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初恋は叶わない、今日は結婚式。

作者: 有梨束
掲載日:2026/08/11

今日から夫になる人は、そよ風みたいな人だなと思う。


穏やかで、思いやりがあって、いつだって私を気にかけてくれる。

お相手のご両親だって、すごく良くしてくれる。

政略結婚だけれど、この家の嫁になれることは、すごく運がいいことだと思っている。

だからこそ、この縁を持ってきてくれた父にも、兄にも感謝している。


今日からは、夫を支えていくために生きていくと、ちゃんと決めてきた。



夫を『そよ風』だと思うのは、初恋の人が『突風』みたいな人だなと思っていたからだ。

夫にはじめて会った時だって、あの人と全然違うと思ってしまったのだった。



私の初恋の人は、兄の友人だった。

兄にしては珍しく、利害関係のない友人だった。

普段の兄は、将来家を継いだ時、仕事に就く時に有利になりそうな友好関係しか築いていなかったのに、学校の友達として彼を家に連れてきた時には、私だけでなく家族も驚いていたほどだった。


「あいつは面白い、ただそれだけだ」と兄が言っていたことをよく覚えている。


たしかに面白い人だったなと思う。

あまり貴族っぽくないと言う意味では、かなりの変わり者だった。

伯爵家の四男だったのに、「貴族は子どもの間の期間限定なのに、偉そうぶれなくない?」と笑っていたのが、特に印象的だった。


将来はどこかの婿になるなんて計画もなく、フラフラ旅に出たいと言っていた。

そのために学校に入ったと言っていた意味は、今も私はわかっていない気がする。


とにかく自由な人で、学生の間は好きな時に来たらいいと言った兄の発言通り、本当に急にふらっとやってきて、うちの図書室の本を読んだり、使用人に混じって仕事をしたりしていた。

気づいたらいるし、何ヶ月も顔を見ないなんてこともよくあった。

家庭教師の宿題に苦戦していると、家庭教師よりやわかりやすく説明してくれたりもした。


私にいきなり「湖のボートに乗りに行こう!」と言って、学校をサボって迎えにきたこともあった。

学校はいいのかと訊くと、「だってメアリリーヌの空いている時間って、今日だったでしょ?」とカラッと笑っていた。

私のことは、歳の離れた妹みたいに可愛がっていてくれていたと思う。


それが嬉しくて、歯痒くて、焦がれていた。


ピクニックに行った時に見つけてくれた四つ葉のクローバーを私に渡しながら、「メアリリーヌはクローバーだよね」と言っていた。

私は、その意味を聞けなかった。

ただ、それを手放したくなくて、押し花にして栞にした。

今もその栞は、本を読む時に必ず使っている。


あの人との思い出の品は、唯一それだけだ。


ここからいなくなる前提で動いていたであろう彼は、特に物は残さない人だった。




兄と一緒に学校を卒業する時、「船で働かせてもらえることになったから、またね」と卒業証書を片手に、白い歯をこぼして去っていった。


それ以来、彼のことは見ていない。

兄も連絡はないし、知らないという。


いつかこの国に帰ってきた時には会いたいなと思っているうちに、私の婚約も決まった。



あの人のお嫁さんになりたいと思ったことはなかった。

だって、ついていく自信がないもの。

一緒に同じ景色が見れるような私ではないことを知っている。


私は、貴族の娘だから。

そして、あの人はもう貴族ではない。


だから、夫の妻になるのだ。



嫁入りの持ち物の中にあの栞を入れるか、すごく迷った。

栞を持っていくことは、夫に対して不誠実になるのではないのか。

ただの初恋の思い出を捨てられない私は、惨めではないだろうか。

余計なことを考えているうちに、結婚式の日を、今日を迎えたのだった。


夫とは、婚約期間もうまくいっていたと思う。

彼となら、結婚生活も頑張れると、心の底から思えている。

彼のために、家のことも、跡取りのことも、社交だって頑張りたいと思える人だ。

そんな人とご縁を結べたことは、まさしく幸運だったと言ってもいい。


あの人は、今、何をしているのかな。

ちゃんと生きているのかしら。


だけれど、時々そんな思いが頭を過ってしまうのだった。



「メアリリーヌ、今朝私宛にこれが届いた」

式まで控え室で待機していた私の元に、兄が小さいカードを手渡してきた。


「こっちが私宛で、多分こっちがお前宛だと思う」

名刺のようなカードが2枚あって、兄は両方とも渡してきた。

私は首を傾げながら受け取ると、家庭教師の宿題を見てくれた時と、同じ文字が書かれていた。


1枚目は青いカードで、『俺は元気』とだけあった。


ああ、あの人だと思って、兄を見上げると肩を竦めていた。


もう一枚のカードは、淡いクリーム色だった。


『幸せになれよ』と、それだけだった。



「あの人、今日のこと知っているんですかね」

「さあな、どこからか情報を掴んでくるのは上手いやつだったからな」

「ふふっ、…やっぱり突風みたい」

2枚目のカードを、ウェディンググローブをした指先でなぞると、珍しく兄が私の頭を撫でた。

びっくりして見ると、兄はぎこちなく笑っていた。


「お前の夫はいい奴だ。私と父上で見つけてきた相手だからな」

「はい」

素直に頷くと、兄はあの人と同じことを言った。


「幸せになりなさい」

「…ええ、夫と幸せになります」




初恋は叶わない。

それは最初からわかっていたことだし、今だって不満はない。


私の道は最初からあの人とは同じところに向かっていなかった。

交わって、交差しただけ。

それだけだ。


栞は置いていこう。

ただ、このカードは今の私に送られたものだ。

あの頃の私に送られたものではない。

これだけ持って、夫の家に行こう。


私はようやく憑き物が落ちたような気持ちで、顔を上げられた。




「メアリリーヌ、綺麗だよ」

「ありがとう、あなたもとっても素敵だわ」


今日から夫となる彼の手を取って、私は結婚式へと出て行ったのだった。






お読みいただきましてありがとうございました!!

222日目。


(追記)誤字報告ありがとうございました!修正いたしました!(2026.8.12)

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