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Daisy in the Rainy town

作者: 珈琲

レンガ造りの建物が並ぶ、とても小さなその街には、今日も絶え間なく雨が降りつづています。

少女はバシャバシャと軽快な足音を立てながら、誰もいない路地を駆け抜けます。


「まったく。どうしてこの街には、毎日こうも雨が降ってるっていうの?」


降り続ける雨の勢いは、時間を追うごとに増すばかり。

少女はたまらず、近くの店の軒先に身を滑り込ませました。


そこは綺麗な看板が飾られた、洒落た造りの洋服屋さん。

ガラス細工のショーウィンドウには、少し大人びた服飾がズラッと並べられています。


「すいませーん」


少女はそう言って、洋服店の扉をくぐろうとしますが、入口は押しても引いても開くことはありません。


「はあー。やっぱり、ここもダメかぁ」


そう。この街にはたくさんの建物がありますが、そのすべてにきっちりと施錠がされているのです。

じゃあ店の人に開けてもらえばいいじゃないとお考えですか?

ところが、建物の中には人の影すら見当たらないのです。


まぎれもなく、この街には、この少女の姿しかなかったのです。


「ああーもう。ちょっと疲れてきちゃったなー」


少女は狭い軒先に腰を下ろし、誰にともなく弱音を吐き続けます。


「あっちの角を曲ってもこっちの角から出てくるし。いったい何なのよ、ここは」


気付いたらこの街にいた。という表現が一番正しいでしょうか。

少女はいつの間にか、この街にいたのです。


しかし、少女は持ち前の行動力とポケットに忍ばせていた飴玉二つを活力に、それでもどうにかしてみようじゃないかと、この街を走り回っていたのです。

少女と呼ばれるほどには幼い身でありながら、この局面を打開しようと、必死で走り回ってみたのです。


「何の収穫もなしかー」


少女は落ち込んだようにそう口にしますが、実はいくつか分かったことはあるのです。


この街の建物には施錠がされているということ。

この街には少女しかいないということ。

この街には出口というものが存在しないということ。


「雨、止まないなー」


そしてこれが最後のひとつ。

少女がこの街に来てからいままでずっと、この場所には雨が降っているです。


少女はポケットから飴玉を取り出し、口の中でコロコロと転がしはじめます。

この奇怪な街に閉じ込められているというのに、少女にはいまだに一切の焦りも見せません。


「きれいー」


そう。奇しくも少女はこの街の在り方に心を奪われてしまっていたのです。


赤レンガの建物が並ぶさまは、少女が思い描く理想の町並み。

耳を打つのは、じゃぶじゃぶと降りしきる雨の音だけ。


そのどれもこれもが、少女の目にはキラキラキラキラと輝いて映っているのです。


『お気に召したようで恐悦至極でございます』


誰にともなく口にした言葉に、突然、声が聞こえてきたのです。

少女は慌てて立ち上がり、あたりをキョロキョロと探しますが、声の主は見当たりません。


『申し訳ありません。到着が少し遅れてしまったようですね』


それでも確かに声は聞こえてきます。


「だれ?だれかいるの?」


目に映らないものほど怖いものはありません。

少女は虚空に向かって、問いかけます。


『これは失礼いたしました。よろしければ足元をご覧いただければと』


少女は勢いよく首を下げ、自分の足元を凝視しはじめます。


すると、降り注ぐ雨によって出来た水たまりが、ゆらゆらと揺らいでいるのです。


『お初にお目にかかりますお嬢様。私の名前はセツ。しがない道先案内人で御座います』


間違いありません。声は足元の水たまりから聞こえてくるのです。


少女はそーっと水たまりに近づいていきます。

あやまって踏んづけてしまっては、中に居る人が大変なことになると考えたからです。


「もしもし。そこにいますかー?」

『ええ。間違いございません。私はお嬢様の目の前に』


恐る恐る問いかけた言葉に、水たまりからは、肯定の意味を示す返答が返ってきました。


「ええっとーー」

『ご心配には及びません。どうか気軽にセツとお呼びください』

「じゃあセツ。私は知らない間にこの街にいたんだけれど、あなたは何か知ってるの?」

『勿論で御座います。お嬢様をこの街から連れ出すのが、私の役割ですので』


