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 次の日、朝食を終えたリロイはシャムシールの手入れをしていた。銀色の刀身を布きれで拭いていると、テーブルの向こうからサムソンがじっと凝視してきた。


「何よ」

「別にい、なあーんでもありましぇん」


 サムソンは下唇を突き出して嫌そうな顔をする。リロイはむっとして唇を尖らせた。


「何だあ? お前ら、喧嘩でもしてんのか?」


 寝室からシャムシールを持ってきたレオンハルトは、リロイとサムソンの顔を交互に見つめる。はじめて目にするやりとりに頬をかきながら、居間の椅子に腰を降ろした。


 サムソンがテーブルに肘をついて、「ち」と舌打ちした。


「人の厚意をことごとく無にするあほ女が、お前なんか死んじまえ」


 リロイは剣を拭く手を止めて、そっぽ向いた。


「あんた、昨日からそればっかりじゃない。ねちっこい男は女性に嫌われるわよお」

「ああん!?」


 サムソンはテーブルを強く叩いて立ち上がった。


「やかましい! 昨日のは明らかにお前が悪いだろうが。平手ついて謝れや、ぼけ!」

「ぼ……! なあんであたしが謝らなきゃいけないのよ。このうすらとんかち!」

「悪いやつが謝るのは当然だろうが! 野良犬なみの低脳丸出し女が、いちいち言わすんじゃねえ」

「野良……せめて猫にしなさいよ!」


 リロイがいきり立ってサムソンに飛びつくと、サムソンもリロイの肩をつかんだ。端の棚にぶつかって、木の皿や研ぎ石が地面に落ちた。


 とっ組み合いをはじめたリロイとサムソンを、レオンハルトは目をしばたきながら見つめる。


「お前ら、結婚したらいい夫婦になるんじゃねえか?」

「じゃかあし!」


 同時に叫んだリロイとサムソンは、息を切らせながらにらみ合った。





 剣の手入れを終えて、リロイは家の扉を開ける。空から強い日差しがそそいで、リロイの顔を照りつける。リロイは手で傘をつくって、日差しから顔を隠した。


 ――いい天気ね。今日も暑くなりそ……


 視線を戻すと、前を歩くリロイの足が止まった。


「どうした?」


 レオンハルトは顎を掻きながら、前に視線を向ける。少し盛り上がった丘の向こうで、白馬にまたがる男の姿があった。


 流れるような金色の髪を伸ばした男性は、深みのある紫色のフードをかぶっている。左の耳の上あたりに白く大きな羽がついていて、優雅なふんいきをかもし出している。


 紫と白で彩られたシャツの胸もとを飾るのは、まっ赤に染まった薔薇ばら。腰に黒い両手剣を差した男性は、身動きひとつせずにこちらを見下ろしていた。


 ――あそこにいる人って、も、も、も、もしかして、エメラウス様!?


 リロイは高まる鼓動を抑えて、目を何度もこする。だが、女性のように白くきれいな男性を見間違えるはずはない。リロイは両手で頬をつねってみたが、夢でないことは明らかだった。


 二、三人の従者を連れたエメラウスは、白馬にまたがったまま、ゆっくりとこちらに向かってきた。リロイの心臓がはち切れんばかりに暴れ出す。


 ――そんな、まさか……レオンのいじめに耐えながら必死に剣術を習う、いたいけなあたしを迎えに来てくれたの……?


 長年の想いがこみ上がってくるものの、武術大会の無様な姿を思い出してリロイははっとした。


 ――だめだってば。もう、どうしてあたしって、エメラウス様の前になると頭がおかしくなっちゃうのかしら。もっと冷静に考えなきゃ。


 首を何度もふりながら、リロイはこれまでの経緯を思い浮かべる。武術大会の後で、初めてエメラウスを見たのはいつだったのか。


 リロイは目を見開く。影の巨人ワイトを倒した後に見てしまった、エメラウスの後ろ姿。だれもいない夜の学校で、エメラウスは一体何をしていたのか。


 そして――


『キザ男のやつ、王宮を出て何を嗅ぎまわってやがんだ。もしかして、やつも剣聖を探してんのか……?』


 リロイはあわてて顔をあげる。エメラウスとの距離は、十歩も歩かない程度まで近づいている。となりのレオンハルトはシャムシールの柄に手をあてて、腰を少し落としていた。


「貴兄。ひとつ、聞きたいことがある」


 エメラウスが手づなを引く。馬が前脚をばたつかせながらいなないた。


「僕は、王宮で近衛このえ騎士団長を務めるエメラウスという者だ。このあたりでマンドラゴラが採れると聞いてやってきたのだが、あなたは知っているか。知っていたら、その情報を僕に教えていただきたい」


 エメラウスの壮烈な声を聞きながら、リロイは茫然と立ち尽くす。


 ――マ、マンドラゴラ……?


