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夜が明けて、リロイは王宮に向けて出発した。都の反乱についてはサムソンも耳にしたようで、リロイ以上に気にかけていた。
「都で反乱が起きてたなんて、知らなかったぜ。首謀者はだれなんだろうな」
となりで手づなをにぎるサムソンがちらりとリロイを見る。リロイは「うーん」とうなった。
「そうねえ。ぱっと思いつくとしたらエルダ卿かしら」
「エルダ卿か。そうだな。ライオネルとかユウェインに狙われたばっかだしなあ。……ん? てことは待てよ。ライオネルとかが言ってた計画って、都で反乱を起こすことだったのか」
リロイの後ろにしがみついているプリシラが、「あ」と声をあげた。
「そっか。だからあの人たちは兵隊さんをたくさん連れてたんだ」
「そうだよ! 状況といい、あいつらの口ぶりといい、間違いねえぜ。……うわ、やべえ。変な汗出てきた」
「うん。でもさ、じゃあどうしてロイちゃんが狙われたの? 都の反乱とお、ロイちゃんにどんな関係があったのお?」
「う、そ、それはだな。……あいつらにもまあ、色々と事情があるんだよ」
サムソンはそっぽ向いて頬を掻く。リロイは肩を落としてげんなりした。
「自分で言うのも何だけど、あたしと都の反乱をくっつけるのはかなり無理があるよね。あたしがレイリアの王女とかだったら、わからなくもないけど」
「そうだな。キザ男のあの手紙が目あてだったっていう説も有力だけど、そうしたらプリシラが捕まったときに手紙をとり上げられたはずだしなあ」
「……ん? どゆこと」
リロイが首をかしげると、サムソンは横目でリロイを見た。
「だからだな。ライオネルとユウェインは勅命のことを知らなかったんだよ。勅命目あてでプリシラを捕まえたとしたら、あの手紙はまっ先にとり上げられてたはずだろ。でもよ、プリシラ。手紙のことは全然ばれなかったんだろ?」
「う、うん。とっさに鞄の中に隠したんだけど、中は物色されなかったよお」
プリシラの言葉に、サムソンは「やっぱりか」と言った。
「つまり、ライオネルたちがプリシラを捕まえたことに特別な意味はなかったってことさ。たまたま屋敷に居合わせちまったから、エドワードさんたちといっしょに捕まったってことだろうな」
「うーん。それじゃあさ、結局あたしは何で牛蒡に狙われたわけ?」
リロイが反問すると、サムソンは口をつまらせた。
「そこなんだよなあ。資産家のエドワードさんとかだったらともかく、へなちょこのロイなんか捕まえても一銭も利益は出ねえしなー」
「……へなちょこで悪かったわね」
リロイが目を細めるが、サムソンは空を見あげてうなった。
「この前、おれらの想像を越えることがレイリアで起きてるってレオンが言ってたけど、本当だったんだな。反乱なんて聞いてもぴんとこねえけど、このまま王宮に向かっても平気なのかな。……何か、とんでもねえ目に遭いそうな気がする」
リロイは口を縛り、手づなを強くにぎった。
リロイたちは馬にまたがり、昼夜を徹して走った。宿が見つからない日は野宿をし、五日目の夜にレンメル伯爵の国に入った。そこは都サンテの南東にあり、王宮にも近い。一日ほど走ればたどり着く距離だった。
レンメルに入るまで、灰色の兵団を何度も見かけた。兵団に出くわすたびにリロイは道の変更を余儀なくされ、道のない森を仕方なく突っ切ることもあった。
リロイは兵団を見るたび、牛蒡頭ことライオネルの手によるものだと思ったが、サムソンが首を横にふった。「地方貴族のエルダ卿にレイリア全土を扇動する力はない」というのがその言い分だった。
「このまま真っ直ぐに進んだら、レンメルの関所にぶつかっちまうなあ」
六日目の朝、サムソンはたき火にあたりながらレイリアの地図を広げていた。地図の南東を差して「まずいなあ」とぼやいた。
リロイとプリシラも左から地図をのぞいた。
「関所ってことは、レンメルの兵士がいっぱいいるんだよね」
「いっぱいいるどころか、ものすげえ警戒してると思うぜ。王宮のまわりがぴりぴりしてるからな」
