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 レオンハルトの地獄のような特訓を、リロイはひと月以上もやらされる羽目になった。谷底の石拾いで魔物に襲われ、崖の特訓では何度も縄を切られて、死線をさまようこともあった。


 剣の存在を忘れはじめていたころ、山はむし暑い夏を迎えていた。


「おい。今日はシャムシールを持ってこい」


 からりと晴れあがったある日、レオンハルトはそう言い残して家を出ていった。


 リロイは首をかしげながら、壁に立てかけたシャムシールに手をのばす。鋭利に湾曲した三日月状の剣は、青白い光を発している。


 リロイは腰にシャムシールを差して、レオンハルトが待つ滝の上に向かった。


 レオンハルトは滝の上の丘から崖下をながめている。腕を組む彼の腰には、少し長めなシャムシールがしっかりと差してある。


 レオンハルトはくるりとふり返ってリロイを見つめた。


「お前、ここに来てどのくらい経った?」

「さあ。ちゃんと数えてないから、わからないわよ。一ヶ月くらいは経ってるんじゃないの?」

「一ヶ月か。……ふむ。まあ、そんなもんか」


 レオンハルトはぼそりとつぶやくと、無精髭ぶしょうひげの生えた顎をさする。リロイは目を細めた。


「何よ。はげてるくせにもったいぶるんじゃないわよ」

「だれがはげだ、こら」

「んもう! そんなことはいいから、もったいぶってないでしゃべってよ」

「そんなことって、おま――」


 そう言いかけて、レオンハルトがはっと言葉を止めた。かかとをつけて、こほんと咳払いする。リロイに背を向けて、また崖下を見下ろした。


「今日からお前に剣術を教えてやる」

「あっそ。またしょーもない特訓が増え――って、え? い、今何て?」


 奇声をあげるリロイに、レオンハルトがものすごく嫌そうな顔を向けた。


「いちいちわめくんじゃねえ。面倒くせえ野郎だな」

「だ、だって、いくら頼んでも剣を教えてくれなかったのに、レオンが自ら封を切るなんて想像できないじゃん! もしかして、熱でもあるの?」

「あー。やっぱ気が変わった。お前のがんばりに免じてそろそろ教えてやろうと思ったが、やめだ。やめだ。お前にはもう教えてやらん」

「えっ? ちょ! ちょっと! そげなこと言わんで、待ってってばー」


 どすどすと足音を立てるレオンハルトの腕を、リロイが必死に引っ張る。足もとで何度も土下座して、レオンハルトの気を鎮めた。


 レオンハルトはまたリロイに背を向けて、そっと腕を組んだ。


「剣を教える前に、お前に聞きたいことがある。レイリアで今どんな剣術が流行っているか、お前、知ってるか」

「レイリアで流行ってる剣術? そもそも剣術に流行なんてあるの?」


 リロイが適当に返すと、レオンハルトはまた嫌そうな顔をした。小指で右の耳をほじった。


「かー。お前は本当にばかだな。そんなんでよくおれに剣術を習いに来たな」

「う、うるさいな! 知らないんだから、しょうがないでしょ」


 レオンハルトは「はあ」とため息をもらしながら、がくっとうなだれる。丸まった背中をのばして、口をとがらせるリロイをにらみ返した。


「レイリアで主流になっているのは、レイリア白帝剣はくていけんという両手剣をつかった剣術だ。両手剣の長さと重量を生かして敵を葬り去る、現在最強と言われている剣術だ」

「さ、最強」

「バスタードソードやツヴァイハンダーといった、ばかでかい剣をつかって敵を粉砕するんだ。並みの剣じゃ、太刀打ちすらできねえ。お前だってバスタードソードくらいは見たことあるだろ? お前の身長くらいある、下品極まりない剣だ」


 リロイはうつむいて少し考える。すぐに浮かんできたのは、金髪に白銀の鎧をまとったエメラウス。彼の得物は、黒い刀身が目につくバスタードソードだった。


 両手剣をつかう人物は他にもいる。カームの町で盗賊を追い払ったバルバロッサ、そして、雨の日に敗北させられたキンボイス――リロイがこれまで見ていた人間たちは、そのほとんどが両手剣を好んで使用していた。


