【短編】美貌の毒婦令嬢と呼ばれた私が逆恨みで中年男性の体にされた結果
「罰を受けなさい、毒婦セレーナ!」
カルノー伯爵邸での夜会。
そんな罵声と共に私の顔に何か液体がかけられる。
口に入った物を舐めると甘酸っぱくて美味しい。
恐らく毒薬や酸の類では無いようだ。
(美味しい毒で苦痛なく死ねるならそれでもいいけれど)
私は傍らにいる貴族令息から渡されてハンカチで顔を拭った。
「……貴方、どなたかしら」
私に謎の液体をかけた相手は丸々とよく肥えたお嬢さんだった。
目鼻立ちは悪くない。金色の髪は艶々とよく手入れされている。
身に着けている通常の二倍分の布を使ってそうなドレスは今シーズン流行のレースをふんだんに使っている。
いい所の娘だろう。与えられ過ぎてここまでふくよかになってしまったのかもしれない。
「私はロビン、貴方が奪ったアーレスの婚約者よ!」
「……アーレスって、どなた?」
確かに私は裕福な殿方に囲まれるのが好きだ。
もっと明け透けに言えばその殿方たちに貢がれるのが好きだ。
しかし妻子持ちや婚約者のいる男を傍に寄らせたりはしない。
だって面倒なことになるからだ。今このように。
「ふん、男をとっかえひっかえしてる貴方は名前すら憶えていないでしょうね。でもそれも今夜までよ!」
そう恐らくニヤリと笑った後、ロビンと名乗った令嬢は転がるようにして夜会を後にした。
使用人たちはそれを止めず、入り口近くに陣取っていた女性陣は扇で口元を隠し立っているだけ。
その中には夜会の主催者であるカルノー伯爵の一人娘も混ざっていた。
口元を隠していてもその目がいやらしく弧を描いている。
彼女たちが手引きをしたのか、それとも見逃しただけなのか。
どちらにしろ今の私の姿は彼女たちにとって楽しい見世物のようだった。
(楽しんで頂いたならおひねりでも投げてくれればいいのに)
そんなことを思いながら、私はハンカチを隣の貴族令息に返そうとする。
「いいよ、君にあげるよ」
「ありがとう」
私が微笑むと彼は頬を赤くした。エーリッヒという名の伯爵家次男だ。
二か月前から私を熱心に口説いて色々と貢いでくれる。
結婚相手として捕まえておきたいが、彼は遊び人で有名だし第一親が反対するだろう。
彼は十八歳で私は二十二歳。彼は裕福な伯爵家で私は没落寸前子爵家。
昔は悪役令嬢と呼ばれていたが今は毒婦呼ばわりだ。
上等なレースのハンカチは帰宅したら丁寧に洗うことにしよう。
これでハンカチが必要な時に困らずに済むわ。
「私、今日はもう帰らなくちゃ」
「そうだね、俺の馬車を使って良いよ」
「優しいのね」
それは彼は夜会に残るということだ。
私以外にもこの場には美しい女性が何人もいる。
「今夜は楽しんでね」
「君のそう言うところが好きだよセレーナ」
そう言って彼は私の髪の汚れてない部分にくちづけをした。
そして私は借り物の馬車で廃屋もどきの自宅に帰る。
母と弟、そして一人だけの使用人はもう眠っているのだろう。
夜に灯りを灯し続ける贅沢なんて我が家は出来ないのだから。
私は汲み置きの水に布を浸し髪と顔を拭いた。ついでに化粧も落とす。
ドレスが濡れていないのは不幸中の幸いだ。
シミがついていたら売る時に値下がりするだろうから。
そして軋むベッドに潜り込み、薄い掛布団をかけ眠る。
しかし翌日目覚めたのは豪華なベッドの中だった。
(……どういうこと?)
