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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第三章 エルフとこの世界の成り立ち
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3.ショコラ、縄張り意識を持たれる。





 大通り全体を見渡せるお店なら、買い物も人捜しも同時に出来ると言う兄妹に着いてきたけれど、高そうなお店に連れられてすごく困惑している。

 現状の自分がどれだけみすぼらしいかがよく分かってしまうし、そんな自分に対しても店員さんの対応が丁寧過ぎて居たたまれない。一刻も早く逃げ出したいくらいだ。

 それでも兄妹は楽しそうに服を選び、あれもこれもと翳されては鏡の前に立たされている。さすがに流され過ぎかな。どう言って断れば良かったんだろう。

 悪意のある人達からならどんな手段を選んでも逃げ出すつもりでいたのに、この二人からは好意しか感じられない。立ち居振舞いからして裕福な方々なんだろうけど、何故会ったばかりの私にここまで……。


「色が白いと何色でも似合いますけれど、白や紫が肌と髪を引き立ててくれると思いますわ」


 このブラウス珍しい。羽織りになっているのかケープみたいで、腕の内側も開いてるなんて。

 ボタンが無いと思えば、店員さんが数種類のリボンを見せてくれた。首元をこれで留めるのかな。

 兄妹がベアトップのブラウスを持ちながら、細めのリボンを推してくるけれど、それだと胸元を晒してしまう。それは恥ずかしいので、全力で断って太いリボンを選んだ。


 リボンと同じ藤色のスカートを合わせて試着すると、お腹の辺りに装飾が足りない、と兄妹が首を捻る。此処に追加するとなるとコルセットだと二人は意気揚々と選び始めた。

 私も二人の隣で見ていたけれど、一つ、濃紫のコルセットに目が留まる。

 柔らかな布地でボーンの数も少ない。機能よりも装飾としてのものなんだろう。薄手の飾り布が付けられていて、前がダブルボタンで開閉出来るようになっている。

 エスが着ている上着とデザインが似ていた。それを凝視している私に気が付いた女の子は、それですわ! と喜びの声を上げ、試着した私を見て満足げに笑みを浮かべていた。



 他にもブーツや双剣、更には髪飾りまで、何軒ものお店を回っている内に、いつの間にか全身が女の子らしく仕上がっていた。「完璧な仕上がりですわ!」と唸り、「可愛らしさが磨かれましたね!」と、連続で絶賛してくる兄妹。何だかもう緊張やら照れやらで疲れ果ててしまい、ただ御礼の言葉を返すことしか出来なかった。

 色々と選んでもらっている最中、何度も注意して窓の外を見た。それでも、エスとティエラの姿は見つからない。



「あ、あの、何から何までありがとうございます……お代はいくらですか?」


 人通りに落ち着きが出てきた大通りに出た時、二人に向かって再度御礼を口にする。それから、何もかもを買ってもらって、贈るという言葉を真に受けるわけにはいかない。今日、さっき会ったばかりのまだ名前だけしか知らない人達なのだから。

 服、靴、装飾品、武器。これだけ揃えれば結構な値になるはず。大国だから発行令もたくさんあると思うし、何とかして払わなければ。


「要りません。わたくし、このように楽しい時間は久しぶりですの。お付き合いいただいた御礼として差し上げます」

「で、でもっ……さすがに受け取れないです!」


 必死で食い下がろうとする私を見て、二人は顔を見合わせてから微笑む。


「では、ちょっとした令をお願いしても宜しいでしょうか? お代はそれの達成に致します」

「えっと、それはどのような案件でしょうか……?」


 いつも利用している発行令は国が出しているものだから、個人から請け負うだなんて初めてだ。どういう風に依頼を受ければいいのか分からない。


「ああ、心配しないでください。そんなに難易度の高い仕事でもないのです。少しばかり厄介な人捜しです」


 人捜しを令と呼ぶだなんて珍しい。何だかよく分からないけれど、それでこの二人の役に立てるなら、更にお代になるのなら一生懸命頑張ろう。


「その前に、お仲間を捜しましょうか。長い時間連れ回して本当に申し訳ございません」

「はい、宜しくお願いします」


 あれから結構な時間が経っているはず。

 知らない人達についていったり、色々と買ってもらったりして、きっとエスにきつく怒られるだろう。あの二人ならば私みたいにフラフラと流されて、知らない人に着いていくなんて絶対にしない。ましてや仲間を置いてなんて。

