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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第三章 エルフとこの世界の成り立ち
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1.ショコラ、基本を知る。




 幼い頃、寝台でお母様がたくさんお話をしてくれた。

 絵本の物語やエルフ族に纏わる昔話。そのどちらかと言えば、昔話の方が不思議で好きだった記憶がある。

 子どもだった私が聞いても問題が無いように、何処まで脚色が加えられているかは分からないけれど、今でも何度か夢に見る不思議な力の話があった。


 エルフ族には稀に不思議な力を持って生まれる者がいる。という単純明快なお話だ。不思議なのは力の方ではなく、その話の方だと小さいながらにお母様に言っていた。

 力を持っていると言いながら、どんな力なのかは分からず、それもどの瞬間に発動するものなのかも分からない。

 今初めて聞いたとしても、私は昔と同じく聞き返すだろう。


 お母様は普段はきつく言い付けたりしない人だったのに、その話を聞いた時は真剣な顔で補足を口にしていた。まるで注意事項というよりは警告に近かったように思う。

 その内容も、「もしその兆候が現れたら、絶対に大事な人、信頼出来る人の為だけに使いなさい」というものだ。そこまで念を押される力なのに詳細が分からないのは変だった。


 その話には納得が行かないにしても、波打つ髪をゆっくりと撫でられるのが心地好くて簡単に寝入ってしまう子どもだった。

 お母様からもらった不思議な色の髪。陽に透けるような淡い紫。私は好きな色だと思うけれど、周りのエルフ達には疎まれる。他者からは好かれない色なんだと思う。


 私が皆を嫌いじゃなくても、皆は私が嫌い。朝目覚めればまたその現実に向き合うことになる。

 そんな日常を送っていたから、絶対に信頼出来る人なんてお母様以外に出来るのだろうかと、二重で疑問を抱いていた。


 不思議な力、それがもし自分の中にある力として出てきてしまった時のことを幼いながらに想像して、とても怖くなっていた。

 そんなものが自分にあったとして、誰に使えばいいのかなんて分からなかったから。新たに阻害される原因になったらと、より恐怖心が増した。

 今でも鮮明に覚えているのはそれだけ聞いた話だからだ。その不思議な力を持つのが私ではないかと、お母様は危惧して警告していたのだろう。




 この街を通過した先には緑の国と呼ばれる大国の王都があるらしい。政治も安定していて、雷龍族というまた別の龍族もここにいるのだとか。

 そんな国でなら異世界への経路を探れるのではないか、とエスが提案を持ち掛けてきてくれてとても嬉しい。また一歩進むことが出来るかもしれない。足取りが軽くなる。


 エスが一人で調べていたのは、どうしてあんな悪質な呪術が小さな街に撒かれていたのかについてだった。

 どうやら、力があれば楽に稼げるからと不用意に増えすぎた旅人達を削減する為に、緑の国が定期的に撒いているものだったようだ。ちゃんとした国はそんなことまで取り仕切っているなんて、今までどれだけ治安の悪い国にいたのか。

 私は二人が戻れるかどうかだけが心配で、その辺りを全く考えていなかったけれど、特定の個人に対するものじゃなかったと聞いて安心した。せっかく二人を捕獲令の出ている区域から出せたのだから、少しでも気の抜ける時間を作ってあげたいから。


 色々と大変なことはあったけれど過ぎたことだし、通常の大きさに戻っている二人を振り返って見ると何だかそれだけで嬉しくなる。

 後ろ向きで歩いているとどうなるかはちょっと考えれば分かるはずなのに、私は本当に馬鹿だった。あ、と声を出したもののもう遅い、太い木の根に足を引っ掛けて滑った。


「絶対やると思った」

「あ、ありがと……」


 寸での所でエスに助けてもらえて転けずに済んだ。御礼と共に顔を上げてその距離の近さに驚く。

 今までなら腕の辺りを引っ張ってくれていたのに、やけに優しい助けられ方だったと思えば腰に腕を回されていた。引っ張るよりも早かったのだろうか?

 それにしても、何でだろう。昨日の方がもっとずっと近くにいたのに、これだけのことで顔に火が点いたみたいに熱くなってくる。



 緑の国の王都が見えてきた、と丘の上でティエラが指を差す。全面的に煉瓦で整備された街並みに、一際目立つ白亜の城は小さな頃に絵本の中で見たままの姿をしている。

 遠目に見ただけでも到着が楽しみで、心が浮き立って仕方がない。こんなにちゃんとしてそうな国に、一人じゃなくて仲間と来られるなんて。そう考えただけでわくわくが止まらなくなる。


「そう言えば、ショコラにはちゃんと一から説明した方がいいよね」


 子どもみたいにうずうずしている私に、子どもなのに私より大人なティエラが笑いながら説明してくれる。


 緑の国は雷龍族という龍族が治めていて、現在ある大国の中で最も安定した力を持っているらしい。最強種族の龍族が頂点に立っているだけでも安心感があるのに、雷龍族はまともに政治をしているから国は発展していく一方なのだと。

 華の国で出逢った炎龍族も本来は統治者だったけれど、何代か前からその権利を放棄しているのだとか。


「この世界を統治しているのが各龍族。……今はそうでもないか」


 エスに付け足される言葉を、知らない癖にその通りだと納得している自分がいる。変な感覚だ。

 改めて、私の持つ知識量が絶望的に少ないことを知らされる。幾ら何年も幽閉されていたからって、数年は旅人として活動しているのに、狩りをしている国のことですらよく知らなかったなんて。


 ……あれ、世界は、龍族が統治している……?

 二人の話を脳内で反芻させていて、そこがどうしても引っ掛かった。

 エスの言う通り、この世界を各龍族が支配してるのなら、氷龍族のエス達にも自分の国があったんじゃないだろうか。


 私は森の中でエルフ族とひっそり暮らしていたから、余計に世界とか国の成り立ちはよく分かっていない。けれど、今の話に例外が無いのなら氷龍族だって国を持っていたはずだ。

 エスもティエラも、もう言葉では語り尽くせない程に美形な兄弟だし、道中品の良さが垣間見える度に貴い存在なんじゃないかと思っていた。二人の本来の地位が王族だとしても何もおかしくはない。

 でも、それがどうして、同じ種族を滅ぼすことになってしまったのか。


 あんまり難しい話を考えると、慣れていないからか頭が痛くなってくる。

 氷龍族を滅ぼしたのはエスだと本人も認めていた。だけど、いきなり現れた私のことも仲間だと思ってくれるし、ちゃんと殺さないでいてくれる。

 昨日は、私の為に約束もしてくれた。エスはとても優しい人だと思う。だからこそ何か理由があるはずだ。

 大国を眺めているエスの横顔を盗み見る。この人は、どうしてそんなことをしてしまったんだろう?


 不思議な力が現れたら絶対に信頼出来る大事な人に使うこと。

 もし、本当にそんな力が私にあるとしたら、エスとティエラに使いたい。だから、この不可解な部分も含めてエスのことを信じたい。

 いつか教えてもらえるかな。もっと、エスと仲良くなれたなら。私みたいな、全然違う種族にも関わらせてもらえるかな。

 知りたい、氷龍族のこと。……エスのことをもっと知りたい。




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