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別れ

「よーっしゃあ!帰って来たぞぉお!」

岬家の長男 壱野(いちや)19歳は末っ子の沙由(さゆ)5歳を抱き上げて叫んだ。

沙由はここに住んでいたことなど覚えてはいないだろうが、きゃははと喜んだ。

壱野はゆっくりと沙由を下ろすと、この2年の間で1番泣いた次男 零史(れいじ)12歳の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「零史、嬉しいな。やっとこの日が来たな。」

「ん。」

零史は意外にも喜びを表さなかった。

「おまえ、何かっこつけてんだ?」

壱野が茶化してそう言うと零史は口を尖らせて壱野の脇腹を小突いた。

「なにすんだよ。」

壱野は零史の頭をバシンッと叩く。

「いったーい!叩くなよ!」

叩き返そうと振り上げた腕を長女の綾佳(あやか)18歳が掴む。

「零史!初日から喧嘩はやめて。」

「はーなーせ!壱野くんが僕を叩いたじゃんか!」

「零が先に手ぇ出したの見てたから。」

零史の必死の訴えに綾佳は冷たく言い返す。

「あんなの…殴った内に入んねぇし…」

姉ちゃんが味方してくれないと悟った零史は下を向いて小さくぼやく。

「あ?なんか言ったか。」

壱野が零史の長い前髪をかき上げて顔を覗き込む。

零史は後ずさるように顔を背け「言ってない。」と、また口を尖らせた。


中で荷物の整理をする7人。

壱野と綾佳は家具の置き場所をどうしようかと話している。


零史は1つ年上の姉 環奈(かんな)に一緒に勉強机を運ぶよう命じられ手伝っている。

「ねぇ、環奈ちゃん。さっきの、僕悪くないよね。」

「うん、零ちゃん悪くないよ。気にしないの。」

そう言われホッとする零史。

「やっぱし僕の味方は環奈ちゃんだけだぁ。」

環奈は苦笑しながらも、兄弟内の自分の役割は零史の味方でいることだと自負している部分もある。


「れいくん、れいくん。ぼくこの家覚えてるよ。」

三男の衛太(えいた)7歳が零史の足にまとわりつく。

「衛太!危ないから離れろ!」

衛太を振り払うように足を上げる。

「衛太覚えてるの?すごいねぇ。」

「かんなちゃんもおぼえてる⁉︎」

「覚えてるよー。だってお父さんとお母さんと過ごした大事な思い出がいっぱいあるからね。」



2年前、両親が突然の事故で亡くなり、兄弟は別々の施設で生活した。

壱野、綾佳、環奈の3人。

零史、衛太の2人。

そして末っ子の沙由ちゃんは兄弟の誰とも同じ施設には入れなかった。

17歳だった壱野は不安でいっぱいだった。

沙由は小さいし、自分たちの事を忘れてしまうんじゃないか。

兄弟ってこともわからなくなってしまうんじゃないか。。

そして一番の不安要素は零史…。

四年生になってもまだまだ甘えん坊で手の掛かる奴だった。

1番仲の良い環奈とも離れてしまうし、衛太の兄としてしっかりやってくれるか不安で不安で仕方なかった。


「やぁあだぁーあ゛ぁー。行きだぐないー。」

零史が泣き疲れるのを待ってどれくらい経っただろうか。

沙由は眠たそうに目を擦っている。

衛太もつまらなそうに小石を蹴っている。

環奈は困り顔。

綾佳と壱野は目を合わせてウンザリ感を共有する。

さっきまでみんな悲しくて寂しくて、月に1回はみんなで会おうな、とか

手紙書くね、とか、電話もしよう、などと励まし合い、この絶望的な別れになんとか希望を添えていたのに。

壱野はお気に入りのシャツを引っ張って泣きじゃくる弟に心底ムカついていた。


壱野と零史は昔から仲が悪かった。

零史の行動の殆どは壱野にとって邪魔に感じることばかりだった。

宿題のプリントやノートにクレヨンやマジックで落書きされるのは日常茶飯事だった。

何度怒って泣かしても零史は懲りなかった。

遊びにいくと言えばこっそり付いてきて自転車の後ろにいるのに気付かずぶつかって怪我をさせてしまったり。

あの時は父さんにこれでもかというくらい尻を叩かれた。

ムカついて親のいない時に零史の尻を引っ叩いてやったが。

とにかく零史がうっとおしくて仕方がなかった。

それなのに零史は「いちくん、あそぼー。」と壱野に手を伸ばすのだった。

零史は両親が死んだ時「壱くんが僕を虐めるからバチが当たったんだ!壱くんのせいだ!」と泣いた。

零史は壱野に頬を引っ叩かれ更に泣くこととなった。


「やだあ。僕行がないー!いちくんとっいっじょにいぐぅ…っうぅ。」

零史の涙はとめどなく流れるようだ。

うわーうぜー、殴りてぇー。

壱野は思ったが周りには施設関係者の大人がいる。


一生会えない訳じゃない、俺が働けるようになった帰ってきてみんなで暮らそう。

希望に満ちた優しい言葉は言い尽くした。

壱野はしゃがみ、零史の肩をガシッと掴んだ。

「零史、泣いたって仕方ねーんだよ。わかるだろ?離れたくないのはみんな一緒なんだって。」

「やだ…やだやだやだやだ。」

涙と鼻水で零史の顔はぐしゃぐしゃだ。

「きったねぇ顔。」

思わず心の声が出る。ダメだダメだ。大人が見てる。

「おまえさ、衛太と2人になるだろ?」

零史は首を振る。壱野は零史の肩を掴んでいた手で零史の頭を制止する。

「おまえは衛太の兄貴だろ。しっかりしろよ。」

「できっ…ない。できないできないぜーったいできない。」

「おまえが泣いてたら衛太はもっと不安になるだろ。」

零史は首を振ろうとするが壱野の手がそれをさせない。

「衛太。おまえは零くんと一緒なら寂しくないよな?」

壱野が衛太に問う。

衛太は力一杯という感じで頷いた。

「れいくんといっしょだからだいじょうぶだよ。」

壱野は胸が熱くなった。

やべぇ!泣きそうになった!

