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 巨漢のサグレモールがとげのついたモーニングスターをにぎっている。大きく開かれた門の前で不敵な笑みを浮かべていた。


 リロイは、後ろでしがみつくプリシラに耳打ちする。顔を青くするプリシラを尻目に、リロイは馬から飛び降りる。サムソンとプリシラはゆっくりと後ろに下がった。


「おれとタイマン張ろうってのか。威勢のいいがきだ」

「うるさいわね。騎士の勝負は一対一って決まってるでしょ。あたしだって騎士のはしくれなんだから、ばかにしないでよね」

「ふっ。いっぱしの騎士気どりってわけか」


 サグレモールがリロイを見下ろして嘲笑する。リロイはサグレモールと距離をとり、腰からシャムシールを抜いた。きれいな弧を描く三日月状の刃を見て、サグレモールの表情が変わった。


「ほう。ずいぶんと変わった得物を持っているな」

「ふんだ。おじさんのその変なとげとげよりましですよーだ」

「おいおいお嬢ちゃん。それは心外だぜ。これはモーニングスターと言ってな、レイリアに昔から伝わる、由緒正しい武器なんだぜ」

「……ほんと?」


 リロイが探りたてるような目を向けると、サグレモールは「ほんとだって」と声を高くする。一生懸命に解説を始めるその姿からは殺意が全く感じられない。


 ――何この人。強面こわもての割には意外とフレンドリーね。あたしと戦う気があるのかしら。


 そう思うリロイの前でサグレモールが不意に笑みを止めた。


「おっと。こんなところでくっちゃべっている場合じゃねえ。……それじゃあ、迅雷の娘。そろそろお手並み拝見といこうか」


 サグレモールが大きな左手をふりかぶる。リロイの顔よりも大きな鉄球が轟音を発して、リロイに飛びかかってきた。


 リロイはシャムシールをかまえたまま左に跳ぶ。鉄球が右腕すれすれをよぎった。


「いいフットワークだ。見た目よりもずっといくさ慣れしているな」


 サグレモールが右手を引く。鎖につながれている鉄球が後ろに戻り、サグレモールの左手の上に乗っかった。


 サグレモールは右手をあげてモーニングスターをふりまわす。黒く太い鎖が頭上でびゅんびゅんと音を立てる。


 リロイはシャムシールをかまえるのを忘れてしまいそうだった。重い鉄球を軽々とふりまわすサグレモールに感動すらおぼえていた。


『力が強ければ、技や小細工なんて必要ない』


 レオンハルトの言葉が心の底から沸き上る。いくら身体をきたえても、自分では鉄球をふり回すことはできないのだろうと、リロイは思った。


「そうら。もう一丁いくぞ」


 かけ声とともにサグレモールが大きくふりかぶる。轟音を鳴らす鉄球はリロイが踏んでいた足場に炸裂し、ぽっかりと大きな穴を開けた。


 ――あのとげとげは一発でももらったらアウトだわ。あいつがとげとげを投げたら、かわしながら接近して攻撃する……!


 サグレモールが奇声を発しながら鉄球を投げつける。リロイは突進しながらわずかに右に跳び、鉄球をかわす。鉄球を投げた後のサグレモールは隙だらけで、どこからでも攻撃できそうだった。


「でやああ――!」


 リロイは跳躍してサグレモールの頭を斬りつける。サグレモールは「ち」と舌打ちして、左腕を腰の後ろにまわした。リロイのシャムシールとサグレモールのロングソードが十字に交差した。


 二本の刃が膠着こうちゃくする。サグレモールは左手をふるわせながら、にっと笑った。


「身のこなしはまあまあだな。……だが、押しが弱いな」


 サグレモールがロングソードを押し出す。リロイは突風に吹き飛ばされるように、数歩後ろの地面に倒れた。


 サグレモールはロングソードを納めた。


「鉄球を投げた直後を狙ってくると思ったぜ。そんな見えすいた手が、おれに通用すると思ったのか?」

「いいえ。そうだったらいいなーって期待してただけよ」


 リロイは起き上がって口もとをゆるめる。サグレモールは鉄球を引き、またリロイに投げつけた。鉄球が落下するたび、砂塵が空中を舞った。


 リロイは柄をにぎりしめてサグレモールに突進する。サグレモールは傲岸とリロイを見下ろし、左手でロングソードを抜き放った。


 ――ここだ!


