2.ショコラ、金糸の雷の兄妹と出会う。
やってしまった。
耳を塞ぐ喧騒、人混みがもはや人垣。早速、エスとティエラとはぐれた。それも、見つけられそうにない。
緑の国に到着して早々、我先にと飛び込んでいってしまった私が本物の馬鹿だったと、いくらでも謝るから二人に会わせてください。
賑わってるなー、大国は違うな、と二人が追い付いて来ているかも確認せず、暢気にフラフラと入ってしまったが最後だった。まるで土石流のような人混みに飲まれ、自分が今何処にいるのかも分からなくなってしまった。
比較的背の低い方である自分の身長を呪う。前が見えないし息苦しいし、知らない民族衣装の人がいっぱいで恐怖すら感じる。
華の国でのティエラの一件で学習しなければいけなかったのに、先陣を切って迷子になっているのだから驚きの馬鹿さだ。常日頃から、エスに残念なものを見るような視線を向けられるだけある。
僅かな隙間という隙間を掻き分けて脱出し、何とか一番目に付きそうな門の付近に避難することが出来た。
ここから見ていても二人の姿は見当たらない。ティエラは見つけられないにしても、エスは背が高いからすぐに分かると思っていた。水色髪なんて何処にもいない。
知らない人ばかりの中で一人きり。焦りの中に心細さが芽生える。大国なんて入ったことがなかったから、まさか普段からこんなに人が多いだなんて思いもしなかった。
安定した政治体制の下ならこうやって経済もしっかり回っているものなんだ。今まで本当に田舎しか回っていなかったんだな。
壁に背を預けて溜め息を吐いた。必死で流れに逆らったせいか早くも疲労を感じる。
私はどこまで世間知らずにのうのうと生きてきたんだろう。エスと再会してからというもの、どれだけ自分が無知か思い知らされる。
それから、自分でも不思議だった。生きていれば必要な情報に附随して、最低限知識の幅は広がっていくはず。なのに、私は当たり前のことも何も知らないで、ただエスへの御礼と異世界への夢だけを胸に生き延びていたなんて、何処までも能天気な話だと思う。
気分は落ち込むばかり。今もこうして二人に見つけてもらうしか合流出来る方法が無さそうだなんて。
自分の無能さ加減に絶望し掛けた時、目の前に影が落ちた。
「お姉さん、もしかしてお仲間とはぐれました?」
優しい男性の声。その質問に頷いて見上げた先には、暗い色の外套を身に纏い、フードを目深に被っている男性が立っていた。
暗く影になっていて顔は分からない。代わりに隙間から覗く金色の髪が、直接光を受けていないのにも関わらず煌めいているのに目が行く。
「この城下町で人とはぐれると大変ですよね。僕もうっかり妹とはぐれてしまいまして」
あはは、いやあ、参ったなあ。と男性はのほほんと笑った。のんびりとした口調とまったりとした笑いのせいか、全然困ってなさそうに見える。
「困ったついでに、お姉さんが可愛いので声を掛けてみました! 仲間とはぐれた同盟ってところですかね」
「は、はあ……」
気分が沈んでいてゆるい空気について行けていないし、あまり他人からこういう風に声を掛けられたこともないし、どう返事をしていいのかも分からない。
それにこの明らかに不審な出で立ち。様々な服装の人が入り乱れているにしても、全身を覆い隠している人はいない。警戒心を丸出しにしている私に気付いてか、男性はフードの奥で苦笑いした。
「警戒されてますよね。顔を合わせて名乗りたいところですが、ここでは無理です。お仲間を捜すついでに一本道を外れて歩いてみませんか?」
人が沢山いるところでは顔を出せないの? 一体どんな有名人なのか。危険な仕事でもしているのか。男性の誘いに乗ってしまっていいのか悩んだ。
このまま門の近くに留まっていてもこの混雑では出る事も儘ならないのか、今のところ私のように逆走してくる人は一人もいない。立ち止まっていても見つけてもらえそうにないし、人捜しは出来ない。危なかったら早い段階で逃げれば何とか……。
色々と考えた上で頷くと、男性は流れるように手を差し出してきた。精練された優雅な動きに既視感を覚える。
ふと、エスが時々同じ動作をしているのを思い出して、妙に安心してしまった私はそっと手を重ねた。
一筋外れるだけで、こんなに人通りが少なくなるものなんだ。建物に阻まれて薄暗いし、路地に入り込んでしまえば私達の他には誰もいなくなった。
そこで男性はフードを捲って全貌を私に見せてくれる。
初見で思った通りの、光が無くても充分に輝きを放つ金糸の髪が一番最初に目に留まる。
整った穏やかな顔立ちに翡翠の瞳がゆっくりと細められて、やがて美しい笑顔になった。瞳が少し垂れ目なんだろうか。物凄く優しそうな顔だ。左側に泣きぼくろがあって色気もある。