 何だかんだ言いながら買い物も楽しんでしまったし、謝る時の心の準備をしながら二人を捜そう。



 水色髪に白髪、どちらも稀有な髪色だと言うのに、何故こうも見つからないのか。

 思い出したように不安が迫り上がってくる。自分のことを心配してくれてるかもなんて、それこそただの傲慢な考えで、二人はもう遠くへ行ってしまっていたらどうしよう。

 自分を抱き締めるようにして腕を組み、俯きがちになっていると、隣で甘い花の香りが舞った。一房の巻き髪が外套の中から零れ出ている。


「これだけ連れ回しておいて今更かもしれませんが、ショコラとお呼びしても?」

「あ、全然、私もモルニィヤでいいですか?」

「ええ!」


 ふんわりと微笑むモルニィヤは、顔の大半が隠れて影になっているのにも関わらずとても可愛らしかった。花が綻ぶよう、とはこのことだ。同じ女の子でも、こんなに優雅に品良く笑える人がいるものなんだ。

 炎龍のリプカさんは妖艶美女といった雰囲気だったけれど、私には何があるだろう。二人と並べてしまうと、私なんて色以外平凡だ。特筆するようなことは無いと思う。


「ところで、ショコラはどうして旅人をしていらっしゃるの?」


 大きな猫目が真っ直ぐに見つめてくる。女で旅人、それもエルフ族であることを踏まえれば、国を一つ跨いでこの国に来ているのだから、そこまで大移動しているのは不思議なんだろう。

 逃走中なのは黙っておいた方が良い。当たり障りなく、夢を叶える為、その情報集めで各国移動していると、その夢にはぐれてしまった仲間も連れていくと説明すれば、モルニィヤはパッと目を輝かせて胸の前で手を合わせた。


「まあ、そうでしたの! 明確な理由を持って旅人をしている方は珍しいです。ショコラは素晴らしい方ですわ!」

「そ、そうですか?」


 あまり褒められると照れてしまう。それが私の生きている全てで、拙くて小さな世界だというのに。エスに引き続き、他人にそれが認められた。とても嬉しかった。


「それに男性お二人を『連れていく』だなんて、なかなか言えないことですもの。勇ましいですわ。あなたは強い人ね」


 思いがけない言葉まで掛けられて、思わず返事に詰まってしまう。

 強い、だなんて。根も葉もない噂以外で初めて言われた。弱いも良いところな私なのに、勿体無い言葉だ。


「強いんでしょうか。私は、自分の夢が仲間も救えるなら、何としても無事に連れて行きたいと思うだけです」

「とても、仲間を大事にしていらしてるのね」

「はい、とても、大事です」


 モルニィヤの瞳が柔らかく細められる。女神様のように慈愛を湛えた美しい笑顔につられて、私も笑顔になってしまう。

 優しい人だな。私の話に面白味なんて無いと思うのに、しっかり聞いてくれて、嬉しい言葉をくれて。エスに再会出来てから良い人達との御縁が増えた。仲間が出来てから良いこと尽くしだ。


「もしかして彼等ですか?」


 しまった。またお喋りばかりして。先を歩いていたユビテルが戻ってきて、手で示された先にはエスとティエラの姿があった。思わず返事も返さずに二人の元に走り出してしまう。