 リロイはシャムシールをふりあげる。ふり下ろされた剣は、宙に四本の線を描いた。


「何っ!?」


 驚愕するサグレモールの二の腕に斬り傷ができる。リロイは剣をふり、斬撃をまどわす技、シャドウブレイドを繰り出した。四本の剣閃はロングソードを突き抜けて、サグレモールの胸を斬り裂いた。


「このがきがっ……!」


 サグレモールが怒って蹴り上げる。リロイは地面を蹴って後退し、サグレモールの蹴りをかわした。


「青臭いがきのくせにちょこざいな。……おれが下手に出てるからっていい気になるな」

「ふん。余裕ぶっこいてるから悪いのよ。あたしだってやるときはやるんだから」

「ち。そのようだな。下らねえ奇術なんかつかいやがって、可愛げがねえ」


 サグレモールが右手を引いて鉄球を戻す。リロイはシャムシールをかまえ直した。


「そんなことよりも、おじさんに聞きたいことがあるの。サンテで反乱が起きてるっていうのは本当なの?」

「ああ? 当事者に向かって何を言ってやがんだ。そんなん、本当に決まってんだろうが」

「うっ。じゃ、じゃあやっぱりエルダ卿が反乱を――」

「迅雷の娘。誤解がないように、先に言っておくがな。おれらが起こしているのは反乱じゃねえ」


 サグレモールは右手で顎を撫でた。


「反乱ってのはよ。民衆や犯罪者がレイリアのトップ、つまりタイクーンに対して起こすものだ。反乱を起こす人間は自分が真の王であることを望み、自分の国を創るために軍を起こすんだ」

「……それとあんたらの何が違うっていうの?」

「わからないか? おれらはタイクーンが憎くて軍を起こしているわけじゃない。自分たちの国を創ろうとも思っていない。おれたちはな、大恩あるタイクーンとわれらの国を護るため、命を賭して立ち上がったんだ」

「えっ……。ど、どういうことなの」


 シャムシールの刃先が地面に落ちる。サグレモールは左の手首を動かして鉄球を上下させた。


「迅雷の娘。お前もレイリアが危機的状況にあるのは知っているな。地方は旱魃かんばつやら水害やらで民が苦しみ、死者が年々増え続けている。だが、中央の連中はわれわれに目もくれず、みにくい権力争いばかりを続けている。このまま放置していたら、レイリアはいずれ崩壊する」

「ほ、崩壊」

「そうだ。ばかな大臣たちのためにタイクーンは民意を失い、レイリアがぼろぼろに砕けちってしまうんだ。……おれたちは民衆の反乱を鎮圧させるたび、現状を王宮に訴えてきた。だが、王宮からの返事はない。タイクーンに直訴しても、『今は待て』と言われる始末だ。これではらちが明かない」

「そんな、うそでしょ」


 リロイはがく然とする。反乱を起こしているライオネルたちは、自ら進んで悪いことをしているのだと思っていた。


「エルダも他のやつも困り果てている。災害の上に民衆がくわを捨てれば、おれたち貴族も困窮するからな。……だからおれたちは今回のクーデターに賛同した。おれたち地方の貴族が力を合わせて、王宮の大臣どもを倒す! 王国衰退の元凶を一掃し、王国の腐敗を止める。タイクーンと民衆を助けて、みなが安心して暮らせる王国をおれたちでつくるんだ」


 サグレモールは右手をにぎりしめる。大きな拳に二本の青筋が浮かび上がっている。これほどまでに強固な意思をどうやって倒せばいいのか。


「どうだ。おれらが起こしているのが反乱なんかじゃないって、よくわかっただろ」

「な……! ぜ、全然わからないわよ! だって、あんたらがやってるのは結局軍を起こしてるだけなんでしょ。反乱と同じじゃない!」


 リロイが慌ててシャムシールを突き出す。サグレモールが声を出して笑った。


「さすがは迅雷の娘だ。さっきから面白いことを言う。……そうだ。おれらがやっているのは、軍を起こして治安を乱しているだけだ」

「わ、わかってるんだったら、さっさと撤収しなさいよ」

「ふっ。だからお前は青臭いんだ。さっきも言ったろ。現状を何度も訴えてきたって。平和的な解決ができるんだったら、おれらだってそうしている。そうできないから軍を起こしているんだ」