エスを始めとして、出会う人達の美形率が高過ぎて感覚が麻痺してしまうかと思ったけれど、美しいものは幾ら見ても美しく感じるようだ。
「自己紹介が遅くなりました。僕の名前はユビテルと申します」
「ユビテル、さん……?」
「ああ、敬称なんて結構ですよ! 何せ、僕達は仲間とはぐれた同盟ですからね!」
どうやら変な同盟を組まされていることに変わりはないらしい。
続いて私も名乗ると、ユビテルは何とも愛らしい名前だと綺麗な笑みを浮かべて褒めてくれた。御世辞だとしても名前を褒められるのなんて初めてだから、何だかすごく照れる。
人前で顔を晒せないなんて一体何をしている人なのか気になったけれど、それとなく探りを入れようとすればゆるゆると躱されてしまった。
警戒させて怖がらせてしまった御詫びと言いながら、ユビテルは二人を捜すのを手伝ってくれるらしい。その、ナントカ同盟だから協力するのは当たり前なんだとか。綺麗な人だけど、やっぱり変な人だ。私もユビテルの妹さんを捜すのを手伝わないと。
話が纏まったところで、ユビテルは再びフードを被り直す。
「では、行きましょうか! 愛すべき仲間にもう一度出会う為に!」
「は、はい……!」
固く拳を作って気合いを入れるユビテルを見てると、何故かそれに倣わなければいけない気がして、続いて私も拳を作っていた。
変な人だけど、悪い人ではないんだろう。警戒していた癖に暢気な話かもしれないけれど、一人でいるよりずっと良いし、ユビテルの不思議な空気のお陰で元気が出た。
髪色や身長、服装等、詳細に二人の特徴を伝えるとユビテルは目を丸くしていた。
仲間が男性二人だとは思わなかったらしく、同じ男性の自分が私を連れていたら怒られるんじゃないか、と肩を竦めてみせたり、二人に取り合われることでしょうね、と冗談を交えてみたり。
ユビテルは大して返答の上手くない私でも、会話が途切れてしまわない程に話し上手で、すぐに緊張が解れていった。
そう言えば、ユビテルの妹さんの特徴を聞いていない。やっぱり金糸の髪に翡翠の瞳の穏やかな顔立ちの女の子なんだろうか。
問い掛けようとした時、離れた場所から高く愛らしい声が聞こえてきた。
「兄様! やっと見つけましたわ!」
路地の向こう側からユビテルと同じ格好をした女の子が走ってくる。服の裾を控え目に摘まんで、息を切らしてやってきた女の子は、ユビテルを見上げては腰に両手を当てる。
「兄様ったら、またフラフラと歩いていつの間にかわたくしを置いていくんですもの! あら、あなたは……?」
お嬢様口調の女の子はすごい剣幕でユビテルに詰め寄った。フラフラと、確かに、出会ってからの短い時間の中でもそういう感じはしていた。
私に気が付いた女の子はそっとフードを捲る。丁寧に巻かれた金糸の髪が現れた瞬間、甘い花の香りが広がった。ぱっちりと大きな翠の瞳がまるで猫のようだ。
「兄様……とても可愛らしい女性をお連れですのね。低俗にもナンパ等と、兄様ともあろう方が聞いて呆れますわ」
「えー違うよ。この子とは仲間とはぐれた同盟だよ」
「また意味の分からないことをおっしゃって……」
大きな瞳に睨め付けられてもユビテルの様子は変わることなく、軽く避けるようにして自分の調子に引き込んでいる。溜め息を吐いた女の子は私に向き直り、服の裾を摘まんで会釈をした。
「申し遅れました。わたくしはモルニィヤと申します。兄が御迷惑をお掛け致しました」
「いえ、私はショコラと申します。ただ仲間とはぐれただけの旅人なので、そんなに畏まらないでください」
慌てて私も会釈を返したけれど、あまり礼儀正しくされると恐縮してしまう。
金髪ってこんなにも迫力があっただろうか? エルフ族も金髪が一般的で幼い頃は見慣れたものだったけれど、この二人の髪は輝きが違う。光を散りばめて紡いだようだ。
神々しさに圧倒されて縮こまっていると、女の子が私の服の裾を掴んだ。結構長い間着ているせいか、糸が出たりほつれたりしている。
初対面の女の子にいきなりそれを見つけられてしまうなんて恥ずかしい……。
「あなた、失礼ですがこの服……女の子ですのに……服を見に行きましょう! 心配には及びませんわ! わたくしが贈って差し上げます!」
「えっ、えっと、あの――」
手を取られてしまった瞬間、お気遣いなく、なんて台詞は飛んでしまった。
女の子は服や装飾が如何に女を変えるかを語りだしてしまい、もう何も聞こえていないようだ。ユビテルに助けを求めようにも困ったように笑われ、ではお仲間を捜す次いでに致しましょう、と何故か乗り気だ。
エス、ティエラ、ごめんなさい。変わった人達に出会ってしまった。合流するのはちょっと遅くなるかもしれない……。