表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/81

 皮のブーツに、ねっとりとしたゼリーが乗っかってくる。


「い、いや」


 リロイの前と左右を埋めつくす、青いゼリーたち。背には頑強にそびえる大きな岩。リロイはがたがたと身体をふるわせながら、青いゼリーを必死にはがす。


「来ないで!」


 リロイが訴えても、青いゼリーたちはずるずると身体を這ってくるだけで、うんともすんとも言わない。リロイは、初めてみる魔物の存在に、心から恐怖するしかなかった。


 ――ああ、あたしはここまでなの。そう思った瞬間、


「お嬢さん! 死ぬのはまだ早えですぜ」


 大きな岩の上に突然あらわれた人影。それは陽を背に受けて、悠然と立ち尽くしていた。


 ――うそっ! もしかして、あたしを助けにきてくれた王子様……!?


 突然に駆けつけてくれた白馬の王子様に、リロイの心がときめく。王子様らしき人影は「とう!」と勇ましい声をあげて、リロイの前に降り立った。


 だが彼は、地面にかた膝をついたまましばらく動かなかった。


「あ、あの、どうかされたんですか」

「あ……足くじいた」


 リロイは思わずずっこけそうになった。


 白いローブの彼は右足を引きずりながら、ゼリーたちをはさんだ向こう側へ下がった。右手に持つかしの杖をかかげて、彼は呪文をとなえる。


「荒れぶる炎の精よ。われを阻害する者たちを焦土に変えたまえ!」


 樫の杖から、紅蓮ぐれんの火の玉が召喚される。それはゼリーたちの上に落ちると轟然ごうぜんと燃えあがって、こげ臭い煙を立ち上らせる。


「サム!」


 煙の向こうに見える銀髪の少年を見て、リロイの心が躍る。リロイは足もとのゼリーをはがして、呪文をとなえるサムソンのとなりに向かった。


「どうしてあなたがこんなところにいるのよ」

「そんなことはいいから、早くこいつらを退治しちまおうぜ」


 サムソンは額に汗を流しながら、杖の先から炎を召喚する。その袖をリロイがつかんだ。


「でも! こいつら、いくら斬っても分裂するばっかで、全然逃げてくれないの」

「……こいつはスライムだ。こいつらは無機生物だから、剣や斧で斬ってもだめなんだよ。だからスライムを退治するときは、こいつらが苦手な火で追っ払うんだ」


 サムソンはしゃべりながらも火の玉を召喚して、スライムたちを焼きつくす。少しずつ近づいてきていたスライムたちが、徐々に後退し始めた。


「あ、スライムたちが逃げていくわ」

「炎が怖いから、お前を食うのをあきらめたんだろ。放っとけばすぐにいなくなるよ」


 サムソンは地面に座りこんで、ぐったりとした。





 乱れる呼吸が落ちついてきたころに、リロイもサムソンのとなりに座った。サムソンはケープの胸もとを引っ張って「あちー、あちー」と言っている。


「ねえ、サム。どうしてあなたが、こんなところにいるの?」

「それはこっちが聞きたいわ! お前、こんなとこで何やってんだよ!」


 いきなり怒鳴られて、リロイはむっとした。


「そんなの、あんたには関係ないでしょ」

「関係大ありだっつうの! お前を探すのに、どんだけ走りまわったと思ってんだよ。てっきり別の街に向かってると思ってたのに、こんなしょーもないとこで油売って、しかもスライムにまで囲まれてるし、ほんと、お前はどうしようもないやっちゃなー」


