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ショコラクリスタリゼ  作者: ななせりんく
第二章 龍族と人型の差
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◎6.エストレア、無理をする。




 夜も更けた頃、エストレアは部屋を抜け出し、月明かりで青白く明るい廊下を静かに歩いていた。

 余っていた部屋は小さいが、大浴場や休憩所と小さい宿屋ながら部屋の外は充実している。昼間ならばいざ知らず、今は誰一人利用していない休憩所のソファーを陣取り、数冊借りてきた本を読みながら一夜を明かそうとしていた。


 この何れかの中に探している記述があるはずだ。適当に選んだ本を開いては斜め読みしていく。大体この辺りだろうか、忙しなく頁を捲る手を止め小さな文字を追っていると、不意に近くで影が動いた。


 暗闇の中から何かが近付いてくると思えば、眠っているはずの弟が「ここにいたんだ?」と眠そうな顔をして声を掛けてきた。

 眠いなら大人しく寝ていればいいのだが、弟は弟でこの状況を思わしくないと感じているのだろう。気を張っていて睡眠が浅く、自分が部屋を抜けた気配で起きてしまったのではないか。


「小さくても女の子の隣じゃ眠れないよね」


 茶化すように可愛い声を出してみせる弟を見ていると、顔が同じでも個体差でここまで変わるものなのか、と他人事のように観察してしまう。だが、自分の顔で正反対の性格を披露されるのはなかなか気持ちが悪い。


「冗談は置いておいて……何か調べてるの?」

「術式の魔力量の制限。掛けられてる呪術を無効にする術式を作るけど、紙にどれだけ魔力が込められるか調べてる」


 手元の本には魔力を術式に使う場合の記述がある。

 術式の場合、作成する本人の基本的な魔力量が少なくとも、紙等の媒介を使う為にそれを上回る魔力量を込めた術式を使うことが出来、更には比較的早く魔力を溜めることが出来るとされている。

 これは、放出される形が変則的な魔法と違って用途が予め決まってるからだろう。制限は無いようだ。それだけ分かれば後はどうにでもなる。


「しんどいよこれ。にーちゃん、ほんと自分の身体大事にしないね」


 興味深そうに本の内容を覗き込んできた弟は、一通り内容に目を通してから苦々しい顔をする。

 自覚は無いが例え弟の言う通りだとしても、打開策がそこに転がっているのなら使わない手はない。

 術式を使うと決めたからには行動は早いに越したことはない。適当な紙を取り出し、即興で魔術語を書き連ねていく。

 自分と弟で二枚分のそれに魔力を繋げると急激な眠気に襲われたが、無理矢理に振り払った。


「二、三日で片付ける。気になることもあるから早く終わらせたい」


 気になること、と言っただけで先の内容を理解したらしい弟は、不満気に眉を寄せるのを止めて頷いた。


 何故、悪戯紛いの悪質な呪術がこんな小さな通過点の街に撒かれているのか。

 少女は兄弟の姿を元に戻すことに重点を置きすぎていて、この件に気付いていないかもしれないが、呪術が撒いてあるということは誰かしら引っ掛けたい相手がいるからだ。それが一体誰を狙ってのものか、出所は何処なのかを探る必要がある。

 幸い本日の狩りで、数日は安い宿であれば連泊出来るくらいは稼げたところだ。今の自分達の姿では少女よりも稼ぐというのは難しい。


 エストレアは出所を先に突き止めるつもりでいる。規模の大きさで結果がある程度予測出来るからだ。それならば大人しく張り込んでいるだけで、何処からか情報が零れ落ちてきそうなものだ。


「あいつのこと、任せたから」

「了解。でも、僕あんまり役に立たないかもしれないけど」


 その間は別行動をしていた方が何より都合が良い。少女のことは弟に任せていれば特に問題はないだろうと踏んでいたが、何故か弟の返答ははっきりとしない。


「何か、変なんだよね。僕にもよく分からないけど、昨日からショコラを見てるとすっごく凶暴な気持ちになるよ」


 弟の予想外な言葉に瞠目する。凶暴な気持ちに関連する状態を割り出したエストレアは、急いで立ち上がると弟の顔を掴んで覗き込んだ。

 深い蒼の中に時折別の虹彩が混ざり、瞳孔も形が定まらない。まさか、見た目に留まらず中身まで成長しているとでも言うのだろうか。


 エストレアは小さな身体に元の自分が入り、魔力を制限されてしまっているだけだ。だが、魔力量に変化の無い弟の方はどういう構造になっているのかは分からない。

 精神まで急速に成長しているとなると、状態はかなり不安定なものになっていると予想される。


 恐らく、呪術が無効になった時点で無くなるもので、今後に影響を与えるものではない。しかし、龍族の雄、特に氷龍族の雄の本能は不安定な状態に脆弱だ。

 問題とは何故幾つも重なってやってくるのか。急激に疲労が増した気さえする。


「……噛み付きたくなったら我慢して」


 弟に言える言葉は最低限だった。症状が何なのか、それを教えてしまえば理解が深まって悪化する可能性がある。疑問符を浮かべながらも、弟は「分かった」と素直に首肯した。

 今は弟の意志を信じるしかない。この姿では、弟も少女も助けられない。


 区切りがついたところで、もう一眠りするからと弟は部屋に戻っていった。すかさず「にーちゃんも無理しないでねー」と釘を刺されたが、それは無理な相談だ。

 昨日から先程までの様子に鑑みてまだ猶予はあるだろうが、状況が著しく悪いことに変わりはない。弟に見られた兆候は非常に不安定で、この数日でどう転ぶかは分からない。


 他の種族に比べて理性的で、禁欲的にも映ると言われている龍族だが、龍族は動物だ。

 龍族の発情期。瞳の虹彩が多色に増えて、その雄の個体唯一の輝きを放ち、異種族、同性に限らず魅了して惑わせる。まだ迎える時期ではない弟の瞳にそれの片鱗があった。

 絶対に間に合わせなければならない。エストレアは魔力を媒介に移す速度を早めて、その苦しみに瞼を下ろした。




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