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「敵兵だ!」

「敵兵が王宮に侵入したぞ!」


 兵士たちの声がロビーにひびきわたる。リロイはシャムシールを下げたままロビーの階段を駆け上がった。


「ついに見つかっちゃったわね。こうなったらもうやけくそよ」

「しゃーねー。いつかはばれると思ってたんだ。このままゲント伯のところまで突っこもうぜ!」


 サムソンが階段を一段飛ばしで駆け上る。リロイはこくりとうなずいて後に続く。


 階段は左右からロビーを囲むようにゆるやかなカーブを描いている。金の刺繍ししゅうのついた青いじゅうたんが階段のまん中に敷かれて、白を基調とした王宮を鮮やかに彩っていた。


 リロイとサムソンは右側の階段を選んで駆け上がる。階段を上りきった二階のフロアには、鉄の胸あてをつけた兵士が五人。鳥をイメージした彫刻が刻まれた手すりの向こうで、鋭く尖ったロングスピアを光らせている。


 兵士たちは対峙するリロイにスピアの穂先を一斉に向けた。


「待て!」

「われわれに成りすました不法侵入者め! ここから先へは一歩も通さん!」


 リロイは一歩を踏み出した。


「うるさい! あたしたちはバルバロッサのおじ様に会いに来たのよ。あんたらこそそこをどきなさい!」

「な、何だとオ……!」


 中央の背の高い男がぎりぎりと歯ぎしりする。ロングスピアを向けて「かかれ!」と号令すると、左右の兵士たちが一斉に駆け下りてきた。


 となりのサムソンが「どけ!」と言ってリロイの肩を押し出す。腰に差した水晶の杖をとり出して、荒くれる兵士たちに向けた。


「ショットブラスト!」


 杖の先端が青く光り、フロアのゆるやかな気流が水晶に集まる。空気の流れは杖の先端を旋回してその勢いを増し、渦潮うずしおのような激流に変わる。サムソンが力を解放すると激流が一気に前へと流れて、兵士たちを一斉に吹き飛ばした。


 兵士たちは階段の手すりや後ろの壁に激突して、「あがっ!」と悲鳴をあげる。頭や背中をあてて苦しそうにする彼らを、リロイは苦々しく見下ろした。


「あなたたちには何の恨みもないけど、ごめんなさいね。あたしはどうしても先に進まなければいけないの」


 リロイは兵士たちを踏まないように間をすり抜けた。


 左右の階段の下から敷かれている青いじゅうたんが、二階のフロアで合流する。ひとつになったじゅうたんは二階の廊下をまっすぐに突き抜けて、奥の部屋まで伸びている。


 廊下のわきには天使と悪魔の石像が並べられている。天窓てんまどから明るい日差しが差しこみ、王の間までの道筋を白く光らせている。リロイはごくりと息を呑み、廊下を一気に駆け抜けた。


「何だ。さっきから騒々しい」


 白い壁と金色に輝くシャンデリアが吊るされた王の間。舞踏会場のように広い室内は装飾された柱にはさまれ、天井の隅まで金が施されている。


 鏡のようにみがかれた床のまん中を通る青いじゅうたんの終点、白い翼を広げた白鳥が描かれた国章の下に玉座が置かれていた。玉座には赤の厚手のマントを羽織る男性――タイクーンが座り、玉座の小さな階段を降りたところに金髪の美青年、近衛このえ騎士団長のエメラウスがこちらを向いて片膝をついていた。


 頬や腕から血を流すエメラウスの前に立ち尽くしている男がいる。リロイに大きな背中を向けている男の右手から、銅色のつばをつけた両手剣がだらりと下がっている。四つ葉のクローバーをデザインした煌びやかな両手剣は、淡黄色の淡い光を放っていた。


 赤い髪を生やした男――バルバロッサがゆっくりとふり向いた。


「君が最後の刺客か」


 バルバロッサが頬をゆるめる。珍しい赤い髭がかすかにゆれた。


「君がここにいるということは、エルダ卿は君を捕らえ損ねたのか。油断するなとあれほど念をおしておいたんだがな」

「お、おじ様」


 リロイの口が止まる。言いたい言葉が咽頭いんとうにつまり、声を出すことができない。リロイはバルバロッサの優しい目を見てとまどったが、


「ロイ!」


 後ろから声がして、リロイはあわててふり返った。入り口の前で立ち尽くしているサムソンの首もとに鋭い剣が突きつけられている。サムソンはバルバロッサの腹心であるカドールとバロワにとり押さえられていた。