家族全員が余裕で眠れるほど広いベッド、フカフカのシルクの掛布団。
床には上等な絨毯が敷かれ家具はどれもそのまま美術館に置けそうだった。
つまり私の部屋では無い。
まず考えたのは裕福な男性の部屋に連れ込まれた可能性だ。
しかしそれは無い。
昨日謎の娘に変な液体をかけられた私を持ち帰ろうとする男性などいなかった。
「まず、誰か探さなきゃ……えっ」
独り言を呟いた途端中年男性の声が聞こえる。
私はきょろきょろと辺りを見回したが誰も居なかった。
「隠れてないで出てきなさい!! ……えっ」
怒鳴ったらその内容がそのまま野太い男の声で出て来てギョッとする。
そして一つの可能性にいきついた。
「まさか、まさか……」
よろよろとベッドから抜け出す。目に入る足はすらりと白い私の物とは似ても似つかない。
太くてごつくて毛むくじゃらだった。
「み、醜い……」
泣き出しそうになるが泣いてもどうにもならないので鏡の前に移動する。
しかし体が重い。男性は女性より体力がある筈なのに。
中年男性だからだろうか。
しかしそんな疑問は鏡に映る姿を見て解決した。
「何よこれ……人間の服を着たオス豚じゃない!!」
当然そんな訳はない。顔も手足も人間の筈だ。
ただ肌が艶々としたピンクで顔と手足に肉がたっぷりついていたからそう見えただけだ。
昨日私に変な液体をかけた娘を思い出す。というか絶対親子だろう。
「もしかして、あの変な液体が原因で……?」
「親父、朝から何騒いでるんだ!!」
鏡を見ながら震えているとノックも無しに扉が開かれる。
怒鳴りながら入って来た青年は、まあまあ美男子だった。
そしてどこか見覚えがある。私は彼をじっと見つめた。
「……親父ってことは、貴方はこの体の持ち主の息子?」
「この体の持ち主って、何変な事言ってるんだよ。まるで中身が別人みたいに」
「その通り別人よ。私はセレーナ・バートリー。貧乏子爵家の長女だもの」
私はそう自己紹介して優雅に礼をして見せる。
しかし体に付いた肉が邪魔で無様にぶっこけた。
◆◆◆
「つまり、君は本当にあのバートリー子爵令嬢なんだな?」
「そうよ、どうして貴方のお父様の体になっているかはわからないけれど」
メイドたちに用意された豪華な朝食の席。
広いテーブルの端と端に私たちは座り食べながら会話をする。
彼はアイゼン・ダウナー。
ダウナー伯爵家の長男で私の元同級生だった。
学生時代の私は悪役令嬢として有名だったので、アイゼンはすぐ私のことを思い出したらしい。
「多分だけど、馬鹿妹のせいだな」
「やっぱり、私昨日変な液体を顔にかけられたのよ。味は悪くなかったけれど」
「……つまり飲んだんだな。入れ替わりの薬を」
「入れ替わりの薬?」
アイゼンは溜息を吐きながら説明してくれた。
ダウナー伯爵家は輸入業で財を成し異国から様々な物が送られてくる。
その中に魔女が調合した入れ替わり薬とやらが入っていたのだ。
「恐らくロビンは自分と君の体を入れ替えようとしたのだろう」
「……よくそんな得体のしれない物を自分でも飲もうと思ったわね」
「今気づいたが実験済みだ。飼っている犬と猫の行動が昨日まで逆になっていたからな」
犬みたいな猫と猫みたいな犬は少し見てみたかった。
でもペットで実験するのはどうかと思うわ。
「効き目が本当だとして、どうして私が貴方たちのお父様に?」
「ロビンは昨日、足を折って帰って来たんだ。恐らく走って転びでもしたんだろう」
「確かに走っていたわ」
「だから帰宅したら飲むつもりで冷やしていた薬を飲めず、親父が知らずに飲んだんだ」
「確かにジュースみたいで美味しかったけれど……」
私に薬を飲ませる前に自分が飲んでおけば良かったのに。
そう思いながら食事を終える。
アイゼンがそれだけで良いのかと聞いて来た。
「ええ、体重を落としたいもの」
「……親父の体だぞ?」
「でも、嫌なのよ。だって一時的とはいえ私の体なのよ」
そう口にして、言い過ぎたかと謝罪する。
しかしアイゼンは気にしないでくれと返した。
「いや確かに親父は痩せた方がいい。そう医者に言われてるんだ……ロビンもだが」
「確かに健康を考えるとね、走った時に足に負担がかかりそうだし」
「そうなんだ、だから二人とも動くのを嫌がって……食事が終わったらロビンの部屋に行こう」
私はアイゼンと連れ立ってロビン嬢の部屋に行った。
私が自分じゃなく父親と入れ替わったと知ったロビンは泣いて悔しがったがアイゼンに怒られて黙った。
「昨日も言ったけれどアーレスなんて男性私は知らないわ」
「でもアーレスは貴方を好きになったから私と婚約破棄したのよ!」
「そんなの勝手にあいつがセレーナに惚れてお前を捨てただけだろ」
それに散々痩せてくれと言われていただろう。呆れたようにアイゼンが言う。
「嫌よ、外見で判断する人間は間違ってるってお父様がいつも言っているもの!」
「お前なあ、親父がそう言ってるのは……」
「外見で人を判断して何が悪いの?」
私はそう言い捨てる。兄妹が同時に私を見て来た。
「顔立ちならともかく体型は判断材料の一つだわ、病気でない限りだけれど」
「そんなの、私は内面を見て欲しいのよ!」
「内面は外見に出るわ。綺麗好きな性格の人は外見も清潔に保とうとするもの」
そしてストイックな人間は体型維持に拘るし、常識を知る者は場に合わせた服装をする。
