景観条例のまやかし
こうした行政の対応と今後の動向として特記しておかなければならないことは景観条例の行方である。建物の乱立で都市景観が損なわれる現象は多くの市民が憂慮するものとなり、各地の自治体が景観条例を制定した取り組みをするようになった。これは都市景観に配慮し、今まで野放しになっていた建物の乱立を規制するためもので、住民の要求にもとづく先進的なものであったと言える。その条例に法的根拠を与えるものとして、二〇〇四年に景観法が制定された。
これ以降、各自治体は景観法に基づいた条例を整備して行くことになった。自治体が積極的に取り組めば、法的根拠をもった強力な条例とすることができる。しかし、行政が確固とした都市計画の理念を持たない状態で作られる条例には魂が無い。つまり条例を作った人たちが必要を感じているわけでもなく、ただ単に形を整える都合上作ったと言うだけのことであれば、いわばアリバイ工作でしかない。実際、景観法の成立で景観条例が後退する例が多い。
都市の施策は法律で総論を語り、条例がその具体的な各論になる。アリバイ的に作られた条例の場合、各論で具体的になるに従って骨抜きがあらわになってくる。このマンション反対運動で大きな役割を果たしたのは県の景観条例であり、景観法制定前の条例であった。月葉市が景観法に基づいて独自の景観条例を定めることになったのはマンション反対運動が落着したころである。市の景観条例は残念ながら県の景観条例よりもかなり後退したものであった。
私たちがこの反対運動で用いた届出の三十日ルールが、新しい景観条例では消えてしまったことがその後退の象徴的なものだ。いろいろな具体的な規制がなくなり、詳細規定を施行規則とせずに「計画」としてしまい、景観を「誘導」する美辞麗句を並べただけのものとなっている。自治体の実行責任をあいまいにしてしまい、土地使用の規制を住民の協定に委ねてしまっている。戸建て家屋がすでに大部分建ってしまっている所ではマンション禁止協定など、もともと必要がない。マンション建設が出来る空き地のある区域では多くの土地が不動産業者の所有になっておりこれらの業者が景観協定に参加するはずもないだろう。実質的にできるはずもない協定に詳細を委ねて行政の責任をのがれようとするものに他ならない。
景観は単に建築物だけでなく工作物も対象にできるので、問題の機械式駐車場の規制も、やろうと思えば景観条例でやれないことはない。しかしながら、月葉市の景観条例は機械式駐車場の不恰好な姿がいかに景観を損ねるかに触れないばかりか、高さ一五m以下の工作物としてあらゆる広さの機械式駐車場を届出対象からさえ除外しているありさまだ。
景観法にもとづいた景観条例というのは、だいたい雛型が決まっており、月葉市だけがこのようなことになっているのではなく、多くの都市住民が同じような景観法改悪の憂き目に合っていると思われる。景観法に限らず、建築基準法でも騒音規正法でも、住民が運動で権利を認めさせたものに対しては法律で必ず抜け道が作られる。日照権も平屋ならいくら日影にしても良いという内容になっているし、騒音も、工事業者の騒音は野放しである。住民は法律によって自動的に身が守られることはない。もちろん使える法律は使うのだが、基本的には運動で身を守るしかないのである。




