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「リロイ様は今晩の宿を探していらっしゃったのですね」
「はい。家を飛び出したのはいいけど、頼る場所がなくって」
農奴の男が運んできたスープを持ちながら、リロイはざっくりと話をした。となりのサムソンは乾燥したパンをかぎりながら、「かてー」とぼやいている。
向かいに座るアルバが、肩の力を抜いて微笑んだ。
「そうでしたか。お見受けするところ、おふたりはまだ若いようですが、どうして旅をしようと思われたのかな」
「その、剣の修行をと思いまして」
「修行の旅ですか。いやはや、お若いのにご立派ですな」
アルバとそんな会話をしていると、家の外からがやがやと人の声が聞こえてきた。リロイはスープを飲みながら、それとなく外をながめてみた。
視線の先にあった四角い戸口が、いつの間にか村人で埋めつくされている。彼らは好奇の目でこちらをじろじろと見ている。壁に開けられた小窓も人であふれ返っている。
リロイは、口に含んだスープを思わず吐き出してしまった。それを浴びたサムソンが「うわっ、汚え」と悲鳴をあげた。
「な、な、な、何ですか、この人たちワ!」
「いやあ、騎士様が来ると聞いたので、また税の取り立てに来たのかと思って、村の人間に隠れるように命じてたんですよ。ですが違うとわかったんで、堪えきれずに出てきちゃったみたいですね。あっはっはっは」
「あっはっはっはじゃないですって! 村長さん何とかしてくださいよ」
「まあまあ。みな、リロイ様やサムソン様のようなお方が珍しいので、少しでもお目にかかりたいんですよ。大目にみてやってくだせえ」
「くだせえって言われたって……」
うまく言いくるめられたものの、リロイは人々の視線が気になって仕方なかった。すると、となりのサムソンが、ぽんと肩をたたいてきた。ふりむいて見ると、彼は顎に手をあてて、目をきらりと光らせている。
「まあまあお嬢さん。一般階級の彼らにとっちゃ、私たちはスーパースターなのだから、期待に応えなきゃいけませんぜ」
「……頼むから、無駄にかっこつけるのだけは止めてよね」
リロイが白い目で見ているのを無視して、サムソンは樫の杖を持って家を出ていく。外から、「きゃあ」という黄色い悲鳴がたくさん聞こえてきた。
「それで! あたしたちは都から南を目指してるんですけど、ここってどの辺になるの」
リロイがテーブルから身を乗り出すと、村長のアルバは若干後ずさりした。そして、「地図はありますか」と言った。
リロイは壁ぎわに置かれたサムソンのバッグを分捕ると、中から地図を取り出した。テーブルに広げてみると、ドーナツのような形の国が描かれている。
アルバはしばらく紙面を見つめて、ドーナツのまん中を指した。
「国の中央にあるのが、エイセル湖ですな。王宮がある都サンテは湖沿いの東にあり、この村は都の北西にあります。なので、リロイ様が向かわれている方向は、南ではないですね」
「ええ~、北西ってほぼ真逆じゃないですか」
リロイは驚きながら、戸口をにらんで右拳をぷるぷるとふるわせる。
――あんの、くされチビ助があぁぁ! おんどりゃーはどない方向感覚しとんのや。
と、ひそかな復讐心をやしなっていると、家の扉が突然に開いた。村人らしき男が顔中に汗を流しながら、どかどかと部屋に入りこんできた。
「村長! やつが出ました」
「何っ!? お前たち、迎撃の準備だ」
さっそうと立ち上がる一同の中で、リロイだけ立つのが少し遅れた。
夜の村を駆けるアルバたちの後をリロイが追う。リロイは、腰に下げたスキアヴォーナの柄をにぎりながら、アルバの横にならんだ。
「村長さん。やつって何者なの?」
「リロイ様! やつに近づくのは危険です。下がっていてください」
「あらっ、あたしは騎士見習いよ。少なくても、村長さんよりは戦うすべを心得てるわ」
そう言ってリロイが白い歯を見せると、アルバは「そうですか」と苦々しい表情を浮かべた。
「それで、どんなやつなの?」