「ショコラ、やっと見つけた! って、服どうしたの?」

「え、あっ、これは……」


 どうしよう。頭から足の先まで変えてしまっているのだから、当たり前だけどまずそこを突っ込まれるよね。

 やっと二人に会えたのは嬉しいけれど、どこから説明していけばいいのか全く分からなくなってしまった。とにかく、はぐれてしまったことを謝らないと。


「はじめまして、お仲間さん。僕はユビテルと申します。大変長らくお借りしていて申し訳ございません」

「わたくしは妹のモルニィヤと申します。連れ回していたのはわたくしですので、どうか彼女をお叱りにならないでくださいませ」


 困っていたところ、兄妹が揃ってフードから少し顔を出しながら、今までの経緯を丁寧に説明してくれた。

 最初に一人で先走ってはぐれてしまった私が全面的に悪いのは間違いないのに、二人はこの件に関しての責任は全て自分達にあると、私の非を断固として口にしなかった。


 二人が話している最中、いつもの無表情を全く動かさずに聞いていたエスは、詳細が語られる程に静かに苛立っているように見えた。

 絶対に気のせいじゃない。その後に向けられた視線が底冷えのする冷たいものだった。

 怒られる覚悟をしていたのに、そんなものは一瞬にして砕け散った。後が怖すぎて身が縮こまる。


 怯えてモルニィヤの服の袖を掴むとその眼光は更に強まる。ティエラが呆れたようにエスを宥めようとしているけれど全く耳に届いていないようで、その視線の先は私に固定されている。

 謝るに謝れない。震えそうになりながら視線を逸らすと、隣でモルニィヤがほんのりと頬を桃色に染めていた。ええっと……? 熱の籠った目線を辿ればエスに行き着く。ああ、そっか、エスは、とんでもなく綺麗だから。

 ユビテルとモルニィヤも神々しく美しいけれど、エスの美貌はその二人をも凌いだものだ。神が特別に手を入れたに違いないかんばせは、今まさに怒っているせいで凄絶な美しさを放っている。私にはそれが途轍もなく怖い。


 この恐怖は私にしか感じられないものなのかもしれないけれど、弾んだ声でエスとティエラに名前を聞いているモルニィヤが強者だとしか思えない。

 エスの視線が離れて安心してしまう。淡々と名乗るエスに対し、「お名前まで素敵でいらっしゃいますのね」と返すモルニィヤの纏う空気が薔薇色に染まり、ゆだるような熱気を感じて思わず袖を掴んでいた手を離した。


