解体騒音は我慢できない
解体工事の最大の問題は騒音だった。鉄筋コンクリートの建物を壊すのだから、最初からかなりの騒音が懸念された。解体工事機器の騒音レベルは大体わかっている。叩き潰し型のブレーカーを使った場合が最悪であるが、最近は押しつぶし型のニブラーが使われる。さらに良いのは切り刻み型のワイヤーソウである。いずれも、遠く離れれば騒音は小さいが、解体建物は隣地のすぐそばまである。
低騒音にしようと思えばワーヤーソウを使うほか無い。しかし、コストばかりを考える業者にそれは期待できない。説明会で騒音の程度を聞いても「出来るだけ静かにします」というだけである。壁壊しにはニブラーを使い、基礎にはブレーカーも使うということであった。防音パネルを設置すると言うが高さは、屋根の上突き出しがわずかに一・五m、アリバイでしかない。測定して八五デシベル以下になるように工事してくれと頼んだが、あっさりと「測定はしない」と言い切られてしまった。
防音パネルが十分な高さまで出来ないというのは風圧で危険だと理由付けしたが、もちろんそんなことはデタラメである。支持を大きくすればいいだけの話だ。コストがうんぬんも詳細を示さなければ説得力がないのだが、話は進まなかった。後日別件の建物で解体工事の時に来た業者はあっさりと高さ七mの防音パネルを取り付けたのだ。経験をつんだ専門家であるような顔をした説明にだまされてはいけない。
素人は資料と論理で対抗するしかない。解体重機による騒音レベルについての資料を調べ、三〇m、一五m、五mでの騒音値がわかったので、防音パネルの効果を前川チャートで回折減衰として計算することが出来た。もちろん、住民には騒音の専門家がいるわけではないが、この程度のことは調べればすぐわかる。この環境で解体工事をすれば、ワイヤーソウを使う以外どうやっても八五デシベルを越える騒音が出てしまうことを論理的に証明し、これをもとに月葉市に取締りを要求した。市役所はこちらの主張に理解を示してくれたし、協力的ではあったが十分な法律的裏づけがないので取り締まるには程遠いものがあった。
騒音を取り締まる法律としては「騒音規制法」というのがあり、大型重機を使った工事である「特定建設工事」に関してはあらかじめ市町村への届出が必要であり、八五デシベルの制限値も決められている。しかし、この法律は非常に心もとないもので、騒音が大きくて、被害があると認められる場合は、勧告を出し、それでも聞かなければ命令を出し、それでも聞かないときは罰則を適用する。まず、罰則に行き着くことはありえない法律だ。実際のところ市は勧告すら出したことがない。
騒音規正法は建築基準法よりもさらに穴だらけで、例えば「低騒音型」と指定された機材があり、多くの場合業者は説明会で「低騒音型の機械を用い騒音・振動の低減に努力します」などと言う。しかし、認定されている低騒音とは実はエンジン音のことだけであって作業音は入っていない。ちなみに、現在使われている機材はすべて「低騒音型」で、調べた限り「低騒音型」でないものは販売されていない。ことさら「低騒音型を用いる」などと言うのはまやかしでしかない。
このような状態であっても、工事が進めば住民の被害は甚大である。手をこまねいて騒音を甘受するわけにはいかない。住民は恒常的な騒音測定を始めた。市役所には騒音計があり、これを借り出すことが出来た。毎日、騒音計を設置し工事中のデータを蓄積する。それをパソコンに取り込みチャートにまとめる。一日のうち何時どのようなレベルの騒音があったのかは一目瞭然である。これを工事期間中毎日続けたし、明らかに限度を越えた騒音に対しては、市役所を通じて何度も抗議した。 感覚でうるさいと言うだけでなく数値まで示した抗議には当然の迫力がある。
住民側は実に多才な人材が揃っていると言える。このような騒音測定を担当する人も現れ、隙の無いデータを示して工事会社を圧倒することができた。この人はもちろん騒音の専門家ではなく、今は定年退職しているが現役時代も事務部門だったわけで、騒音測定もデータ処理の技術もこの反対運動の中で習得していったのだ。住民運動の必要性は人まで育てる。
これは業者も堪えたようで、市役所から電話をしてもらうと、直ぐに騒音レベルが下がることが度々あった。機械のパワーを落し、丁寧にやれば騒音は相当下がるのである。もちろん工事の進み方は遅くなる。住民が仕事の邪魔をしているので、現場の労働者は迷惑に思っているのかと思ったが、話しかけて見ると、実は感謝されていることが判った。騒音を押さえて丁寧に仕事をすれば体も楽だし、仕事が長続きすると言うことだった。工事現場の労働者は多く非正規雇用であり、工事が終わってしまえば解雇されるのだ。




