ついに勝利を
タワラコーベンは三月十一日の説明会についても開かないと言ってきた。この日の説明会は強行突破宣言だろうと見ていたので、住民側は期待を持った。住民には説明会無しで着工はしないと約束してきたはずだから、その約束を守る限り工事の続行は難しくなる。しかしこれは法的な義務があるわけではない。三月十二日にその後の処置を連絡することになった。この間、いろんな人が都市整備課に電話を入れて、周辺との調和が取れない建物に審査済証を発行することはおかしいと訴えた。都市整備課では、届けの不備についてタワラコーベンに訂正を指示したが、まだ出頭連絡がないとのことであった。ガス管の安全についてはガス会社とかけあって三月十二日にガス漏れ検査をやることに持っていった。
三月十二日になって、とうとうガス漏れ検査も終わり、道路課は国道事務所に重機の通行をよしとする回答を出しただろう。しかし、タワラコーベンからの連絡は無かった。もし着工を強行するなら、ここニ、三日に重機を入れるだろうと考えた。阻止の体勢に入れるように警戒しながら日を過ごした。十三日は動きが無く過ぎ去り、十四日になった。高度地区の公示まであと六日。二十日までなんとか持ちこたえなければならない戦闘がいつ始まるのか。じりじりしながら過ごす中で、十四日の夕刻、タワラコーベンは、ついに「工事を断念する」という連絡を入れてきた。「私たちの勝利です」と言うタイトルのE-mailが事務局から住環境を守る会の住民に発信された。その夜はおめでとう、よかったというメールがあちこちに飛び回った。
おそらく、景観形成条例の届けを出して、短期の工事着工を狙ったのだろう。しかし、当初の行程が狂ってしまい、一度キャンセルした下請けや資材の搬入手配を再びアレンジするには年度末は時期が悪かった。景観条例の見落としは計画の杜撰さを示すもので、これをめぐって設計会社と施行会社の齟齬は当然起こる。短期で着工準備する事への費用負担の問題もあったはずだ。なかなか通行許可が下りない状態で二〇日の公示が確定し、住民の強固な抵抗の中で、通行許可が出てから六日間で工事を進めるのは容易とは思われなかったはずだ。我々も、車を連ねて渋滞させて大型車両の通行を妨げるとかの戦術で何日かは持ちこたえるつもりでいた。二〇日までに、明らかに「着工済み」と言える段階まで工事をすすめることが不可能と判断した時点で、工事を断念する決断をしたのだろう。高度地区指定は予告どおり三月二〇日に公示され、十四階建てマンションはもう建たないことが確定した