私がそう告げるとアイゼンはその通りだと頷いた。
「それに親父が外見がどうこう言ってるのは俺たちの母親が顔の良い吟遊詩人と駆け落ちしたから、それだけだぞ」
「そんな……」
「それに、吟遊詩人を選んだのは顔だけが理由じゃないしな」
一瞬アイゼンは表情を暗くした。
耳年増な私はそれだけで色々と察してしまう。
「そのアーレスとやらが外見の良い女性が好みなら貴方だってチャンスはあるわ。磨けば光る顔をしているもの」
「……本当?」
「ええ、そこまで顔に肉がついているのに目鼻立ちははっきりしている。肌も綺麗、そしてこの家は裕福。絶対美少女になれるわ」
私の指示を守って食事制限をしたり努力できるならだけれど。
私がそう言うとロビンはたっぷり三十分悩んで「私、頑張る」と言った。
そして私は元の体に戻るまで二人の父親の肉体で伯爵家で過ごすことになった。
当然だが、早急に実家に戻り自分の体にダウナー伯爵が入っていることは確認した。
彼は意外と常識人でロビンのしたことに平謝りして、存分に詫びをすると言ってきた。
なので私は自分が入っている体とロビンの体の減量許可を取った。
娘と同じように「外見で人を判断するのは」と文句を言ってきたがロビンに言ったのと同じ内容で黙らせた。
母にも事情を話しくれぐれも私の体を太らせたりしないよう頼み込む。肌の手入れも入念に頼んでおいた。
父が事故で亡くなって以降男手はまだ十代前半の弟一人なので不安だが中年男性とはいえ私の体だ。
そういった間違いは起きないだろう。
それから三ヶ月間。中年男性になった私は肉体改造に精を出した。
減量中でも男性は女性より沢山物を食べられる。その分体を鍛えることにした。
ついでに美肌を目指し、髭も醜くないよう整える。
裕福なので服もどんどん買い替えられる。これはかなりモチベーションがアップした。
それはロビンも同じなようで「流行っているスタイルのドレスが着られたわ」と大喜びしていた。
そして若さの分だけロビンはスルスルと痩せて輝くように美しくなっていく。
中年男性の体かつ停滞期に入った私はちょっと挫けそうになった。
そんなある日伯爵家に一人の男がやってくる。
「ロビン、俺は君の本当の美しさに気付いた。もう一度俺と婚約してくれ!」
そこそこの顔の男が大きな花束を持って伯爵家の入り口で叫んでいる。
彼がアーレスか。やっぱりわからない。私は男を睨みつけるアイゼンの隣で首を傾げる。
アーレスに対しすっかり出るところは出て顔は小さく腰回りはほっそりとしたロビンは冷たく言い放った。
「嫌よ、貴方セレーナ嬢が好きになったわけじゃなく他の女と浮気していたでしょう」
そして妊娠したと言われたから慌てて私と別れようとしたのね。
アイゼンが調べ上げた情報を告げたロビンにアーレスは青褪めた。
「私嘘つきは大嫌いなの。二度と顔を見せないで」
あと婚約中の浮気についてはきっちり金銭で償って貰うから。
そう止めを刺すように言われてアーレスは逃げるように帰って行った。
「ああスッキリした。でもあんな男の為に暴れて私馬鹿みたい……」
「ロビン」
「ごめんなさい、セレーナ姉様。私貴方に酷いことを言ったししたわ」
「良いのよ、私を毒婦や悪役令嬢と呼んで謝ってくれたのは貴方だけだもの」
そう言って私は涙ぐむ彼女を抱きしめた。
何も知らない第三者が見たら父と娘の姿にしか見えないだろう。
神様がもう良いでしょうと言ったのかもしれない。
私はすっかり馴染んだダウナー伯爵家当主のベッドではないベッドで朝を迎えた。
「私の部屋?……にしては豪華ね」
安普請のベッドではなく新しいベッドに変わっている。
部屋も男性っぽいが立派な家具が買い揃えられていた。
いつのまにかピカピカひかる大きなものに交換されていた姿見には懐かしい令嬢の姿が映っている。
「良かった、元の体に戻ったのね」
私は誰もいない場所で鏡の自分を抱きしめて泣いた。
その後、セレーナの体に戻った私は即アイゼンに婚約を申し込まれた。
「ずっと言いたかったんだ。でも流石に親父の体ではね」
「つまり私が貴方のお父様の姿だったら婚約してくれなかったってこと?」
「意地悪だな……指輪のサイズを二種類用意していたって言ったら引くか?」
「まあ……凄い覚悟ね」
予想外の答えに驚く私の髪にアイゼンはくちづける。
いつのまに調べていたのかサイズがぴったり合う指輪を私に嵌めながら言った。
「君に惹かれたのは外見じゃないからね」
その直後に、でも本当に戻ってくれて良かったと半泣きで抱きしめて来たので私は遠慮なく笑わせてもらった。
そしてもう一つ驚くことがある。
私の母とダウナー伯爵が結婚を前提に交際を始めたのだ。
どうやら私の美貌を維持する為母が甲斐甲斐しく私の体の伯爵の面倒を見た結果惚れられたらしい。
そのせいか元の体に戻った後も彼は外見の維持に努力しているようだ。
ちなみに母がダウナー伯爵と結婚しても私たちの結婚は法的に問題無いらしい。
それでも多少噂されるだろうけれど私たちは気にしない。
今アイゼンとダウナー伯爵はどちらが先に結婚式をあげるか争っている。
私と母はいっそ同時に挙式しようかとこっそり相談している。
男性陣と女性陣、どちらの意見が勝つかは言うまでもないだろう。