兄弟の前で泣くのは嫌だった。

それに大人が見てる。恥ずかしかった。

衛太の健気な言葉に胸を打たれると同時に零史へのイライラは増した。

「ほら零史、衛太はああ言ってるぞ。情けなくねーか?衛太の方が男だな。」

「やだ。絶対やだ。僕行かない。壱野くん達と一緒に行く。」

綾佳はそろそろ壱野の我慢が限界だろうと思っていた。自分が先に怒ったら兄は宥め役に回るず…。

「零史、いい加減にっ」

綾佳が怒鳴った瞬間、パァンッという音とともに零史がよろめいた。

壱野がビンタしてしまったらしい。

一瞬の静寂の後、頬を押さえた零史が「あ゛ぁあーーーん」と泣き出す。

「うるせぇ!そやってずっと1人で泣いてろバカ!」

そう怒鳴る壱野の足に掴み掛かる零史。

「零ちゃん」

環奈が零史の頭を撫でてしゃがみ込んでそのまま肩を組むようにする。

そうしないときっとにいちゃんは零ちゃんを蹴飛ばすから。

環奈は零史の耳元で内緒話のように囁いた。

「大丈夫だよ。すぐ会えるから寂しくないよ。零ちゃんが寂しいときは環奈も寂しいからね。泣かないで。にいちゃんもねえちゃんも、怒りたくないんだよ。泣かないように我慢してるの。だから零ちゃんも」

「じゃあ泣けばいいじゃん。なんで我慢なんかするの。僕は我慢なんかしないから。」

にゅっと手が伸びて2人の体が離される。

「だから、我慢しろっつってんだよ、クソガキ。わかんねーのか?」

零史は壱野に首根っこを掴まれて前に押し倒される。

地面に手をつけて四つん這いの格好になった。

バシンッ!バシンッ!

その格好のまま尻を打たれる。

「やっ!なにっ…やめて!」

バシッバシンッ!

壱野はヤンキー座りで零史の尻を引っ叩き続ける。

ビンタはまずかったかも知れない。

チビへのお仕置きといえばこれだろう。

大人が見てるからな。

バシッ!バシッ!バシン!

「いち…くんっ!やめて、やめてよ!」

零史は顔が真っ赤になった。寂しいとか、悲しいとかじゃなくて、恥ずかしい!

お尻ぺんぺんなんてとうの昔に卒業したお仕置きだ。

でも今、兄弟みんなと、施設の先生たちの前で四つん這いにされてお尻を叩かれている。

バシン!バシッ!

「やめねー。おまえが泣かずにちゃんと施設に行けるんだったらやめてやるよ。」

みんな零史には同情したが、これで零史が折れるのを待つしかないと心の中で思っていた。

バシッ!バシッ!

「やめてってっ…言ってんじゃん!」

羞恥心からすぐに観念すると思っていた壱野はウンザリする。

「ねぇねぇ、零史くん。今にいちゃんすっげー手加減してあげてんだけど、痛くしちゃってもいいのかなぁ?10歳にもなってお尻ぺんぺんで泣くの、恥ずかしいよねぇ?」

バシバシと手を止めずに零史を挑発する壱野。

「や!だ!」

「なにがヤなんだよ。」

「全部!全部やだ!」

こちとら随分前からヤなんすけどー、ウンザリしてるんすけどー、と心の中で毒を吐く。

お尻ぺんぺんじゃなくて、蹴り倒してやりたいと思う。

「はぁーあ。」

ひと呼吸ついて、壱野は腕を振り上げる。

バッチン!!

「ぅあ!!」

バチンッ!バチンッ!バチンッ!バチンッ!バチンッ!バチンッ!

「ぁん!痛…い!やめて!いたいー!ねえちゃん!たすけて!あぁん!痛い!」

「うるせぇ!さっきから泣き言ばっか言いやがって!!」

バチンッ!バチンッ!バチンッ!バチンッ!バチンッ!バチンッ!

「痛い!痛いよぉ!やめて!壱くん!」

「やめねーっつってんだろ、クソガキ。もっと痛くしてほしいのか?パンツ下ろして叩かれてーのか?」

バチンッ!バチンッ!バチンッ!

「やだぁ!やあ゛だぁー!」


この辺りから壱野の心は傷んできていた。

兄弟みんな同じ施設には行けないだろうか、せめてもう少しバランスよく分かれられたら…という抗議は何度もしたが聞き入れてもらえなかった。

施設の大人がたちがこの状況をみて、やはり兄弟はみな一緒にいるべきだと言って俺たちの絶望的な運命を変えてくれるんじゃないか。

いや…、この状況をみてこの兄と次男坊が別々の施設に分かれてよかったと安堵しているだろう。


「にいちゃん、やりすぎ…」

綾佳が呟いた。壱野はやっと止めてくれたと安心する。

「じゃあ綾佳が説得しろよ。」

掴まれていた首から壱野の手が離れ、零史は綾佳に抱きつく。

「うわぁ゛ーん!」

「零史、衛太と2人でいける?」

「うわぁ゛ぁあん」

壱野は零史のズボンとパンツを引っ張って尻を覗き込む。

「うわ、真っ赤。だせー。」

壱野がプププと笑っていると環奈が怒った顔で壱野と零史の間に入った。

環奈は「大丈夫?」と零史の尻を優しく撫でた。


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