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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第一章 エルフと結晶龍
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2.ショコラ、絶望する。




 寒い、と誰に言うわけでもなく独りごちる。震える顎を押さえ付けるように奥歯を噛み締めて、布をすり抜ける冷気を潰して熱に変えようと腕をさする。

 冷気の立ち込める渓谷、此処にあの人がいるらしい。



 あれから数年、今日に至るまで何とか生き延びた私は、いつの間にか成人の扱いになる十八歳を迎えていた。

 今は旅人という、国から発行される狩りをこなして報酬も貰う不安定な職業に就いている。一人旅だから、仕事を取り損ねた日は空腹で野宿と悲惨なこともあるけれど、自分で選んだことだから不満はない。

 ただ、生きていく内に一人ぼっちは寂しいのだと感じるようになった。


 檻の外に出られるまでは知らなかった、原色の髪は魔力が強い証だということ。

 自分の薄紫の髪を特殊だとは思っていた。まさか魔力を持たない人型の種族は黒髪や茶髪が多くて、色は入っても僅かに差す程度だとは思わなかった。

 実際、私は大した魔力も持っていないし、ちょっと治癒魔法で怪我を治すだけで頭痛がしてくるくらいだ。それでも、周りからは違うものに見えるのだろう。


 いつしか私は紫のエルフと旅人達の間で噂されるようになっていた。詳細は分からないけれど、この髪色で女一人旅、絶対に良い噂じゃない。

 狩りと言っても駆除とか採集みたいな簡単な仕事しかしていないし、足だけは速いようで危険からは逃れられてきただけで、何もしていないのにひどいと思う。

 そんな噂のせいで話し掛ける度に怖がられ、攻撃されては逃げ、まともに話を聞くことも出来なくて長い時間が掛かった。そんな旅もそろそろ終わりを迎えるはずだ。

 やっとあの人の居場所に関する情報が手に入った。


 旅人の間で恐れられている渓谷。相当強い旅人しか立ち入らないと言われている場所だ。大雑把な地図を広げ、確かにここであることを確認して折り畳む。

 進む程に気温が下がるのを感じていた。冷気が渦巻いて、空間自体が真っ白で先が見えない。本格的に足を踏み入れる前から如何にもといった雰囲気だ。

 何故こんな場所で、水色の髪をした男を見掛けた、なんて情報があったのかは分からないけれど、その姿を見て帰ってくることが出来るなら、逃げ足が早いだけの私でもなんとかなりそうだ。


 渓谷に踏み入れた最初の一歩が衝撃的で小さく叫んでしまった。寒すぎる。凍りつきそうな寒さで足が震える。

 両脚に下がる剣に触れ、いつでも抜けることを確認して心を落ち着かせる。大丈夫、危なくなったら全力疾走で逃げればいい。きっと逃げ切れる。


 歩を進める度に足下から霜を踏む音が聞こえて、だんだんと靴底から冷気が染みて這い上がってくる。

 霧が深くて最初は足元すらよく見えなかったけど、草木や土に一面霜が積もっていて凍っているみたいだ。それを見て私はまた一つ身震いをする。長居すると本格的に凍死するかもしれない。



 いない。

 暫く歩いていたけれど水色の髪の男性どころか生き物の一匹にすら遭わない。

 一度戻って違う方角に歩いてみようかと踵を返したその時、少し離れた場所から乱雑に草木を揺らす音が聞こえた。急に空気が強張って研ぎ澄まされる。吐く白い息が瞬時に凍って煌めいた。


「……誰か、そこに居るの……?」


 辺りを見回しながら言葉を投げかける。予想通り反応はなく、また元の静寂が辺りを包む。

 こういう場合、気を抜いた時に何か出てきたりするから気を付けなきゃいけない。剣の柄に両手を添えて、屈んだままもう一度前を向けば、至近距離で目があった。

 巨大なドラゴンと。


 反射的に剣を引き抜いて斬りかかったけれど、鋼鉄のように硬い肌に当たって一筋の火花を散らすだけに終わった。体長は一体どれくらいあるのか、銀色の大きなドラゴンは私を見下ろして喉を鳴らしている。

