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むし暑い季節がすぎ、ファールス山の葉が赤くそまりはじめていた。
「やああぁ!」
リロイはシャムシールをふりかぶり、突進する。舞い落ちる枯れ葉をはじき、シャムシールを素早く斬り落とした。
レオンハルトはシャムシールを水平に倒し、リロイの剣を受け止める。交差した剣は十字を描き、朝日をまぶしく反射させる。
「ふん」
レオンハルトは半歩下がり、緊張していた剣を後ろに下げる。状態をくずしたリロイの右にまわり、シャムシールを斬りあげる。
――くる!
リロイは右足で踏ん張り、シャムシールの刃先を左手の拳にあてる。縦にかかげたリロイのシャムシールとレオンハルトの剣がぶつかり、かん、とするどい金属音を鳴らした。
リロイは地面を蹴って後退する。その後をレオンハルトが素早く詰め寄ってくる――!
急接近したレオンハルトがリロイを斬り落とす――瞬間、リロイの姿がふわりと残像となって消えた。
枯れ葉が舞う滝の上で、レオンハルトは目を閉じる。シャムシールの刃先を地面につけたまま、右肘で後ろを突いた。
「きゃっ!」
突然にあらわれたリロイが肘にぶつかり、地面に倒れる。右手からシャムシールがこぼれて落ち葉の上に落ちた。
レオンハルトはにやりと笑いながら、肩にシャムシールの峰をあてた。
「身のこなしはだいぶよくなってきたが、まだまだだな。動きはわざとらしいし、状況判断も遅い」
「くっそー。今日こそ一本とれると思ったのにい」
リロイは「いてて」とお尻をおさえながら、恨めしそうに顔をあげた。レオンハルトが「ふん」と鼻を鳴らした。
「おれから剣術を習ってまだ半年も経ってねえやつが、生意気言ってんじゃねーよ。おれから一本をとりたきゃ、もっと修行しな」
「うるさいなー。そんなのわかってるわよ」
レオンハルトは左手で無精髭をさすった。
「逃げられなくなったら幻術で姿を消すのは、お前の悪い癖だな。同じ手を何度もつかってると相手に読まれちまうぞ」
「だって、ああしないとレオンに反撃できないんだもん。幻術なんてだれも見抜けないんだから、何度つかっても平気でしょ」
「ばかたれが。お前みたいなばかのひとつ覚えが一番危ないんだよ。……種がわかった幻夢剣は丸裸も同然なんだ。幻術はここぞという場面でしかつかうんじゃねえぞ。わかったな」
レオンハルトはリロイを見下ろして腕を組む。リロイは「ふんだ」と口をとがらせた。
「おおーい。ロイー」
下から声が聞こえて、リロイは滝の下をのぞきこんだ。滝つぼの近くで、サムソンが手をふっている。リロイとレオンハルトは剣を鞘に納めて、サムソンのもとに向かった。
川の畔に降りると、サムソンが手紙を差し出した。
「何これ」
「ヤウレのエドワードさんからお前にってさ。暑中見舞いじゃねえの?」
「秋に暑中見舞いを送る人なんていないわよ」
リロイは手紙をかすめとり、びりびりと封をやぶる。丁寧にふたつ折りされた手紙をとり出して、中を開いた。
◆ ◇ ◆
リロイ君へ。
お久しぶりです。
リロイ君がレオンに弟子入りしてから二ヶ月ぐらい経つと思いますが、いかがおすごしでしょうか。
私とパトリシアは相変わらず健やかに暮らしています。
本日は娘のカーシャのことでお願いがあり、お便りを致しました。
先月まで元気だったカーシャが突然に胸の痛みを訴え、床に伏せております。
病名はまだ判明していませんが、医者の話によると持病の肺炎が再発した可能性が高いとのことです。
突然ですが、リロイ君にお願いがあります。
治療にあたり、カーシャはリロイ君の顔をひと目見たいと言っております。
