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バルバロッサがクレイモアをふりかぶって突進する。リロイに近づき、素早く斬り降ろした。
真っ直ぐにのびる銀色の刃がぶんと空を斬る。リロイは右に跳んで斬撃をかわした。
「得物を曲刀に替えたのか。シャムシールとはまた珍しい剣だな」
バルバロッサが顎に生えた髭をさする。リロイはシャムシールの刃先を天井に向けた。
「そうよ! おじ様を倒すためにたくさん修行してきたんだから」
「ふっ。口からでまかせを」
バルバロッサは走りながらクレイモアを手前に引く。右足を踏み出し、引いたクレイモアを一気に突き出した。
――速い!
リロイは顔を引きつらせる。上体を右にかたむけてクレイモアの突きをかわした。
バルバロッサは床を蹴って後退する。はあはあと呼吸するリロイを見下ろして、「ふふ」とあざ笑った。
「最後に君と会ったのはヤウレだったと思うが、レオンハルトには会えたのか? でなければ、ここには来れないと思うが」
「……レオンには会えたわ。 超がつくほどむかつくはげ親父だったけど、たくさん技を教わってきたんだから。簡単には負けないわ」
「ほう。それは大した意気ごみだ――」
バルバロッサがまた大きくふりかぶる。鉄槌のようなクレイモアの刀身が天井からものすごい速さでふり降ろされる。
リロイが後ろに跳ぶ。クレイモアが床に炸裂し、がんっと鈍い音を発した。
「だが、下がってばかりでは私を倒すことはできないぞ」
リロイは両手でシャムシールを持ちながら奥歯を噛みしめた。
――レオンのことを最初に教えてくれたのは、おじ様だった。あのときは、おじ様と戦うことになるだなんて、思ってもみなかった。まさか、こんなことになるなんて。
リロイはがく然としながら思い出す。水の街カームで初めて見た、バルバロッサの戦う姿。バルバロッサは重たいクレイモアを軽々とふりまわし、街を襲ってきた盗賊たちを一瞬のうちに薙ぎ倒した。
リロイはただ見ていることしかできなかった。あまりの腕の違いに加勢する隙すらなかった。
バルバロッサが腰を落とす。右手を電光石火のようにふり抜き、クレイモアを水平に払った。
クレイモアがリロイの足を斬る――寸前でリロイは後ろに跳んだ。
――前に見たおじ様の剣さばきは、こんなものじゃなかった。……おじ様はまだ半分も力を出していない。
カームで盗賊を倒したときのバルバロッサは、一瞬のうちに相手に近づき、一刀で盗賊たちを打ち倒していた。あれの何分の一の力で戦っているのだろうか。
バルバロッサが大きく空ぶりする。リロイはシャムシールを下げたまま近づき、下から斬り上げた。湾曲した刃先がバルバロッサの頬すれすれをよぎった。
バルバロッサがじゅうたんを蹴って後退する。リロイは素早く詰め入り、斬撃を休みなく浴びせる。剣をかわすバルバロッサの顔つきがわずかに変わった。
「なかなかいい踏みこみだ。いつぞやのときとは大違いだ」
「あたり前よ! だって、レオンにみっちり技をしこまれたんだもん。簡単には負けないって言ったでしょ」
「……私は敵に塩を送ってしまったということか」
リロイのシャムシールがバルバロッサの腹を捉える――だが、黒い鎧が刃を弾き、かん! と鋭い音を発した。
――斬れない!