 レオンハルトは柄から手を離してリロイの前に出た。


「ああ、知ってるぜ」

「えっ!?」


 リロイはエメラウスとレオンハルトの顔を交互に見つめる。レオンハルトは親指を立てて家の裏を指した。


「マンドラゴラだったら、家の裏で栽培している。お前が事情を話してくれたら、いくつか分けてやってもいいぞ」

「何っ!? それは本当か」


 エメラウスが馬から飛び降りる。後ろの従者たちから「おお!」とか、「ついに見つけた」という声が聞こえてきた。


 エメラウスはレオンハルトの両手をつかんだ。


「僕は、タイクーンの密命を受けてマンドラゴラを捜索しているのだ。……金ならばいくらでも払う。頼む! 僕にマンドラゴラを分けてくれ」

「ほう。タイクーンの命令で来てるのか。それじゃあ、断るわけにはいかねえよな」


 頭の上にたくさんの疑問符をならべるリロイのとなりで、レオンハルトはにやりと笑った。





 レオンハルトはエメラウスたちを連れて、裏の畑へと向かう。家から出てきたサムソンは、エメラウスの姿を見るなり飛び跳ねそうなくらいに驚いた。


「裏の畑にマンドラゴラなんて生えてたのか?」

「知らないわよ。そんなの」


 首をかしげるサムソンに、リロイは不機嫌な顔を向ける。エメラウスとレオンハルトのやりとりについていけず、ただ閉口するばかりだった。


 家の裏には、正四角形に区切られた畑がならんでいる。茶色い土ばかりの畑のところどころに、雑草と思わしき草が生えている。生物なまものが腐ったような異臭がして、リロイの鼻を刺激した。


「レオンの畑って、変な臭いがするんだよね」

「そーそ。だって、あいつが畑の手入れしてるところなんて、一回も見たことねーもん。中の野菜だって腐ってるぜ。きっと」


 サムソンはすぐに鼻をつまんだ。


 レオンハルトはまん中の畑を指す。畑のはしっこに、膝くらいの高さの草が生えていた。


「マンドラゴラはあれだ。さっさと持っていきな」


 エメラウスはバスタードソードを従者にあずけて、畑に踏み出す。異臭を気にすることなく、マンドラゴラへと手をのばした。


 サムソンは「あわわ」と口をふるわせて、レオンハルトの袖を引っ張った。


「な、なあ、おっさん。マンドラゴラって抜くと悲鳴をあげて、引き抜いた人間を殺すんだろ。キザ男にそのまま抜かせていいのか」

「えっ、そうなの……!?」


 リロイも顔を青くしながら、レオンハルトの腕を引っ張った。


「ちょ、ちょっと! それ、まずいじゃない。エメラウス様を早く止めてよ!」

「だいじょうぶだ。死にゃあしねえよ」

「だ、だってえ」


 レオンハルトは「しっし」と言ってリロイとサムソンを追い払う。そのやりとりを尻目に、エメラウスがマンドラゴラの根をつかむ――


「や、やめてえ――!」

「うわあ、死んじまううぅ!」


 リロイとサムソンは叫びながら、両耳を手でふさいだ。


 エメラウスは「くっ」と吐息をもらしながら、根を一気に引き抜く。抜かれたマンドラゴラから悲鳴は――あがらなかった。


 土に汚れた根には、ちぢれた毛がたくさん生えている。腐った大根のようにやせ細った根から、鼻をつく臭いが広がってくる。


 エメラウスは左手で鼻と口を押さえながら、目をきらきらと輝かせた。


「こ、これが、魔術や錬金術の原料としてつかわれる妙薬――マンドラゴラか。……ああ、やっと見つかった。これでタイクーンの期待に応えることができる」


 後ろで耳をふさいでいた従者が袋を広げる。エメラウスがマンドラゴラを入れると、従者はすぐに袋の口を閉めた。

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