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リロイはライオネルの前に姿をあらわした。
「あ! ロ、ロイちゃん」
十字の木に磔にされているプリシラが驚きの声をあげる。ライオネルはコルセスカを下ろし、にやりと笑った。
「こんばんは、迅雷の娘。友達想いのお前だったら、必ず来てくれると信じていたよ」
リロイは拳をふるわせる。
「ふざけんじゃないわよ! あんたね、自分がどんなことをしてるか、わかってるの!?」
「わかっているとも。おれがやっているのは、人質をつかって相手をゆさぶる、騎士として最低で恥ずべき行為だ。だが、それが何だというんだ」
「あのねえ……! あんた、騎士やってるくせに、よくそんなことが言えるわね。あんたなんて最低よ! 騎士の風上にもおけないわ」
「ふっ、何とでも言うがいい。これから行われる大いなる計画に比べたら、今日の恥など小事にすぎんのだからな」
「な――」
ライオネルは一歩を踏み出した。
「迅雷の娘。われわれといっしょに来い。間違った世の中を治すためには、お前の力がどうしても必要なんだ」
リロイは半歩下がった。
「何よそれ。あたしが言うこと聞かないものだから、別の勧誘方法で抱きこもうってわけ?」
「この期に及んでまだそんなことを……。おれだってな、こんな強行手段はつかいたくなかったんだ。お前が素直に従えば、この女も、お前のとなりにいた風使いも自由にしてやるんだぞ。いい加減にわかってくれないか」
「そんなこと言われたって……」
門の前に立てかけられた松明が煌々と燃える。リロイとライオネルの間に長い沈黙が流れて、あたりの兵士たちがじっと固唾を呑んだ。
「ご両人。盛り上がっているところで申しわけないが、後ろでこそこそと謀をたくらんでいる人間がいるのを忘れていないか」
突然に声をあげたユウェインにリロイとライオネルがふり向く。ユウェインはロングソードをゆっくりと下ろした。
「風使い。お前もそこにいるんだろ。下らんたくらみはやめて、われわれの前に姿をあらわせ」
屋敷の前の茂みががさがさと音を立てる。二本の木の間から、頭を掻いたサムソンが姿をあらわした。
「ち。ファイアボールで攪乱してやろうと思ってたのによ。油断も隙もあったもんじゃねえ」
「あたり前だ。突風でわれわれを簡単に吹き飛ばせるお前が、後ろでじっとしているわけがないのは承知済みだ。私はお前を過小評価しないよ。お前も迅雷の娘といっしょに来るんだ」
「け。あんたみたいな有能な人間に評価してもらえるのは、ありがてえけどよ。こんなきな臭いところで評価してもらいたくなかったぜ」
リロイとサムソンのまわりを、ロングスピアを持った兵士たちがとり囲む。腰のシャムシールと水晶の杖をとり上げられて、ふたりは両手をお尻の後ろにまわした。
ふたりの兵士が近づき、リロイの肩を左右からがっちりとつかむ。サムソンも自由を奪われて、「くそが」と言葉を漏らした。
ライオネルはコルセスカを降ろした。
「ようし。そのまま、しっかりとつかんでいろよ。こいつらは放っとくと、次に何をしでかすかわからんからな。いいか。絶対にはなすなよ」
「は!」
左右を囲む兵士が、リロイの手首を強くにぎりしめる。ふり解くどころか、身動きひとつできない。
「ロイちゃん」
磔にされたプリシラがまっ赤な顔で見つめる。ふっくらとした頬は涙がしたたり、悲しみに染まっている。斬り傷はひとつもついていない。
リロイはプリシラの顔を見上げた。
――万策尽きたわ。悔しいけど、あたしはこれまでなのね。でも、大事なプリシラが無事で済んだんだから、あたしは我慢するわ。
リロイは頬をゆるめてにっと笑う。プリシラの大きな目にぶわっと涙があふれた。
リロイは門の前でたたずむライオネルをにらみつけた。
「さあ! 城の中でも牢の中でも、好きなとこに連れてきなさい! どこへだって行ってやるわよ」
「おやおや、ずいぶんご立腹だな。そんなに機嫌を損ねるようなことをしたかな」
「……あんたねえ、おぼえてなさいよ。その牛蒡みたいに長い頭、いつか絶対にかち割ってやるから」
「おお、それは怖い。有名人の娘とは思えない台詞だな。こりゃ、おれも寝首をかかれないように注意しないとな」
ライオネルはリロイを傲然と見下し、歯を出して笑おうとした。
そのとき、
「よくわかってるじゃねえか」
突然の声に、ライオネルの顔つきが変わった。
「だれだ!?」
あたりの空気が途端に張りつめはじめる。ライオネルはコルセスカをかまえて、声がした方向を見やる。一同の視線は神官のユウェインにあつまった。
「あ……」
ユウェインが身体をふるわせて前のめりに倒れる。後ろから姿をあらわしたのは、はげ頭を光らせるレオンハルト。
「だ、だれだ貴様!」
ライオネルと兵士たちがどよめき立つ。兵士たちの注意がレオンハルトに向けられて、リロイをつかむ兵士たちの力が、わずかに弱くなった。
――今だ……!
リロイは腕を素早くふり上げる。兵士たちの両手から手首が抜けて、リロイの両手が解放される。リロイは兵士の胸を押しのけて、ライオネルに真っ直ぐ突進した。
「な――!」
リロイは右拳を下から突き出す。拳は、がら空きになっているライオネルの鳩尾を突き上げた。
「ほおオオオ……!」
コルセスカが地面に落ちる。ライオネルは激痛に顔をゆがめ、頭からたくさんの脂汗を流した。
リロイは右肩をまわして左に旋回する。左足を伸ばしてライオネルにまわし蹴りを繰り出す。ブーツの踵がライオネルの顎を蹴り飛ばした。
「う、がっ――」
ライオネルが白目を剥く。尻から勢いよく倒れて地面に倒れる。息を荒くするリロイの前で、ライオネルは仰向けに昏睡した。
「ほう。徒手空拳なんてだれから習ったんだ?」
レオンハルトは頭を掻きながらリロイに歩み寄る。リロイは「ふん」と鼻を鳴らした。
「だれにも習ってないわよ。あたしが今さっき開発したの」
「だろうな。動きが雑すぎて、とても見れたもんじゃなかったぜ」
レオンハルトは顎を突き出して、にいっと笑った。リロイもレオンハルトを見あげて口をゆるめた。
「レオンこそ、出てくるタイミングがぴったりすぎるんじゃないの。もしかして、後ろでずっと出るタイミングでもうかがってたわけ? 趣味悪っ」
「けっ。正義のヒーローってのはな、無闇やたらに出ちゃいけねえんだ。お前ら一般大衆がピンチになってるところで、ばっとあらわれて、びしっと決める、これが正しい正義のヒーローってもんだ。……どうだ、しびれただろ」
「全然」
レオンハルトが右手をふり上げる。リロイも右手をふりかぶり、ばちんと手を叩いた。