「リロイ君。……に、逃げるんだ」


 身体をふるわせるタイクーンの前で、エメラウスが苦痛に顔をゆがめている。リロイはすぐに駆け寄ろうとしたが、バルバロッサに前を立ちふさがれた。


「神聖な玉座の前だ。おとなしくしてもらおうか」

「おじ様。……本当に、すべておじ様が計画されたことなんですか」


 バルバロッサが顎を突き出す。目を細めてリロイを見下ろした。


「そうだ。今回のクーデターを計画したのも、エルダ卿に君を捕らえろと命令したのも私だ」

「そ、そんな――」

「私の顔を見てもあまり驚いていないところをみると、大よそのことは理解しているようだな」


 バルバロッサが左手で顎をさすった。


「アスタロスの牢獄には行ったのか? ブレオベリスが君に会いたがっていたぞ」

「……お父様だったら助けたわ。今ごろは兵をととのえてるところだと思うわ」

「ほう。君とサムソン君だけでブレオベリスを助けることができたのか。それはすごい――」


 言いながらバルバロッサが顎をさする――リロイは堪えきれなくなって、右足でじゅうたんを強く踏んだ。


「おじ様! いい加減にして下さい! あんなに優しかったおじ様が、どうして……どうしてこんなひどいことをするの!」

「どうして……? ブレオベリスから話を聞いてこなかったのか。すべてはわが国とレイリアの民のためだ」

「それは、聞いてます。おじ様は天災と飢餓きがで苦しむ民のため、民が苦しんでるのに何もしてくれない大臣さんたちに替わって政治を執ろうっていうんでしょ。……違う。違うの。あたしが言いたいのは、そこじゃない」

「違う……? 一体何が違うというのかね」


 バルバロッサが眉をひそめる。リロイはシャムシールの柄をにぎりしめて、バルバロッサの足もとを見つめた。


 リロイの脳裏によみがえる、倒壊したヘベス村の光景。以前にリロイをあたたかく迎えてくれた村長のアルバは、三本の槍によって刺し貫かれていた。半壊した家屋から煙が立ち上り、村人は全員が死に絶えていた。


「あたしはアスタロスの牢獄に向かう前に、ヘベス村っていう貧しい村に寄ったの」

「ヘベス……?」

「家出したあたしを迎えてくれた村なの。焼き魚に畑を荒らされて困ってるっていうから、サムと協力して助けてあげたの」


 シャムシールの切っ先がかたかたと音を発する。


「家を出て初めて寄った場所だったから、すごい鮮明に覚えてて。それから半年くらい経っちゃったけど、村のみんなは元気にしてるかなって、ちょっと楽しみにしてた。……村のみんなには会えた。けど、みんな……元気じゃなかった」

「そうか」

「サムは、軍に襲われたって言ってた。食料がなくなったから、軍が食料目あてで略奪していったんだって。……村の人は、何も悪いことしてないのに」


 青いじゅうたんにぽたりとしずくが落ちた。


「おじ様にも、正義があるのはわかる。お父様が、あんなに苦しそうにしてたんだもん。……政治のこととか、そんなのは、子供のあたしには、わからないけど、でも……でも! こんなのが、本当に正しいの!?」


 目の奥から涙があふれてじゅうたんに落ちる。リロイは涙を流しながら目を怒らせた。


「人を殺しておいて何が正義よ! 民のために軍を起こすんだったら、どうしてヘベス村の村長さんを殺したのよ! ……あたしは、あたしは! こんなのは絶対に認められない。人を苦しめて平然としていられるおじ様なんて、絶対にゆるさない!」


 リロイが左手をふり上げて一歩を踏み出す。玉座の前だとか、反逆者の前だなんて、そんなことは関係ない。


 バルバロッサは「ふう」と息を吐いた。


「君の話が本当ならば、村を略奪した隊には厳罰処分が必要だな」

「そうよ! だから、こんなことはさっさと止めてお父様と仲直りしてよ」

「それとこれとは話が別だ」

「どうしてよ! 全然別じゃないわよ。そうやって話をごまかすのはやめてよ」

「……君のその一本気なところ。ブレオベリスにそっくりだな」


 バルバロッサはクレイモアの腹を肩にあてた。


「政治は、民が住みやすい世の中をつくるために行われるべきものだ。だが、たくさんの国や民衆が乱立していれば、どこかで対立が生じ、やがて戦争が起きる。馬に乗り、槍を携えて行軍こうぐんすれば、必ずだれかの血が流れる」

