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 城壁の上の回廊から兵士たちが見下ろしている。鉄製のやじりはリロイに向けられて、今にも放たれようとしている。


 サグレモールは裸の上半身をさらしながら、リロイたちを見下ろす。がっしりとした肩や腕には無数の古傷がつき、いかついふんいきをさらに険悪なものにしていた。


「やっと観念したか。迅雷の娘。お前の親父の迅雷は捕まり、王宮もゲント伯が制圧した。お前ごときがあがいたところで、戦局はもう変えられん」


 ぺたりと座りこむリロイをながめて、サムソンがぎりぎりと歯ぎしりする。手に持つ水晶の杖をふるわせた。


「おっさん。ひとつ、聞きてえことがあるんだ」

「何だ、坊主」

「おれたちは……っていうかロイは、エルダの兵団にさんざんつけ狙われたんだけど、それもおっさんたちが言ってるクーデターと関係あんのか?」

「あたり前だ。迅雷は大変な親ばかだという、もっぱらのうわさだからな。おれには信じられん話だが、迅雷は娘のそいつに頭があがらないんだろう?」


 サグレモールはいかつい腕を前に出して腕組みした。


「エルダの兵団、もといエルダ卿に指示を出したのはゲント伯だ。娘のそいつを人質にとれば、迅雷は言うことを聞かざるを得なくなるからな」

「つまり、迅雷ことロイの親父さんを帰順させて、クーデターを完全なものにしようっていう魂胆だったのか」

「ほう。お前はそいつと違って、ずいぶんとものわかりがいいな。……どうだ。お前もおれたちといっしょにこないか」

「けっ! んなの、ぜってー嫌だよ!」


 サムソンは杖を突き出した。


「てめえはさっきからクーデターがどうとか、ゲント伯が首謀者だとか抜かしてやがるが、そんなん簡単に信じられるわけがねえだろ! ……おれたちは王宮で何が起きてるのか、まだよくわかってねえんだ。この目でちゃんと見てねえのに、てめえのあやしい話についていけるかってんだ!」

「ほう。言われてみれば、確かにそうだな。お前、見た目よりもずっと頭いいな」

「るせえ! てめえの戯言たわごとはいい加減に聞きあきてんだよ。あの優しいゲント伯がクーデターなんてくわだてるわけがねえ! ロイの親父さんだって捕まってなんかいねえ。ロイはだまされても、おれはだまされねえからな!」

「だったら、王宮とアスタロスの牢獄を見てくればいい。おれの言ってることがうそじゃねえってことがすぐにわかるぞ。……何なら、おれたちが手厚く護送してやろうか」


 サグレモールがサムソンを見下して嘲笑する。サムソンは後ろに跳び、左手を杖にそえる。


 その手をリロイがつかんだ。


「ロイ! お前は下がってろ」

「だめよ。あたしがあの親父を倒した隙に、関所を切り抜ける作戦なんだから。あんたは邪魔よ」

「ばか野郎! お前、さっきから左腕が全然あがってねえじゃねえかよ。その肩、すっげえ痛えんだろ。だから、もういいよ。後はおれにまかせとけ」

「痛くなんかないわよ!」


 リロイが右手でサムソンの胸ぐらをつかむ。ぐいっと顔を引き寄せて、サムソンの顔をこれでもかというくらいににらみつける。リロイのすさまじい怒気にサムソンは息を呑んだ。


 リロイは足もとに落ちるシャムシールを拾う。身体をかがめただけで左肩がずきずきと痛み、涙があふれてくる。リロイは袖で涙をふき、柄をにぎりしめた。


 ――さっきから黙って聞いてれば、お父様が捕まったとか、バルバロッサのおじ様がクーデターをたくらんでるとか、どれもこれもありえない話ばかりじゃない! こんなの、絶対うそよ。


 サグレモールはモーニングスターをかまえた。


「まだやンのか。迅雷の娘。その肩、本当にあがらなくなっちまうぞ」

「余計なお世話よ! それにね、さっきから迅雷の娘、迅雷の娘って、あたしにはリロイっていう可愛い名前があんのよ! おぼえときなさいよ、このグリズリー顔負け親父!」

「グ、グリズリー!? ……って、またマニアックな名前が出てきたな。お前は一体どういうネーミングセンスを――」


 リロイがシャムシールを下げて突進する。サグレモールはすぐに笑みを止めて鉄球を投げつける。怒り狂うリロイは鉄球をよけずに真っ直ぐに突進、刺のついた鉄球がリロイの顔面に炸裂する――