 サグレモールは少しうつむいた。


「今回のクーデターをくわだてたゲント伯も、お前と同じことを言っていた。軍を起こしたら治安が乱れるからよくないとな」

「そうよ! あんたらのリーダーもわかってるんじゃない。だったら早く、そのゲント伯に言って軍を引きなさいよ!」

「それは無理だ。一度動かした軍を止めることはできん。お前でも、お前の親父の力をもってしてもな」

「な、何ですってえ――!」


 リロイは怒り一歩を踏みしめる。人さし指でサグレモールの顔をびしっと差した。


「そんなの、やってみなきゃわからないじゃないのよ! ゲント伯だか弁当伯だか知らないけど、あたしが王宮に乗りこんではったおしてやるわよ」

「おいおい、それ、まじで言っているのか。冗談にしては笑えん。……あの赤ひげをお前ごときが倒せるわけねえだろ」

「だあから、赤ひげだか青ひげだか知らないけど、そんな、人は、あたしが――」


 そう言いかけてリロイの口が止まった。サグレモールは首をかしげた。


「何だお前。ゲント伯を知らないで言っているのか」

「えっ――」

「赤ひげことゲント伯のバルバロッサ・ハイラル様だ。お前の親父のブレオベリス・ウィシャードと並び称されるレイリアの英雄だろうが」


 サグレモールがあきれ顔で顎をさする。リロイの右手がだらりと下がった。


「それじゃあ、あなたたちの首謀者は――」

「そうだ。赤ひげの英雄。ゲント伯のバルバロッサ・ハイラル様だ」


 非情な言葉がリロイの耳にひびいた。





 リロイの右手からシャムシールが落ちる。肩と腰の力が抜けて地面にへたりこむ。今まで張りつめていた何かが、ぷつりと途切れてしまった。


 ――そんな、バルバロッサのおじ様が……


「ロイ! 危ねえ!」


 サムソンの悲鳴がひびく。サグレモールの鉄球がリロイの目の前に落ちた。


「戦場のまん中で何をぼうっとしているんだ。戦いの最中なんだぞ」


 サグレモールがぎろりとにらむ。リロイは慌ててシャムシールを拾ってかまえた。


「そうだ、それでいい。お前が親父のところに行くためには、おれを倒していかなければいけないんだからな」


 サグレモールは右手をふりあげる。太い刺のついた鉄球がリロイの顔面に飛びかかってきた。リロイは歯を食いしばり、ぎこちない動きで鉄球をかわした。


「ほらほら! どうした。さっきよりも動きが悪くなってんぞ!」


 サグレモールがモーニングスターをふりまわす。鉄球はリロイの左右に落ちて、大きな土のかたまりを掘り起こした。


 汚い土砂をかわすリロイの視界が暗黒に閉ざされる。暗闇の中央でたたずんでいるのは、赤い髪と髭を生やしたバルバロッサ。彼は人のよさそうな笑みを浮かべて、リロイに手をふっている。