「それは、直接見た方が早いかもしれません」
アルバは向こうの麦畑を指した。そこでは、すでに鍬を抱えた男たちがわいわいと声をあげている。その中に、白いローブをはおったサムソンの姿もあった。
リロイは人だかりに混じると、サムソンの背中を軽くつまんだ。サムソンがすぐにふり返って、「来たか」と声をかけてくれた。
「やつって、どんなやつよ」
「あれだよ。はっきり言って、かなりきもいぞ」
言いながらサムソンが杖の先で指した向こうには、細長い影が二、三体見えた。彼らは四肢と首を持っていて、形は人そのもの。しかし、肌の色は紺色で、またごつごつと角ばっている。
角々しい連中は両手を広げて、水かきのついた手をふってきた。リロイは思わず「きゃっ!」と声を出してしまった。
リロイは早くなる鼓動を抑えるように深呼吸をしながら、急襲してきた相手の顔を見た。それは、いつも夕食に出てきた焼き魚の頭にとても似ていた。
「な、何よ。この焼き魚みたいなやつ」
「こいつは確か、サハギンとかっていう魚の魔物だぜ」
となりでサムソンが言い切るのとほぼ同時に、サハギンの三匹がこちらに向かってきた。リロイとサムソンは左に飛んで、彼らの突撃から遠ざかった。
「荒らされた畑についてた足跡って、こいつらの足跡だったのね」
「だろうな。水かきのついた足を持つ魔物なんて、陸地じゃ滅多に見ねえしな」
サムソンは数歩後ろに下がって、樫の杖を前へ突き出した。ゆっくりと左手をそえて、呪文をとなえた。
「灼熱の精サラマンダーよ。われに力を示したまえ。ファイア・ボール!」
白のローブの裾が浮き上がるのと同時に、三つの火の玉が召喚された。それらは火の粉をまきながらサムソンの周囲をゆるやかに輪舞する。
三つの火の玉はやがてサハギンの一匹に飛びかかった。サハギンは炎につつまれると「ぎゃっ!」と叫び、地面をのたうつ。あたりから「おお」とどよめきが聞こえてきた。
――サムのくせに、なかなかやるわね。
村人の声援に聞き耳を立てながら、リロイは腰のスキアヴォーナを抜いた。目の前には、前傾姿勢のサハギンが、口からぬるぬるとした液体を垂らしている。
サハギンが赤い目でこちらをにらみつけて、襲いかかってきた。その移動スピードは、人間の足に劣らない。あわててよけると、サハギンの左手がリロイの後ろ髪をかすった。
リロイはスキアヴォーナの柄をにぎりなおして、サハギンの隙だらけな背中を斬りつけた。
「かたっ!」
スキアヴォーナの刃はサハギンの鱗に少し食いこんだだけで、斬り傷にならない。リロイは、しびれる右手を降ろして、数歩後退した。
サハギンはゆっくりとこちらにふり向くと、丸い目をぎょろりと光らせる。口の中からじゅるじゅると汚い音を立てて、また前傾姿勢になった。
「き、気持ち悪っ」
青ざめるリロイを無視して、サハギンがまた体当たりしてきた。リロイは「来ないで!」と叫びながら、それを何とかよけた。
そこで突然に右足をとられて、リロイは尻もちをついてしまった。何かと思って右足を見てみると、地面にぬるぬるとした唾液の水たまりができあがっていた。
「へ、へえ。そういう使い方もあるんだあ」
リロイが青い顔で感心していると、サハギンがまた赤い目を光らせる。そして、ゆっくりとこちらに向きなおって、水かきのついた足で歩みよってきた。
「も、もしかして、今のあたしってかなりピンチ?」
「ロイ!」
サムソンの叫び声を無視して、サハギンがこちらに飛びかかってきた。その口から気持ち悪い唾液をだらだらと流して、お腹をすかせているのが伝わってくる。あの尖った前歯でがぶりといかれたら、頭のひとつくらいもっていかれるかもしれない。
「きゃあ!」
リロイは目を閉じて、右手のスキアヴォーナを前に突き出した。すると、右手の先からぶすりと鈍い感触が伝わってきた。同時に重りが乗りかかってきたので、リロイはスキアヴォーナの柄を両手で強くにぎった。
リロイが恐る恐る目を開けてみると、剣によって胸を串刺しにされているサハギンが「ギギ」と力ない声を出していた。