「そんな一般論で正当化しようってわけ。冗談じゃないわよ」

「冗談ではない。これは国を治めている人間ならばだれもが考える一般論だ。君やブレオベリスはひとりも犠牲者が出ないことを望んでいるみたいだが、そんなものは純粋にも程がある理想論というものだ」

「……理想論かどうかなんてわからないけど、犠牲者なんてひとりも出ない方がいいに決まってるじゃない」


 バルバロッサは首を横にふった。


「だから君たちは浅はかなのだ。……いいか。レイリアは去年の旱魃かんばつから天災が続き、多くの民が反乱を起こした。民が武器を持つたび、私は軍を率いて彼らを討伐してきた。武力で抑えなければ民を鎮めることができなかったからだ」

「うん。それはわかってる」

「いいや。お前はわかっていない。私のように国を治める者。そして、反乱を起こした民たち。だれもが一滴の血も流れない、完全の調和がとれた世界であることを望んでいる。……だが、実際はどうだ。旱魃が起きて、たくさんの人が死んだ。使えない大臣どもが見向きもしないから、各地で反乱が起きてまた人が死んだ」

「うん」

「国の歴史は争いの系譜けいふだ。何かによって生じてしまった不和は、最終的に血であがなわれる。レイリアの歴史で戦争がないときがあったか? いいや、ない。レイリアの歴史は政治と戦争のくり返しでもあるのだ」

「……つまり、ヘベス村の村長さんたちが死んだことには目をつむれって言いたいわけ? 何よ。それじゃあ結局、ここで派閥争いしてた大臣さんたちと何も変わらないじゃない。自分たちの都合で軍を起こして村に迷惑かけてんでしょ。それで民のためだなんて、調子が――」


 リロイが言葉をつなげると、バルバロッサが突然クレイモアを床にたたきつけた。


「お前のような何も知らないがきがっ! 知ったような口をたたくなア!」


 バルバロッサの怒号が王の間にひびきわたる。びりびりと鋭い衝撃波のようなものを感じて、リロイは思わず半歩下がった。


「おれだってなア、軍なんて起こしたくなかったんだ。話し合いで解決できる方法を探して、王宮に何度も訪れて大臣どもに頭を下げた。……だが、やつらの反応は何だ! 面倒くさそうに首をかしげて、『検討しておく』としか言わない。そんな下らんやりとりを何年も続けてきたのだ」


 バルバロッサが肩を大きくふるわせる。クレイモアのつばからかたかたと音がして、表しようのない怒りが伝わってくる。


「民の反乱を鎮めるたびに、おれはこのままでいいのかと、何度も自問自答してきた。平和的な解決を夢見て無意味な交渉を続けていくのか。それとも軍事的手段に及ぶのか。民を想う真の領主ならば、どちらを選択すべきなのか。……だが、お前の親父は耳すらかたむけてくれなかった」


 バルバロッサは左手を出して、マントを留めている金色のバッチをはずす。手はごつごつとした金属製の小手で被われていた。


「わが国の現状を訴えても、お前の親父は『戦争はならん』としか言わない。無益な血が流れるからと言ってな。……これまでわが国を支援してくれたことには感謝している。だが、それも長くは続かない。国の蓄えには限界があるからだ。われわれが共倒れになってしまう前に、おれは決断しなければならなかった。国に巣食うがんを武力で一掃するか、しないかをな」


 バルバロッサがマントを後ろへ放り投げた。内から黒金の甲冑かっちゅうがあらわれて、正面に立つリロイを圧倒する。


「長々と下らん議論をしてすまなかったな。……軍の略奪に遭ってしまった者たちの無念に応えよう。ブレオベリスの娘。全身全霊の力をおれにぶつけてこい。ブレオベリスに替わり、おれが直々に剣術を指導してやる」


 バルバロッサがクレイモアを下げて歩み寄る。鋼の刀身がシャンデリアの光を反射して、冷たい光をリロイに放つ。


 リロイの胸を打つ鼓動がどくどくと脈打つ。リロイは後ろに飛んでシャムシールを持ち直した。

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