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 倒壊したヘベス村を後にし、リロイは馬を走らせた。日が落ちて一時間ほど走ったころに、アスタロスの牢獄が見えてきた。


 釣鐘草つりがねそうが敷きつめられた森をくり抜いた場所に、アスタロスの牢獄は建っていた。枯れ葉が降りつもる森の中、レンメルの城門のようにレンガが積み上げられて、円柱の塔が左右にそびえ建っている。アスタロスの牢獄は、まるで一国の城のようであった。


 牢獄の中央に鉄製の大きな扉が開かれている。扉の左右には松明たいまつがたてられて、ふたりの兵士がロングスピアを立てている。牢獄のあちこちにも兵士がたむろし、どんよりと重い空気が流れていた。


「ここがアスタロスの牢獄ね。予想通り、警備兵がたっぷりいるわね」


 リロイは森の中で馬を降り、木陰から牢獄をのぞく。胸あてをつけた兵士たちは、荘厳な面持ちであたりを警戒している。数は……八、九、十人。


「でも、思っていたよりも数が少ないわね。これだったら正面から突破できるかも」

「ばか野郎。正面突破なんて危ねえ真似できるか。中にはもっといっぱいいるんだぞ」


 サムソンがしゃがんでリロイの下から顔を出す。こめかみに汗を伝わせて、「こりゃあまじでやべえなあ」とつぶやいた。


 プリシラがリロイの肩にしがみついた。


「勢いでここまできちゃったけどお、ほ、本当に平気なのかなあ。あの人たちに捕まっちゃったら、プリシラたちも牢屋に入れられちゃうんだよね」

「そうだよ! だから言ったじゃねえか。へましたら、すみませんでしたじゃ済まされねえんだぞ」

「う、うん。……これからどうしよっか」


 サムソンとプリシラが顔を見合わせる。口をひくひくさせて「あはは」と笑った。


 リロイは奥歯を噛みしめる。ざらざらとした木の幹を両手でつかんだ。


 ――サムの言う通り、正面突破は無謀ね。それなら陽動作戦を立てるしかないかしら。


 リロイは木の幹を離し、牢獄に背を向ける。膝を抱えて座ると、サムソンとプリシラもとなりに座った。


 リロイは木の棒を拾って四角を描いた。


「正面突破できないんだったら、警備兵をおびき出すしかないわ。何かいい作戦はある?」

「おびき出す、ねえ。だれかがおとりになるとか」


 リロイが人の絵を描くとなりで、サムソンが人の絵と矢印を描く。プリシラがまじまじと見つめた。


「ロイちゃんは中に入らないといけないからあ、囮になるのはプリシラとサムなの?」

「うーん。そうだな。ロイは親父さんと感動の対面をしないといけないからなあ」

「でもお、建物の中にもいっぱい兵隊さんがいるんでしょ? プリシラとサムで外の人たちをおびき出しても、中の人たちは出てこないよね」

「う、うーん。まあ、そうなるな」

「そうしたらあ、ロイちゃんはひとりで中の兵隊さんを倒さないといけないんだよね。それはちょっと、きびしいよねえ」


 プリシラが言葉を続けると、サムソンが「くそがっ」と棒を投げ捨てた。リロイはサムソンとプリシラの顔を見つめた。


「突撃するのがふたりになっても、きびしいことに変わりはないわ。囮作戦はだめね」

「それじゃあ、他にいい作戦はないかなあ」

「そうねえ。……あ! じゃあ、警備兵に変装して侵入するってのは?」

「警備兵の人たちはあ、頭に何もかぶってないよ。変装しても、すぐにプリシラたちだってばれちゃうよ」

「う」


 リロイは後ろの牢獄を見返す。プリシラの言う通り、警備兵たちは頭に兜をかぶっていない。サムソンも警備兵たちを見つめて、「頭に何かかぶったら、逆に目立っちまうな」とつぶやいた。


 ――変装作戦もだめかあ。お父様はすぐそこにいるのに、こんなところで足踏みするなんて。……でも、正面突破しても捕まるのは目に見えてるし。どうしよう。


 視線の先の警備兵たちは、開かれた扉の前で談笑している。牢獄の側面にも警備兵が怖い顔で見張っている。塔の二階の窓が開いているが、見つからずに忍びこむのはかなり難しいように思えた。