「てことは、捕まる可能性が高いのね。他に道はないの?」
「だめだ。この辺は山岳地帯だから、他は崖道ばかりだ。とても越えられねえよ」
サムソンが地図をたたんで放り投げる。プリシラも後ろでおろおろして、「ど、どうしよう」とつぶやいた。
リロイは地面に落ちた地図を拾う。リロイたちがいるレンメルと王宮はかなり近い。目と鼻の先とはこのことかしらと、リロイは思った。
「このまま進んで関所を抜けましょ」
地図をたたむリロイに、サムソンとプリシラが驚いて顔をあげた。
「お、おい。まじかよ。それはいくら何でも危険だぜ」
「そうだよお。それに、兵隊さんに捕まっちゃったら、縄で縛られちゃうんだよ」
リロイは地図をサムソンにわたす。顔を青くするサムソンとプリシラににこっと微笑んだ。
「今は迂回する時間はないわ。それに、レンメル伯爵まであたしを狙うとは限らないし、うまく交渉すれば通してくれるかもしれないでしょ」
「うまくってなあ、簡単に言うなよ。相手は大人たちなんだぜ。おれらの子供だましなんて通用しねえよお」
「そのときは仕方ないわ。レオンに習った幻夢剣で、力ずくで切り抜けるわよ」
リロイはさっそうと立ち上がり、馬の手づなを木の枝からふり解く。ぶつぶつと小言を洩らすサムソンの背中を蹴って、右手を勢いよくふり上げた。
ほどなくしてレンメルの関所は見えてきた。左右の岩場をつなぐ城壁は堅牢で、リロイたちを静かに圧倒する。魔術都市カジャールの城壁を彷彿とさせるそれは、リロイの前で凄然と立ちはだかっていた。
「あれが関所ね。兵が見あたらないけど、だれもいないのかしら」
「いや、そんなことはねえ。あんなに旗が立ってんだから、レンメルの兵団は絶対にいるって」
言いながら、サムソンが城壁の上を差す。凹凸の入った回廊から、レンメルの青い旗が等間隔にのびている。風になびく青地の中央には金色の竜が描かれていた。
リロイは唾をごくりと呑みこむ。手づなを強くにぎり、関所の大きな門の前に向かった。
「あ、あの! どなたか、いらっしゃいませんか」
リロイの叫び声が空に消えていく。高い城壁の上は青い旗しか見えない。
サムソンがリロイのとなりに馬を寄せた。
「だめだ。そんなんじゃ、やつらには届かねえよ」
「そんなこと言ったって、あたしの名前を出すわけにはいかないでしょ。どうすればいいのよ」
「そんなん言われてもなあ。……あ! それじゃあよ、こんなのはどうだ」
サムソンがリロイの耳にごにょごにょと耳打ちする。リロイはにんまりして、城壁の上の回廊をまた見あげた。
「あんたたち! あたしたちはタイクーンの勅使よ。役目を終えてこれから王宮に帰らなきゃいけないんだから、早くここを開けなさい!」
リロイの声がまたもや空に解けていく。目の前の鉄の門はぴくりとも動かない。リロイの苛立ちが頂点に達した。
「ちょっとお! 聞いてる――」
城壁の回廊から突如として兵士たちがあらわれた。鉄の兜をかぶり、木製の大弓をかまえている。鉄製の鋭い鏃が一斉に向けられる。
「わわ! ちょ、ちょっと」
「ロ、ロイ! 落ち着けって!」
慌てふためくリロイたちを兵士たちが見下ろしている。一糸乱れない姿は精悍そのものだった。
「待っていたぞ。迅雷の娘」
兵士たちの中央から大柄な男があらわれた。男は、どぎまぎするリロイを見下ろして、にやりと笑った。
「タイクーンの勅使だなんて、見えすいたうそをついたって無駄だ。お前の人相書きはエルダ卿からもらっているからな」
「な、何ですって……!?」
男は「よ」と声をあげて回廊から飛び降りる。着地した瞬間にずしんと音がして、砂塵が舞い上がった。
男は上半身に服を着ていなかった。隆々とした二の腕や厚い胸板があらわで、たくさんの古傷が身体についている。歴戦の戦士なのだと、リロイはすぐに思った。
後ろの関所からも砂塵が舞い始める。鎖がこすれるような音がして、鋼鉄の大きな門がゆっくりと開かれていく。
男は左手に鉄球を乗せている。右手の親指で後ろの門を差した。
「おれはサグレモールだ。ここを通して欲しけりゃ、おれを倒していくんだな」