 リロイが残像を残してふわりと消えた。


「何っ!?」


 驚愕するサグレモールのわきを何かが突き抜ける。右の脇腹わきばらに赤い線が伸び、どばっと鮮血が散った。


 後ろにまわったリロイはシャムシールをふりあげる。脇腹をおさえるサグレモールの脳天を目がけて、素早く斬り落とした。


「くそっ!」


 サグレモールはモーニングスターを捨ててロングソードを抜き放つ。がきんと音がして、リロイのシャムシールと交差した。


「話し合いの最中に不意打ちたあ、いい根性しているじゃねえか。おれが手加減してやっているってのがわからねえのか」

「うるさい! あんたの話なんて全部うそっぱちよ。お父様もバルバロッサのおじ様も、今ごろ王宮であたしの帰りを待ってるわ。だから、あんたは邪魔なのよ!」

「おいおい、逆上してんじゃねえよ。ショックなのはわかるけどよ、現実を受け入れねえと成長できねえぜ」

「うるさいうるさい! あたしは、逆上なんてしてない! あんたが変なことばっか言うから悪いのよ!」

「ああ、そうかい。じゃあ、仕方ねえ」


 剣を緊張させたまま、サグレモールが右肩を突き出す。リロイの脱臼した左肩にぶつかり、大地をゆるがすほどの激痛がリロイの全身に走った。


「あああアア――!」


 リロイは涙を流して悶絶する。サグレモールは後退し、右の脇腹をおさえた。


「穏便に済まそうと思っていたが、背に腹は変えられねえ。お嬢ちゃんには悪いが、力ずくでも身柄を拘束させてもらうぜ」


 リロイのもとにサムソンとプリシラが駆け寄った。


「ロイちゃん! もうやめて! このままじゃロイちゃんが死んじゃう!」

「そうだ! お前はもう充分がんばった。後はおれたちにまかせとけ!」


 プリシラがたくさんの涙をためてリロイに抱きつく。リロイははあはあと息を切らせながら、プリシラの胸を右手で押した。


「だ、だめよ。こいつは、あたしが倒すんだから」


 リロイはシャムシールの柄をにぎる。刃先を地面に突き刺して、杖のようにして立ち上がった。


 サグレモールは両手をかたくにぎる。拳をぶつけて、あたりの砂塵を舞い上がらせた。


「いっぱしの騎士気どりという言葉は撤回しよう。お前は武人だ。女のくせに見あげた根性だ。よほどいい師匠に恵まれたんだな」

「いい師匠になんて、恵まれてないわよ。……あたしは、あんたを倒して、王宮に行く。あんたの言ってることが、全部うそで、お父様もおじ様も悪くないことを、しょ、証明するの」


 リロイはシャムシールを横にかたむけて突進する。サグレモールは右手を突き出し、正拳突きを繰り出した。


 リロイの身体が残像となり、空中に消えていく。シャムシールをかまえたリロイがサグレモールの後ろ、右、左にあらわれた。


「さっきから何なんだ、この残像は!」


 サグレモールがリロイの残像を殴りつける。残像は霧が晴れるように消えて、その後ろにまたあらたな残像があらわれる。サグレモールは地団駄を踏んだ。


 ――そこ!


 リロイがシャムシールを突き出す。鋭い刃先はサグレモールの二の腕を突き、ぶしゅっと音を立てた。


「このくそがきがア!」


 サグレモールが猛り、回し蹴りを繰り出す。巨木のような足がリロイの胸をとらえる。リロイは勢いそのままに後ろに吹き飛ばされた。


 リロイは右手をついて立ち上がる。頭はぐらつき、視界が左右にぶれる。奇声をあげて突進してくるサグレモールが二重にぶれていた。


 ――まだよ。こんな、こんなところで、負けられない。負けて、たまるかア……!


 リロイはシャムシールの柄をにぎりしめて、サグレモールに突撃した。


「くたばれや!」


 サグレモールが右手を突き出す。かたくにぎられた拳は鉄球に勝る轟音を鳴らし、リロイの顔面に迫った。


 拳がリロイの鼻の頭にあたる――その瞬間、


「またか!」


 サグレモールの右拳が空を切る。リロイの身体はふわりと消えて、サグレモールは拳を突き出したまま立ち尽くした。


 後ろにまわったリロイがシャムシールをさやに納める。サグレモールの右手首が一文字に裂け、あかい鮮血が青天に噴き出した。


「ぎゃあアアアア!」


 右手首をおさえて悶絶するサグレモールをリロイが見下ろす。うずくまった巨体をきつくにらみつけて、後方で唖然とするサムソンとプリシラを見あげた。


「今よ! サム、プリシラ!」


 リロイの掛け声に、サムソンとプリシラが慌てて手づなを打つ。サムソンはリロイに近づきながら左腕を差し出す。リロイはサムソンの腕に捕まりつつ跳躍し、サムソンがまたがる馬のあぶみに飛び乗った。


 城壁の上から矢が一斉に放たれる。黒い矢の嵐が青天をおおい、城門の前に降り注ぐ。プリシラは左手を城壁に広げて、呪文をとなえた。


「ア、アローガード!」


 サムソンとプリシラのまわりが青い気流で包まれる。内側から吹きつける気流が、降り注がれる矢の軌道を変える。矢は左右の岩に突き刺さった。


「よし! このまま突っ切るぞ!」


 サムソンが手づなを打ちつける。リロイとサムソンを乗せた馬が城門の下をくぐり、ひんやりとしたトンネルを突き抜ける。城門の向こうに広がる岩場に番人の姿はない。


「迅雷の娘が逃げたぞ!」

「迅雷の娘を追ええ!」


 後ろから兵士たちの怒鳴り声がひびいた。

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