決意
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「王子様」「王子様」「王子様」
嗚呼。みんなが僕を呼んでいる。
ーみんなの期待に応えなくちゃ。みんな応援してくれている。
ーみんなのために頑張らないと。失敗なんて許されない。
「お兄様?」
…ほら。妹までもが僕を心配してくれている。こんなんじゃダメだ。みんなのためにも笑っていないと。もっとしっかりしないと。
ー僕は王子なんだから。
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「王子様!」
ガチャリと音をたて開かれた扉からは、まだ幼い顔立ちの男の子が顔を出した。
「みんな、ゴメンなさい。ちょっとビックリしただけなんだ。僕はこれからシュウトだ。これからもよろしくね。」
そう言って笑う幼子の表情はとても弱々しく、見ている者にも辛いと思わせるものがあった。
まわりの世話係や従者たちも同じような心境らしい。
たった今、王子は国王から名前を改名された。
この国では名前をつけ直すということは、親子や家族としての関係を断つという意味が古くから伝わっている。
王子の場合、実の父親は王子が3歳のときに病死。その後母が再婚し、その夫が新しい国王となった。
つまり、元々血の繋がっていない義理の父親から縁を切られた…ということになる。
国王には息子がおり、その子を次期国王にさせるための手段として行ったことだが正式な血の繋がった親子でないため、王子は王子のまま縁を切られるという異例の事態となった。
この事を知った国王は思い通りに事が運ばなかったために募った憤りを妻にぶつけた。
今までの横暴な国王の振る舞いに加え、更なる暴行を受けた王子たちの母はその生活に耐えかね、自ら命を絶ってしまった。
縁を切られたのは王子だけではない。王子の妹も同様である。名前を変えられたのは王子だけだが、妹の件ももちろんまわりに広まってしまう。
しかし、まだ3歳になる幼い妹にはその意味など理解できるはずもなかった。
実質、これらの事実を妹の分まで王子は全て背負ったのである。
血の繋がった者は妹様のみ。保護者という立場の人物を失ってしまった王子は妹の面倒を見ることを決意した。
自分も欲しているはずの愛情を、全て妹へと与えることを決めたのだ。5歳となったばかりの子供がする決意でも責任でもなかった。
何よりその責任は子供にはとても重い。
だからこそ、一部の従者たちはこの王子についていこうという決意をしたのであった。
ーとはいっても、この責任感の強い王子を手助けできることは限られている。
更に純粋な子供としての視点から、気を使った行動などすぐに見破られ、下手したらこちらに気を使わせてしまうことだろう。
現段階で王子を支えられるのは、王子にとって唯一血の繋がりを持つ妹様だけになってしまった。
さすがに3歳の妹にそこまでのことを頼む訳にはいかない。例えそうするとしても、それは妹様自らの意思でなければならない。
今の王子は、妹様に責任の重みや今までとの違いを感じさせないようにする決意をした。
この年からこんな責任を背負って過ごしていたら、近いうちに必ずといっていいほどの確率で王子の心身は壊れてしまう。
王子の望みを裏切るような望みではあるが、妹様には王子の支えとなって欲しい。そのためにも、私たちのような王子たちの生活に干渉できる者たちが、少しでも保護者の居るような安心感のある生活を作る土台を作らなくてはならない。
王子の顔が部屋の向こうへと消え、その扉が閉められた時、私たちは各々自らの意思でこの幼い2人を守る環境を作るために行動にうつし、忙しなく作業を進めていくのだった。
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はぁ…ダメだ。
きっとみんなにはバレちゃっているだろうな…
別に今のお父さんのことはそんなに気にしていない。ただ、お母さんがもういないという事実だけはどうしても認めたくなかった。
妹もーミラもそこはなんとなく気づいているようだ。そんな素振りは見せなかったが、悲しんでいたという話を聞いた。現に、一人でいるときに寂しそうな表情をすることが多くなった。
ミラにそんな表情をしてほしくない。
そのために、僕は王子として頑張らないといけない。
みんなを見返してやれるくらいになるまで、みんなが尊敬してくれるくらいになるまで、僕は王子であり続ける。
ミラが幸せでいられるように。
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「お兄様?」
ふと顔をあげると、目の前に心配そうな表情をした
ミラの顔があった。
自分が情けなくて少し笑ってしまった。
早速自分で心配させているじゃないか。
ーどんなに辛くてもミラの前では笑っていないと。
そう思ったから僕は笑った。しかしその表情を見て何故か少し泣き始めている妹に「大丈夫?」と言われたその時、僕も我慢ができなくて少し泣いてしまった。
そこからは僕もミラもしばらく泣きっぱなしだった。止める人が居なかったというのと、今まで泣けていなかった分が一気に溢れだしたというので、泣き終えた頃には窓の外も少し暗くなっていた。
泣き終えてからしばらくして落ち着いてみると、不思議ととてもスッキリしていることに気がついた。
いつのまにか目の前でチョコンと座って話を聞く体勢を整えている妹がいて、それをみて微笑ましく思う自分がいる。
全てを話すことはできなかったが話し始めるのに躊躇う時間はなかった。
一応、物語的には語られている設定なので子供にしては話し方が大人び過ぎているとか、そういうのは大目に見て下さい。