 二人の自己紹介が終わったタイミングで、ユビテルが先程の人捜しの件について切り出し、懐から何かを取り出した。


「ショコラに捜していただきたいのはこの男です。困ったことに数日前から家出しておりまして、生かしたまま狩ってきてほしいのです」


 家出。何かしらを隠した上での言い回しがそれだったんだろう。ただ、人捜しにしては物騒な言葉がついているように聞こえた。

 ユビテルが見せてきたのは一枚の姿絵だった。描かれているのは、二人と同じ金糸の髪に、鋭い青色の瞳の男性。

 右側の耳の上を三本に編み込んでいて、髪の長さも左右非対称だ。見るからにガラが悪そう。同じ金髪でも此処まで印象が違うものなんだな。

 プロミネが如何にも自由業を営む御家の若頭風だとすれば、この男性はその辺に座り込んで周りを威嚇している族っぽい感じだ。


「期限が短いのですが、明日の夕刻までにお願い致します。捕らえるのでしたら、多少傷を付けてもらっても構いません」

「え、傷、ですか……?」

「ええ、わたくしからもお願い致します。この男、痛い目に遭わないと分からないお馬鹿さんですの。兄様も情けをかけず、クビにして差し上げたら宜しいのに」


 ユビテルだけでなくモルニィヤまで何やら物騒だ。兄妹の美しい笑顔が不穏に思える。一体この姿絵の男性は何を仕出かして『家出』をしたと言うのだろう。

 姿絵を受け取ると、待ち合わせ場所を丸で囲まれた、この国の地図も一緒に渡された。指定の場所はお城の近くの広場か、此処なら場所はすぐに分かりそうだ。


「では、お願い致しますね。明日お待ちしております」

「はい、頑張ります」


 ユビテルは笑みをのほほんとした柔らかなものに切り替えた。そろそろお別れになるのかと思えば、「ちょっと宜しいかしら」とモルニィヤが近付いてくる。


「釦、お揃いですのね」


 翡翠の瞳がちらりとエスの方を向いたかと思えば、上品に微笑みながら囁かれた。

 何が、と聞くまでもなく顔が熱くなる。バレてしまった。弁解しようにも事実だし、開きかけた口は閉じるしかない。そんな私を見てモルニィヤは楽しそうに笑う。


「また後日、女の子同士でお茶でも致しましょうね。では、ごきげんよう」


 優雅な礼をしてフードを被り直し、金髪の兄妹は去っていった。

 まるで嵐のようだった。まだ顔の熱が引かない。

 あの兄妹は多分この男性を捜す為に出てきていたんだろうけど、結局私の人捜しに付き合わせてしまったのだから、絶対に捕らえて連れて行かなければ。

 少し気が抜けたところで、人捜しよりも先に重大な問題がある事を思い出した。上り詰めていたのが嘘のように血の気が引いていく。


「あ、あの、ごめんなさい! 私、前しか見てなくて、二人とはぐれて……」


 恐る恐る後ろを振り返って頭を下げると、頭の上に手が乗せられた。予想外の出来事に肩が跳ねる。

 怯えているのが丸出しなのが余計に怒りを煽ってしまうのが分かっているのに、乗せられた手の意味も分からなくて、恐ろしくて顔が上げられない。


「何もなくて良かった」

「……え?」


 どんなきつい言葉が返ってくるだろうって身構えたのに、掛けられたのは意外な言葉。

 間抜けな声を上げて顔を上げると、まだエスの顔は怖かった。でも、何だろう。はぐれてしまったことや、知らない人に着いていったことを怒っているんじゃない。その怒りに人型とのズレを感じる。人型だったら絶対にそこではない部分で怒っている気がする。


「宿探す。それ、捜すのは明日の朝から」


 頭から手が離れたと同時にエスは歩き出す。ついて行こうとしていると隣にティエラが来て、大丈夫かと小首を傾げて心配してくれた。


「ショコラ、にーちゃんがもし怖い時や冷たい時があっても忘れないで。にーちゃんはショコラを大事にしてるよ。僕は魔力が弱い分、かなり人型に近いけど、にーちゃんは魔力が強いから龍に近いんだ」


 魔力が強いから龍に近い。

 そう言われると、エスの無表情も人とは何処か違う空気も納得出来るような。


「僕は龍側も人側も何を考えてるか大体分かるけど、にーちゃんは人の常識がありそうでほとんど龍だから、ショコラが思うより人じゃないんだよ」


 端々でズレを感じているはずなのに、エスが龍であることを何故か忘れそうになる。こうして違いを説明されてやっとそうだったと思うくらいに。

 二人が初めての仲間だから比較する対象もいなければ、恐ろしく無知であるのも手伝ってか、私はただ二人がいるだけで幸せに過ごさせてもらっている。

 だから龍族が人型と違って驚くことはあっても、悪いように取ることはきっとこの先も無い。


「大丈夫。エスの言葉で傷付く時期は大分前に過ぎたから」


 最初は泣いてしまったけれど、あの時も濃い霧の中で迷うかもしれない私に、しっかり出口を教えてくれていた。無表情と言葉選びのきつさのせいで分かりにくいけど、エスはちゃんと私に優しくしてくれている。


「それなら良かった! だからね、にーちゃんは自分の縄張りのものを勝手に変えられたことに腹が立ってるだけだよ」

「縄張りのものって……」

「うん、ショコラ。僕も苛々するんだよね。獲物に許可無く勝手に触られたんだから」


 うん、これはすごく、人とは違う感じ。発情期にも驚いたけど、人型にはそんな時期はなくても、子どもを作る時にそういうことをするにはするから……。

 さすがに個人に対しての縄張り意識は驚いた。獲物って言い方は気になるけど、仲間だってしっかり認識されてるから苛々してもらえるってことだよね。それはすごく嬉しい。


「うーん、この苛々って、人らしく言うと嫉妬かな?」

「微妙に意味合いが違う。余計なこと吹き込むな」


 いつの間にか追い付くのを待っていてくれたらしいエスが振り返ってきて抗議する。

 嫉妬、その言い方にされると急に恥ずかしくなる。縄張り意識だから近い感情に当て嵌めるとそうなるんだな。やっぱり喜ばしい。




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