずが少女に至っては例外で更に幼くなる。似合っているので特に文句は無い。

 あれだけ目に見えて嬉しそうにしていたら、街中でショーウィンドウを少し覗いていたところを女性店員に引き摺り込まれ、髪飾りの種類や象られた花について力説されていた時間も報われる。


「人型みたいなことするよな。見たところ、八割が龍だってのに」


 魔力量が見えるのはこちらとて同じだが、割合を告げる前に当てられるのは鬱陶しく感じる。

 龍族は魔力が強ければ強い程、それに比例して龍の割合が多くなる。尚、これに関しては遺伝の影響ではない。弟のティエラは三割程しか龍ではないのだから。


「頭に着けるやつやるって辺り、首から下ひん剥いても響かないもんな。所有欲を視覚的に満たそうとしてんの?」

「下品な単細胞だな」

「あんだと?」

「事実を述べたまでだけど」


 沸点が低い、直ぐに頭に血が上るところをそう呼んでいる。胸ぐらを掴んでくるフルミネを、エストレアは心底どうでも良さそうに見据えた。

 真に警戒すべきはこの男ではない。


 雷龍族は穏やかに見えて腹の中が見えない種族と聞く。

 そんな特徴をあっさりと跳ね退けるこの男は、光輝く金糸の髪を持ってはいるが直接的に王族の出ではないのだろう。あの兄妹と違って分かり易すぎる。

 この種族は表面上では笑みを絶やさないものの、何もかも裏から手を回し、外堀を埋めて地歩を固め、確実に成し遂げては勢力を伸ばしていく。兄の方の政治的手腕だろう。

 結果的には国民の為になるのだが、これを平和主義と呼ぶのだからあの男は末恐ろしい。

 だとしても、こちらの手中にあるものは掠め取らせはしないが。


「氷龍族なんて、俺は絶滅したのかと思ってたけどな」

「ほぼ絶滅してる。こっちは政治力より軍事力で物事を平和的に解決しようとしなかったから、時間の問題だった」


 いい加減、服が伸びるのが気になってくる。更に言えば、図書館にも早く向かいたい。エストレアはフルミネの手首を掴み、無理な方向に捻って服からその手を引き剥がす。


 それを合図に始まってしまった。


「っ!」


 唐突に繰り出される剣による物理攻撃。エストレアは両腕に結晶を纏い、瞬時にそれを防いで後ろに跳んで距離を取る。

 これだから単細胞は困る。場所を選ばずに戦闘に持ち込まれるのは小者ならばいざ知らず、フルミネは国王付きの護衛を兼ねる王宮騎士だ。魔法剣使いという付加も加わってそれに該当しない。


「やっぱ物理は効かないか。じゃあこれはどうよ?」


 剣を媒介にして魔力を増大させての電撃を幾筋も落雷させてくるのに対し、エストレアは結界を張るように氷の膜を形成した。轟音が鳴り響き、黒煙が立ち上るのを見届けてから、氷を散らす。

 完璧に防いだはいいが、辺りが無惨に焦げて酷い臭いだ。壁や通路もついでに守れば良かったと後になって思う。


 続いて連続的にあちこちに不規則に放電してくるが、氷の柱を幾つも作り上げて防御を固めて跳ね返し、最後には全て粉砕して廊下に雪を降らせる。

 何とか辺りが燃える事態は回避出来た。この男、遊ぶなら遊ぶで遊び方を選んでほしい。

 この有り様では、後で妹の方がたっぷりとお灸を据えるだろう。あろうことか、軍事力は王女が取り仕切っているからだ。


「打つ術はねえってことかよ」

「数年籠ってたからしっかり鈍ってるけど、何とか勘が戻ってきた」

「こんなに防がれた後で勘がーとか、嫌味にしか聞こえねえ」


 周りのことを考えながらの防御ばかりでは肩が凝る。

 その面掴んで氷像を造り上げてやろうかと、冷気を纏った手を振りかざせば、寸でのところで魔力を薙ぎ払われた。また攻撃に転じて剣を振るわれる前に、防御壁を作りながら一体を広範囲に渡って凍結させると、フルミネは諦めたように頭を振って、降参を告げると静かに剣を鞘に納めた。

 全ての氷を細かく砕いて消し去る。まだ勘が戻りきったわけではない。強い疲労を感じて片手で頭を抱えた。


「前回、遊びの炎龍に負けかけたし、今回も防御が精一杯だ」


 フルミネのように力任せに暴れまわる騎士は司令には向かないものの、何度前線に出しても勝ち残れる程の実力はあったりする。

 責務を務めていないというのが何処まで真実なのかは知ったことではないが、今の遊びは、本当にやる気がなく暇を持て余しているような者が、即興で使える力の範囲を軽く越えていた。


「お前な、弱点属性には一回くらい負けろ。ま、各地を旅人ごっこしてればどうせすぐ慣らし終わんだろ。……何を俺らに隠して探してんのかは知らねーけど」


 微妙なところには頭が回るから厄介だ。

 予定外に長期間滞在しているせいで、フルミネに留まらず兄妹にも多かれ少なかれ感付かれてはいるだろう。

 政治力を見れば兄の方は異世界に関しても何かしら知っているとは思うが、何処までを信用してもいいのか未だに推し量れずにいる。


「現状の龍族にややこしいやつはいねえとは思うぜ? 頭固いのはとっくに死んでる。問題は異種族だ。訳わかんねーのは最近結構斬ったからな」

「異種族……?」


 エストレアは首を傾げた。信用ならないことは常々多いが、異種族はそもそも接触が少なすぎて何も思い当たらない。


「人型だけど。何の組織だか示し合わせたかのように同じ仮面を被って頭部を覆い隠してやがる。生きてるのか傀儡みたいなもんなのかは不明。時たま城下をうろちょろしてんのを掃除してる」


 その組織は白い仮面の者達と何か関係があるのだろうか。何処にでも湧いて出てきているようで頭が痛い。点と線を繋ぎ合わせたところで、あの者達が何をしたいのか全く見えてこない。

 何一つ解決しないままに時間が過ぎていく、それどころか問題は増えていっている。

 どれから手を付けるべきか、一応情報を提供してくれたフルミネに礼を告げてから図書館に向かった。




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