 リロイとバルバロッサの距離は、わずか三歩。その距離が、無限のように長く感じられる。


 ――そんな、うそでしょ。バルバロッサのおじ様がクーデターの首謀者だなんて。何かの間違いよ。


「ロイい!」


 サムソンの悲鳴でリロイの頭が覚醒する。はっと顔をあげると、サグレモールの鉄球がものすごい速さで眼前に広がってくる。


 リロイは慌てて右に跳ぶ。よけきれなかった鉄球が左の肩にあたり、どん、と鈍い衝撃が脳天を貫いた。


「あア!」


 リロイがあお向けに倒れる。左の肩から、馬に激突したような激痛が走る。リロイはシャムシールを落とした右手で左の肩をおさえた。


 地面で苦悶するリロイにサムソンとプリシラが駆け寄る。サグレモールは鉄球を左手の上に戻し、三人を見下ろした。


「肩がはずれちまったみてえだな。悪いことは言わねえ。この辺で降参しちまいな」

「くっ……!」


 サムソンが拳をふるわせる。リロイはプリシラに支えられながら身体を起こした。


「ま、まだよ。勝負はまだ、ついてないんだから……」


 リロイはシャムシールをにぎり、サムソンとプリシラの前に立つ。サグレモールはリロイの左腕を見て、鉄球を足もとに落とした。


「やせ我慢ならやめとけ。お前の肩は脱臼しているんだ。早くはめねえと、腕があがらなくなるぞ」

「このくらい、どうってこと、ないわよ。……レオンと戦ってたときは、肩なんて、いつもはずれてたんだから」


 リロイは脂汗を流しながら、にっと笑う。左肩からずきずきと激痛が走り、だらりと落ちた左腕は力をこめるだけで痛みが倍増する。呼吸をすることすら辛い。


 サグレモールは熊のような肩を落とした。


「そうか。お前らは何が何でもおれたちを認めないつもりなんだな。お前と、お前の親父。ウィシャード家の連中はどうしてそんなに頑固なんだ」

「お、親父って、お父様は関係ないでしょ。あたしはただ、エメラウス様の手紙に従って王宮に入りたいだけ――」


 そう言いかけて、リロイは目を見開く。肩の痛みを忘れてサグレモールを見あげた。


「そ、そうだ! お父様はどうしてるの!? まさか、お父様もあなたたちといっしょに反乱を……ううん。あのお父様が、そんなことを許すはずがないわ」

「ああ? お前、それも正気で言っているのか? ……いや、その顔はうそをついている顔じゃないな。なら、おれが全て教えてやる。お前の親父はな、捕まったんだよ」


 サグレモールが「よ」と言いながら身体をかがめる。地面に落ちた鉄球を拾い、左手の上に乗せた。


「お前の親父のオーブ伯は、迅雷と畏れられる英雄だ。今回のクーデターを決行するにあたり、おれたちは何としてもお前の親父を説得しなければならなかった。とりわけゲント伯はお前の親父にこだわり、何度も家を訪問しては説得を繰り返していたようだが、よい返事はもらえなかった。……業を煮やしたゲント伯は蜂起してすぐにオーブを襲撃し、お前の親父を牢に閉じこめたんだ」

「そんなの絶対うそよ! だって、お父様とバルバロッサのおじ様は昔からの親友同士なのよ。娘のあたしがあきれるくらいに仲がいいんだから、説得に失敗しただけで襲撃なんてしないわよ!」

「それはあたり前だ。親友同士でなくても、交渉が割れたくらいで襲撃するばかはいねえよ。……そうじゃなくてな、ゲント伯はクーデターの失敗を恐れて、お前の親父を拘束したんたんだよ」

「それって、ど、どういうことなのよ。全然意味がわからないわよ」


 リロイは右手のシャムシールをふるわせる。サグレモールは面倒臭そうに首をふった。


「いいか。お前の親父は強いんだ。でもって今回のクーデターに猛反対している。そいつが今のおれたちを見て、黙って見すごすと思うか?」

「見すごすわけないじゃない。それどころか、怒り狂うわよ。きっと」

「そうだ。だからゲント伯はお前の親父を捕まえて、動きを封じこめたんだ。おれたちは、王宮の文官どもよりもお前の親父が怖い。手薄な王宮はいつでも制圧できるんだから、オーブの襲撃が優先されるのは目に見えている」

「……つ、つまり、どういうことなの?」

「つまりだ。戦略的に考えて、お前の親父は一番やっかいで邪魔な存在だったということだ」


 リロイは肩の痛みを忘れてがく然とする。サグレモールの話は信じがたいが、目の前をまっ白にするほどの衝撃がこめられていた。


 ――よくわからないけど、バルバロッサのおじ様が反乱をたくらんでて、お父様がそれに反対したから捕まえたってことなの……?


 リロイはぺたりと座りこむ。右肩の力も抜けて、剣を持ち上げる力がなくなる。錯乱を通り越して、リロイの思考は動かなくなってしまった。


 サグレモールはリロイを見下ろして、にっと口もとをゆるめた。


「お前の親父は、王宮の北西にあるアスタロスの牢獄に幽閉されている。お前が王宮に向かっていると言ったときは、てっきり親父を助けにいこうとしているもんだと思っていたんだが、違っていたみてえだな」


 シャムシールの剣先が地面の上に落ちた。

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