自分をお嬢様と呼び、とても丁寧な言葉遣いをするセツに、少女はすぐに警戒心を失くしました。


「セツ。この街の建物には鍵が掛かってるの。セツは開け方を知ってる?」

『開け方は存じていますが、残念ながら私では開けることができません』


「そっかあー」


少女はがくっと肩を落とします。

せっかくこの街の事を知っているという人間に会えたのに、これでは意味がありません。


しかし、まだまだ聞くことはあるのです。


「セツ。この街にはずっと雨が降っているの、これはなぜ?」

『降っているというよりも、流れているといったほうが正しいでしょうね。悲しい話です』


少女にはセツの言っていることがちっとも理解できませんでしたが、なぜだか同じように悲しいと感じることが出来たのです。


「ねえ、セツはこの街のことをよく知ってるんだよね」

『はい。私はこの街のことなら、よく存じております』

「じゃあさ。まずはこの雨を止める方法を考えよう」


何を思ったのでしょうか。

少女の突然の発言に、セツも咄嗟に答えあぐねてしまいます。


「誰かが悲しんでるんでしょ?だったら、まずはそれを止めないと」


驚いたことに、少女は自分の身の安全よりも、誰ともしれない人物を助けようと考えたのです。


『お嬢様。これもまた悲しいことなのですが、この雨を止めることなど不可能なのです』


しかし、セツはそんな少女の望みすら、悲しいものだと口にします。


「ええーーー」


もちろん、自分のやりたい事を否定された少女も黙ってはいません。

足元の水たまりに向かって、精一杯の抗議をするのです。


「それってさー。じゃあ、ほうっておいてもいいってことなの?」


頬をふくらませた少女の姿が、セツと名乗る水たまりに映りこみます。


『いいえ。そうは言いませんが。お嬢様はあと数分でこの街から去らねば、二度と元の世界に戻ることは出来ないのです』


しかし、セツから語られた言葉は、少女にとってあまりにも悲しい選択を強いました。


この悲しい雨を止めようとするのなら、少女は元いた世界に帰ることは出来ません。


「ええー。そっかー。じゃあ仕方ないかー」


ようやく諦めてくれたのだと、セツは内心でホッと胸を撫で下ろしていました。


『それではお嬢様、元の世界への道案内は私が・・・』

「じゃあ、仕方ないねー。とりあえずどこに太陽があるのかを探そっか」


少女の言葉に、流石のセツも焦りだします。


『お嬢様。私の言葉をご理解されておられますか?もう二度と、元の世界に戻れなくなってしまうのですよ』


些か強めの口調で、セツは少女に思い直すように促します。


「うーん。それはとっても悲しいことだね。でも、我慢するのはよくないと思うんだ」


少女は雨が降りしきる灰色の空を見上げます。


「誰かがね、悲しい気がするの。だからね、私はどうしてもそれを止めたいと思うの」


それがたとえ、その身を賭してもだと言うのですか?


セツはその言葉を口にする事が出来ませんでした。

だって、それはあまりにも野暮な質問じゃないですか。


「ねえセツ。これあげるから一緒に手伝ってよー」


そう言って、少女はポケットから最後の飴玉を水たまりの中に放り込みます。


意識したはずもありませんが、これで少女と元の世界を繋いでいた最後のピースは無くなってしまったのです。


『お嬢様は愚かです。しかし、私が従事するには十分な報酬を頂きました』


すると、少女が雨宿りしていた洋服屋から、またたく間に服飾が飛び出してきたのです。


少女には可愛らしい雨合羽を。

そしてセツには、シルクハットとタキシードを。


『それではお嬢様。出掛けることに致しましょう』

「セツかっこいいーーー。まるで紳士みたい」


そうして二人は、バシャバシャと雨を踏みつけながら歩いていくのです。

あてのない、希望を探す方向へと。

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― 新着の感想 ―
[一言] その身を賭しても誰かの悲しみを止めたいと願う少女。凄いですね。 凡人の私などは、少女は帰りたくない理由があるのでは? などと勘繰ってしまいます。 少女の歩く方向に希望がある事を願うばかりです…
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