少女の名
「兵器って、どういうこと。突然飛んできたなんて言うし、意味が分からない」
ただ目の前に立つ少女の雰囲気にセトは圧倒され、目の前のことを未だに理解できずにいた。
日常は突然変わることがある、そうセトはラビに一度言われたことがある。だがしかしここまで劇的に変わることを誰が想像しただろうか。
窓は閉まっているはずであるのに、妙な寒気が彼を襲う。
「あなたは空から落ちてくる炎を見たことはありませんか? 戦争の最中、真上から落ちる、あの光景」
そう言い少女は頭上の裸電球を指差し、赤の瞳孔を動かす。
あまりにもそれは突然で、セトの今までの人生で習ったことを覆すような現象が起こった。
彼女が指差した切れかけの裸電球の周りには、薄ぼんやりと赤と橙色を混ぜたような火が回っていたのだ。
突如現れたその小さな太陽に、セトは目を奪われ、そして痴呆のように口を開けていた。
「僕はあの時、真っ暗な空から炎が落ちてくるところを見た。あの場所にいた兵士達は全員見ているはずだ。それよりも、それよりも……それはどうなっているの?」
「これですか? これはですね、一羽の鳩が私にくれた物です。その鳩が言うには、私は選ばれたものだそうです」
その少女が呟く言葉に、セトは確かに一つの疑問を抱いた。鳩とは何のことなのだろうか、町を飛び、飛ぶために糞を撒き散らす生き物のことなのだろうか、と。
「その、それは鳥の鳩って事?」
「そうです。私は鳩から沢山くれたのですよ。これは選ばれたものだけがもつことができる魔法というものだそうです。パンドラは鳩から、思い描けば何でもできる能力をいただいたのですよ」
そう言い、少女パンドラは裸電球の周りを漂う炎を消し去り、今度は机の上に何切れかのパンと牛乳を出した。
そのパンから漂う匂いは、セトがもしも戦争という物の体験を引きずっていなければ十二分に美味しそうに感じるものであっただろう。
だがセトはその実に不可解なものにすぐさま手を出して食べようとするような馬鹿ではない。触るのもためらい、そして不安げな表情で彼女を見つめた。
「大丈夫です。あなたを殺しても利点が私には無いです」
「何でこんな場所に突然、パンとかが現れるんですか。ありもしないものが何でこんなところに……」
「この魔法、0から1を作り出すことはできません。だからさっき出した火も、このパンも、どこかの誰かのものだったのでしょう。鳩は言いました。神ではない限り、万能にはなれないと」