 どうしよう。さっき斬りかかった反動で尻餅を着いた間抜けな私は、もう立ち上がる程の勇気を足に込められないでいた。寒さと恐怖で大袈裟に震える足に全く力が入らない。

 寒い。凍死する。殺される。


 何の目標も遂げられずに終わってしまうなんて、私の人生散々だった。諦めて瞼を閉じた時、額に何かが当たった。

 疑問に思い、目を開いて確認しようと思ったその時、生暖かい何かが下から上へと頬を擦って撫で上げた。


「へ……?」


 な、舐められた? 何が起こったのか、今度こそ目を開けて現状を把握しようと努めると、ふとおかしなところに気付いて私は剣を鞘に納めた。

 さっきからこのドラゴン、やけに大人しい。それどころか、目が合った瞬間から全くその場から動いていない。

 きょとんとした面持ちで私を見下ろしていたドラゴンは、私に顔を近付けて額に口先を着ける。当たった何かはドラゴンの口だったらしい。


「えっと、あの、ごめんね。痛くなかった?」


 切りつけた場所は一見何ともなっていないけれど、もしかしたら少しくらい傷が付いてしまっているかもしれない。

 問い掛ければ、ドラゴンは首を傾けただけに終わった。見掛けに反してとても温和な様子だ。立ち上がるとドラゴンも私に合わせて頭の高さを変える。


「ここに棲んでるの?」


 人型の言葉は分からないかもしれないけど、私はドラゴンにまた疑問を投げかける。すると、ドラゴンは優しげに蒼色の目を細めて頷いた。すごい、言葉、分かるんだ。

 一頭しかいないのかな。周りを見渡してみてもドラゴンは見つからない。そんなにたくさんいてもらっても困るけれど、一頭じゃ寂しい気がする。

 勝手に悲しくなってきて頭を撫でてあげれば、ドラゴンは心地良さそうに目を細めた。どんな生き物も可愛いものだな。こんなに爬虫類な顔立ちなのにもう怖くない。


「悠長に話してる場合じゃない」


 突然男性の声が割って入ってきた。けれど、その人を確認する前に急激に身体が寒く感じ始めてしゃがみ込む。

 少しの時間立ち止まっていただけなのに靴底が凍って地面に張り付いていた。寒さで露出した部分の肌が真っ赤になっている。夢中でドラゴンと話していて忘れていたけど、すごく、寒いんだった。


「もう少しでその足、使い物にならなくなってたけど」

「わ、す、すみません」


 淡々と恐ろしいことを言う男性が魔法で足下を溶かしてくれる。すぐに温まるこの魔法は治癒魔法の応用だろうか。寒さで併発していた痛みが消えていく。

 この魔法の光、覚えがある。それに、この無機質で綺麗な声、薄まった記憶からそこだけを掘り起こす。男性の顔を見上げれば、捜していた水色の髪が一番に目に入った。

 髪色以外は美しかったという記憶しか残っていなかったけれど、ここまでだっただろうか。凄絶とも言える美貌に、思わず息を飲んだ。


「あ、あの、私、以前あなたに助けてもらったんです! えっと、それで、あの時ちゃんと御礼が言えなくてずっと捜してて! 良かった、やっと会えた……本当にありがとうございました!」


 いざとなれば上手い言葉なんて全然見つからなくて、どう言っていいか分からなくて、でも必死で言葉を紡いだ。とにかく御礼を伝えたくて。それに、またあの綺麗な魔法で助けてもらえた。感激して興奮冷めやらぬ気持ちで身体が熱くなってくる。

 どうしようもなく嬉しかった。無表情一辺倒を貫いていたその美しいかんばせが、僅かに顰められるまでは。


「お前を助けた覚えなんかない」


 熱が急速に冷めていくのを感じた。

 冷静に考えればそうかもしれない。何年も前の話だ。いくら私の見た目が珍しい色をしていても、あの出来事を記憶に強く残しているのは私だけなのかもしれない。


「しかもずっと捜してたとか、迷惑」

「え……」

「さっさと帰れよ。出口はあっち」


 そう言って男の人は指を差してから、ドラゴンを連れて深い霧の中に歩いていってしまった。


 考えるよりも先に視界は水の膜が張って歪んだ。まばたきの度に零れ落ちて、地面に着く頃にはほとんどが凍って霜に紛れる。

 確かに、ずっと、なんて気持ち悪かったかもしれない。御礼を伝えたいだけで長い時間ずっとあの人を捜して、それを目標にして今まで生き伸びてきたようなものだった。自分じゃ気付かないものなんだな。迷惑なことだったんだ。

 そもそもこんな、人が立ち入らない場所にいる。見知らぬ人に追い掛けて来られて歓迎するはずがない。

 自分の驚くほどの馬鹿さに、この数年間の自分の気持ち悪さに、今の瞬間に嫌気が差した。

 こんなに悲しい気持ちになっていても身体は正直で恐ろしく寒くて、冷たい足がまた痛くなってきて、感覚のほとんど無い足で私は渓谷の出口に向かった。



 渓谷を出ると、気温が徐々に元に戻って暖かく感じる。

 何だかすごく呆気なかった。夢の前に立っていた目標、あの人に御礼を言うこと。御礼を言って、それから私は一体どういう見返りを期待していたのだろう。

 悴んだ指の感覚がなかなか戻ってこないまま、今日泊まる宿を見つける為に街へと足を運んだ。




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