「クレイモアとかグレートソードもその剣術にふくまれるの?」

「ああ。でかい剣をつかうだけの白帝剣に体系なんてねえからな。でかけりゃ剣なんて何でもいいのさ。何の芸もない、つまらねえ剣術だぜ」

「でも、強くなるためには、その、何たら剣を習得しなきゃいけないんでしょ。つまるつまらないの問題じゃないんじゃないの?」


 リロイが言い切ると、レオンハルトはにやりと笑った。


「ほー。ろくに剣術も知らねえくせに、かっこいいこと言ってくれんじゃねーか。じゃあ聞くが、白帝剣なんて本当に習得できると思うのか?」

「だから、かっこいいとかじゃなくて――」

「お前の細い腕で、クレイモアをふり回すことができるのかって聞いてんだよ」


 レオンハルトが笑みを止める。ずきりと刺さる言葉にリロイの口も止まった。


 リロイは地面を見つめながら、両手剣をつかっていた人間たちを思い出す。だれもがリロイの想像できない怪力で、両手剣を恐ろしくふり回していた。それを見て、今までどう感じてきたのか。


 ――あたしでは、最強の剣術を習得することはできない。


 むしむしする炎天下で、リロイの背中に冷たい空気が流れる。少しずつ積み上げていた何かが、くずれ落ちたような気がした。


「そんなに腕力がないおれは、クレイモアなんてでかい両手剣は十分じゅっぷんもふり回せねえ。そのおれに腕の力で負けてるお前じゃ、白帝剣は習得できねえ。それでも習得したいんだったら、身体をつくるしかねえ。おれが今まで課してきた、地獄のような特訓を何年も続けてな」

「う、うそ」

「そうだ。あきれて言葉に出なくなっちまうくらい、現実味のない話だ。そんなことをしてたら、下地をつくるだけで時間がかかっちまう。それじゃあ、だめなんだよ」


 レオンハルトは右手を出して、拳をかたくにぎりしめた。


「剣の世界は不平等だ。身体がでかければ有利だし、力が強ければ、技や小細工なんて必要ない。辛い特訓なんてしなくても、高価ででかい剣を買えば一流と認められてしまう。――それが、お前にはない」

「そんな」

「お前は女で身体も小さい。ひと月かけて身体と足腰をきたえたが、はっきり言って全然足りない。……わかるか? お前と、お前が目標としている男たちには、歴然とした力の差があるんだよ」


 レオンハルトの言葉が心に突き刺さる。リロイはもう顔をあげることもできなかった。


「かくいうおれも、そんなに恵まれた環境にあったわけじゃなかった。背は高いわけじゃねえし、身体も細い。貧乏だから、貴族どもがおしゃれ気分で持ってるバスタードソードなんて、のどから手を出しても買えなかった。だが、剣で一番になるためには、そいつらを片っぱしから倒さなければならない。剣の世界じゃ、出生も性別も関係ねえのさ。だから――」


 レオンハルトが腰のシャムシールを抜き放つ。湾曲した刃を光らせて、リロイの首筋に斬りつける。


 ――くる!


 リロイは左足で一歩下がり、胸をそらせる。シャムシールの刃先がリロイの顎をかすった。


 ――か、かわし。


 リロイの頬を、後ろから鋭く尖った刃がつつく。目の前にいたはずのレオンハルトが消えている。リロイはわけがわからず、身体をかたまらせた。


 リロイの背後にまわっていたレオンハルトは、にやりと笑ってシャムシールを腰に戻す。おそるおそるふり返るリロイに、にっと白い歯を出した。


「白帝剣が習得できなかったおれは、片手剣で力を発揮できる剣術を探した。それが、これだ。曲刀と幻術で敵を仕留める、一撃必殺の暗殺剣。おれを剣聖にまで登りつめさせてくれた――幻夢剣げんむけんだ」

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