 サムソンに容赦なくたたみこまれて、リロイはぶすっと頬をふくらませた。


「放っといてよ! だいたい、あたしは助けてくれなんて、ひと言も言ってないんだからね」

「へへえ。もうやだあ、とか半べそかいてたのは、どこのどなたでしたっけ?」

「う、うるさいわよ! あんたこそ、無駄に岩になんかのぼってないで、さっさと炎を召喚しなさいよ」


 リロイが躍起になって指した岩の後ろには、馬がひづめを立てて嘶いている。


「て、てめえ。それが命の恩人に対する態度かよ」

「はいはい。危ないところを助けていただいて、どうもありがとうございましたっ!」


 リロイは棒読みで告げてから、サムソンの右足首をひとさし指で突いてみた。するとサムソンは「や、やめろ」と悶絶しだした。リロイは思わず声を出して笑った。


 いつもの挨拶あいさつが終わって、リロイはサムソンをじっと見つめる。サムソンは眉をひそめて、嫌そうな顔をした。


「何だよ」

「もしかして、お父様に言われて、あたしを連れ戻しにきたの?」


 サムソンが浅くうなずいた。


「ああ、そうだよ。お前の親父さん、お前がいないってかんかんに怒ってたぞ。どうすんだよ」

「どうするって言ったって……」


 サムソンの責めたてるような目が見れず、リロイはすぐに視線を落とした。サムソンは「はあ」と、ため息をついた。


「キザエメラウスにふられたのが、そんなに嫌だったのか」

「……エメラウス様は別に関係ないわ。あたしは、もっと強くなりたかったから、旅しようと決心しただけよ」

「でも、武術大会で色々なきゃ、家出しようなんて思わなかったんだろ?」


 サムソンのひと言ひと言が、リロイの胸のまん中を打つ。自分の心がサムソンに全て見通されるとわかって、リロイの口から言葉が出なかった。


「で、どうすんだ? おれといっしょに別荘に帰るか。それとも、帰るのはやっぱり嫌か?」

「……あたしは帰らないわ」


 リロイは膝の上に置いた両手を強くにぎった。


「あたしが勝手なことをして、お父様やあなたに迷惑をかけてるのはわかってる。あたし個人の問題にあなたたちを巻きこんで、本当に申しわけないと思うわ。……でも、あたしね。このままじゃいけないと思うの」

「このままじゃ……?」

「あたしは騎士見習いで、あなたは魔術師見習いで、あたしたちは十五歳になってから王宮に仕えてきたでしょ。あたしのお父様もあなたのお父様もレイリアの貴族だから、適当に暮らしていてもきっと騎士になれると思うの」

「まあ、そうだよな」

「あたしもそれでいいって思ってたけど、昨日の武術大会で負けて初めてわかったの。こんな弱い子が騎士になっちゃだめなんだって」


 リロイのぽつりぽつりとした言葉を、サムソンはじっと聞いてくれる。口げんかばかりしていても、真剣な言葉を受け止めてくれるサムソンが嫌いになれなかった。


「あのね、だからね、あたし……」

「ああ、もういい。わかった。わかったよ」


 サムソンがリロイの口の前に手のひらを出してきた。


「わりい。さっきの、お前を連れ戻しにきたってのはうそだ。本当は親父さんに言われて、お前を助けにきたんだ」

「えっ、そうなの」

「……お前の親父さん、怒ってなんかいなかったよ。でも、お前ひとりじゃ心配だから、君もついていってほしいって言われたんだ」

「そうだったんだ」


 サムソンの細い声を聞いて、リロイは膝を抱えた。リロイとて自分なりに下した決断の結果なのだったが、親に迷惑をかけているとわかると、やはり心苦しく感じる。


 あからさまに落ちこむリロイを見て、サムソンは頭をわしわしと掻いた。


「まあ、その、あれだ。冒険してりゃ、さっきみたいなことも起きるだろうから、おれもいっしょについてってやるよ」

「いいの?」

「なあに、うちにゃ兄貴がいるから、お前んちと違って世継ぎの問題もねえし、精霊魔術の勉強もなあなあになってたとこだから、ちょうど息抜きしたいと思ってたんだよなー」

「うん、ありがと」


 サムソンの素直じゃない言葉が、少しありがたかった。リロイが少し顔を赤らめていると、サムソンは「お前のせいで、しんみりしちゃったじゃねえか」と言って立ち上がった。


「それにさ、おれ、前からずっと冒険してみてえって思ってたんだよ」

「そうなの?」

「だけどよお、親父も魔術師の師匠も頭かてえから、おれがいくら言っても許してくれなかったんだよなあ」


 言いながら、サムソンは頭の後ろに手をあてた。


「お前が家出してくれて助かったわー」

「……もしかして、そっちが目的?」


 背中を向けてけらけらと笑う友達の背中を、リロイは白い目で見た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