非常にぶしつけなお願いであることは承知していますが、どうかカーシャの見舞いに来ていただけないでしょうか。
剣術の特訓にいそしんでおられると思いますので、一度かぎりで結構です。
度重なるお願いになりますが、見舞いの際はリロイ君おひとりでいらしていただきますよう、お願い致します。
どうか、ご検討願います。
エドワード・チェストレイン
「カーシャちゃんが肺炎!?」
「何だって!」
サムソンが驚いて手紙をのぞきこむ。目を左から右に移動させて、顔を青くした。
「エドワードさんは、あたしに見舞いに来いって言ってるわ。どうしよう、どうしよう」
「度重なるお願いになりますが、見舞いの際はリロイ君おひとりでいらしていただきますよう、って、おれは呼ばれてないのかよぉ……」
サムソンは背中を曲げてぐったりした。
「何だ何だ。おれにも見せてみろ」
「あっ」
レオンハルトはリロイから手紙をとり上げる。紙面に見入っているレオンハルトの顔が、少し険しくなった。
「カーシャちゃんの容態が思わしくないようだな。……リロイ、お前、ひとっ走りで見舞いに行ってこい」
「ええっ! 今から?」
「あたり前だろ。カーシャちゃんがお前の面を見てえって言ってんだ。早いに越したこたあねえだろ」
「そ、そうだよね。あたしは暇してるわけだし、早く行ってあげた方がいいよね」
リロイは腰に差したシャムシールを鞘ごと抜いて、サムソンにわたした。
「じゃ、ちょっと言ってくるから、あずかっといて」
「ああ、おれは呼ばれてないのかあ。……呼ばれてないのかあ」
サムソンが呪いのようにぶつぶつとつぶやきながら、シャムシールを受けとる――それを、レオンハルトが横からかすめとった。
「だめだ。剣は持っていけ」
「ええっ、何でよ。見舞いに行くんだから、剣なんて必要ないじゃない」
「あほかお前は。道中で魔物に襲われたりしたらどうすんだ。大事な見舞いに行けなくなっちまうだろうが」
「むっ」
レオンハルトにシャムシールを突きつけられて、リロイは仕方なく受けとる。恨めしく見あげるリロイを尻目に、レオンハルトはサムソンの頭を叩いた。
「サム。お前も見舞いに行け」
「……へっ」
「へ、じゃねえ。お前もリロイといっしょに行けって言ってんだよ」
「だ、だって、見舞いにはリロイひとりで来いって、手紙に書かれてたんだぜ。それを逆らっても――」
「いちいち細え野郎だな。エドワードさんから何か言われたら、おれに行けって命令されたって返せばいいだろ。責任ならおれがとってやるよ」
レオンハルトは腰に手をあてながら、はげ頭をさする。リロイは疑問に思い、サムソンと顔を見合わせた。
リロイとサムソンは身支度を整え、レオンハルトの家を後にした。
「レオンのやつ、いらついてなかったか?」
水晶の杖をつきながら、サムソンがリロイの横顔を見つめる。リロイは腕を組んで空を仰いだ。
「そうかなあ。いつもと変わらなかった気もするけど」
「それにしても、カ、カーシャ、さんは、平気かなあ」
枯れ葉が落ちる山道を歩くサムソンの足が早まる。ベッドで苦しむカーシャを想うと、リロイもいてもたってもいられなかった。
「手紙には肺炎が再発したって書かれてたけど、どんな容態なんだろ。この前みたいに寝たきりってことはないよね」
「そんなん、絶対あるわけねえ! 早く見舞いに行って、カーシャ、さんを元気にさせてあげよう」
「うん」
リロイはなめし皮の鞄から、エドワードから宛てられた手紙をとり出す。ゆるやかな坂を下りながら、手紙に書かれた文章に再度目を通す。
――エドワードさんの字って、こんなにくねくねしてたかな。もっと角々しくてしっかりした字だったような気がするけど。
レオンハルトに宛てて書いてもらった紹介状を思い返しながら、リロイは手紙を鞄にしまった。