頭がまっ白になるリロイの前を何かがよぎる。リロイの左肩から右の脇腹にかけて服が切れ、中の服があらわになった。
「どうした。相手が鎧を着ていることを想定してなかったのか? 戦場では鎧を着ているのが普通なんだぞ」
「くっ!」
リロイの背中に嫌な汗が流れる。バルバロッサは後退するリロイに詰め寄り、豪腕をふり降ろす。鋼の鉄槌が透明な床に炸裂し、石の破片が四散した。
リロイは横に跳びながらシャムシールを払う。バルバロッサはクレイモアを下げたまま左腕を垂直に突き出す。シャムシールの刃先が鋼の小手にあたり、がきんと耳ざわりな金属音を発した。
バルバロッサの右腕がふくれ上がる。床についていたクレイモアが突然に払われ、剣の腹がリロイの脇腹に直撃した。
「がはっ!」
「ロイい!」
サムソンの悲鳴がひびく。カドールとバロワに腕をつかまれているサムソンは、肩に力をこめて身体を必死にゆり動かした。
リロイは青いじゅうたんの上で脇腹をおさえる。バルバロッサは背筋を伸ばし、傲然とリロイを見下した。
「動きは悪くない。私に向かってくる度胸もなかなかのものだ。正直、君がここまで動けるようになっているとは思っていなかった。……だが、君には決定的に欠けているものがある」
バルバロッサは左の拳をにぎった。
「それは力だ。剣士として絶対に必要な力が足りない」
「くっ」
「君の細い腕では、私の腕は斬り落とせない。私に致命傷を負わせなければ、クーデターを止めることはできないぞ」
「そんなの、わかってる……わよ」
リロイはシャムシールをにぎってゆっくりと起き上がる。口から赤い痰を吐いた。
「あたしには力がないって、レオンに何度も言われたわよ。わかりきったことをいちいち解説しないで」
「そうか。それは悪かったな」
「さっきだって、鎧を着た実戦をしてなかったから、ちょっと驚いちゃっただけよ。あたしの見せ場は、まだこれからなんだから、早とちりしないでよね」
息を吐くたびに脇腹からずきずきと痛みがこみあげてくる。リロイは目からあふれそうになる涙をぐっとこらえた。
――強い……! キンボイスとかみたいに、戦えば何とかなるかもって安易に思ってたけど、格が全然違う。おじ様がこんなに強い人だったなんて。
拳がぷるぷるとふるえる。リロイは胸のまん中をたたき、シャムシールを上段にかまえた。
「やああア――!」
リロイは声をあげて突進する。バルバロッサはクレイモアを胸もとに寄せて、刃を水平に倒した。
「力がないのに正面から突撃とは。勝てないから勝負を投げたか――」
バルバロッサがため息を漏らした――瞬間、シャムシールの刃先がゆらゆらとゆらめく。
「何っ!?」
シャムシールの刃先が空気の中に消える。リロイが右手をふり降ろすと四本の刃が出現し、バルバロッサの右肘を斬りつけた。
バルバロッサの顔色が変わる。リロイは逃げるバルバロッサを追い、幻夢剣の技シャドウブレイドを続けざまに繰り出した。四本の刃がバルバロッサの脇腹を捉え、前と後ろの鎧をつなぎ止める部分を斬り裂いた。
「今のは何だ」
バルバロッサが脇腹をおさえる。リロイはシャムシールをふり血糊を払った。
「何をおどろいてるのよ。あたしはただ真っ直ぐに突進して、おじ様を斬りつけただけよ」
「……このくそがきがっ」
バルバロッサが両手でクレイモアを持ち上げる。「きえエ!」と雄叫びをあげてリロイに突進、クレイモアを真っ直ぐに斬り落とした。
クレイモアの銀色の刃がリロイの脳天を捉える――瞬間、リロイの身体が残像となって消える。唖然とするバルバロッサの後ろからリロイはシャムシールをかかげて、バルバロッサの二の腕を斬りつけた。腕はぶしゅっと音を立てて血が吹き出した。
――あたしの力は通じなくても、レオンから教わった技は、通じる! まだ負けてない。あたしはまだおじ様に負けていない。力じゃ勝てないんだから、あたしは技で勝負するのよ!
リロイは拳に力をこめる。玉座を背に目を怒らせるバルバロッサを強い眼光で見すえた。