 リロイとサムソンが腕を組んでうなっていると、プリシラが「あ!」と声をあげた。警備兵たちが一斉にふり向いた。


「ば、ばか野郎!」


 サムソンがあわててプリシラの口をふさぐ。三人は息を殺して木陰に隠れた。警備兵たちは首をかしげたが、すぐにおしゃべりを始めた。


 サムソンはプリシラを離して、「はあ」とため息をついた。


「あっぶねえなー。危うく見つかっちまうところだったじゃねえか」

「ご、ごめん」

「まったく。……で、何かいいアイデアでも閃いたのか?」

「あ、うん。それがね。ちょっと危ない方法なんだけどお、これしかないかも! っていうアイデアが思いついちゃったんだよね」

「ほんとかあ?」


 いぶかしむサムソンを尻目に、プリシラがかばんの中をごそごそとあさる。「あった!」と声をあげて、小さなびんをとり出した。


「これだよお」

「これだよお、って、これは何の薬だよ」

「これはあ、警備兵さんをいい気持ちにさせちゃう薬だよお」

「警備兵さんをいい気持ちにさせちゃう薬いぃ?」


 プリシラがにこにこと微笑む。リロイとサムソンは顔を見合わせて、目頭を指でつまんだ。





 リロイたちは警備兵に見つからないように、忍び足で牢獄の側面に向かった。建物の壁にもつれているふたりの兵士は、眠たそうにあくびをかいている。


「あたしたちのことはばれてないみたいね」


 リロイは木陰から警備兵たちを見つめて、にやりと笑った。


「それじゃあ始めましょっか」


 リロイの後ろでサムソンが水晶の杖をにぎる。プリシラは茶色の瓶を持って、くすくすと笑っている。


 リロイは腰を少し落として、両手を胸の前でクロスさせた。


「ヴァン・ジャ・ウネ・ホウエ・クェプ・エゲ・プゲイ・ファン・エイラン――」


 リロイは目を閉じて呪文をとなえた。


「光のことわりを背負いし東方の神。夢と幻を司るグレモリーよ。天界を侵さんと欲する愚か者たちを闇に閉ざしたまえ」


 リロイがゆっくりと目を開ける。木の幹の間、地面の下から砂塵のような白い空気があがり始めた。


「プリシラ。瓶を前に置いて」

「うん」


 プリシラが瓶のふたを開ける。数歩先の地面に置くと、瓶の口からピンク色の煙がもわもわと立ちのぼった。


「よっしゃ。最後におれが」


 サムソンが杖を前に突き出した。


「天空をゆるやかに流れるあまつ風。われは神の許しを得た者なり。なんじ、すみやかに下界へと降り、灼熱の大地を冷ましたまえ。地上を支配する憤怒と欲望を鎮めたまえ」


 止まっていた空気がゆっくりと流れ出す。ピンク色の煙が前へと流れて、白い霧と混じりあう。アスタロスの牢獄が、うすいピンク色の霧につつまれる。


「な、何だ」


 牢獄の警備兵たちがざわざわと動き出す。だが、霧の甘い香りを吸い、兵士たちはまどろみにつつまれる。目をとろんとたゆませた兵士たちが、ひとり、ふたりと倒れていく。


 眠り薬をふくんだ空気は、二階の窓から建物の中に入っていく。リロイは袖で鼻と口をおさえながら、寝静まる兵士たちをじっと見守った。


「そろそろいいんじゃねえか」


 サムソンが右足を踏み出す。リロイとプリシラはこくりとうなずき、足早に牢獄の裏口へと向かった。





「ははっ! こんなにうまくいくとは思わなかったぜ」


 裏口の扉を開けて、サムソンが建物の中に入る。ロビーに続く長い廊下に警備兵たちが倒れている。むにゃむにゃと寝息を立てていた。


 リロイは廊下を走るサムソンの背中をにらみつけた


「口に手をあててないと薬を吸いこむわよ」

「わかってるって」


 リロイは袖で鼻と口を隠しながら、ロビーに続く廊下を走った。花も絵画もないかざりっ気のないロビーには、たくさんの兵士たちが倒れている。


 ――お父様はどこにいるのかしら。


 リロイはあたりを見わたす。ロビーの左右には階段がついていた。階段は二階と地下にそれぞれつながっていた。


「ロイちゃん。早くしないと、プリシラたちも薬で眠くなっちゃうよお」

「う、うん」


 プリシラが後ろからリロイの背中をつつく。サムソンの「地下だったら薬も入らねえ」という言葉に従って、リロイは階段を駆け下りた。


 ――待ってて! お父様。あたしがすぐに助けてあげるから。


 ほこりっぽい階段を下りながら、リロイは右手をにぎりしめる。薬を吸いこむことよりも父の安否がただ気がかりだった。


 地下へと続く階段を降り、また長い廊下があらわれた。リロイは足音を立てながら、うす汚れた廊下を抜ける。腕をふり、全力で駆けるとロビーのような広い空間につながっていた。


 ――ここを抜ければ、きっとお父様が――


 そこでリロイの思考が止まった。


「ああ? だれだ、おめえは」


 牢屋につながる地下の広間に、数人の男たちがたむろしている。ぼろぼろのシャツを着た男たちの中央にいる、ひと際背の高い男がリロイにふり向いた。


「ロイ、何立ち止まってんだ――」


 リロイの背中にサムソンがぶつかる。「いってー」と鼻をおさえたが、向こうの男たちを見てサムソンの顔色も変わった。


 男たちは、がっしりとした腕を生やしていた。シャツやタンクトップから出ている二の腕が浅黒く、がらの悪そうな印象だった。


 中央にいる男は、右手に巨木のようなグレートソードをにぎっていた。男の髪は左右が刈られて、中央が一直線に天を突いている。


 大柄のモヒカン男もリロイの顔を見て身体をかたまらせた。


「あ、あんたは――!」

「あアッ! って、てめえはこないだのぺちゃぱい女!」


 その声で、他の男たちも一斉にこちらにふり向く。クラブやロングソードをかまえて、剣呑な目つきになった。


「どうした、キンボイス」


 一団の奥から身体の細い男がゆっくりと歩いてくる。端正な顔立ちに白い肌、そして後ろできっちりと結ばれた銀色の長い髪。女性のように美しい悪党を、リロイが忘れることはない。


「おや、だれかと思えば迅雷の娘じゃないか。ひさしぶりだな。あれから元気にやっていたのか?」


 へらへらと嘲笑する一同の中央で、銀髪男のガンドルフが「くっくっく」と肩をふるわせた。

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