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 リロイは、緑と茶色がまだらな麦畑にはさまれた道を歩いていた。遠くの空を見あげてみると、山の上がうっすらと明るくなっている。


 リロイは立ち止まって、後ろを見わたしてみる。視線にうつるのは細長い小道と、山なりにそびえる都サンテの暗い影だけだった。


「だいじょうぶだよね。だれも追ってこないよね」


 リロイは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


 夜明け前の郊外は静かで、人気ひとけがまったくない。遠くから鳥のさえずりが聞こえてくるだけで、とてものんびりとしている。


 そんな時間に召使いも連れずに歩いているだなんて、リロイはいまだに信じられなかった。夜明け前の暗い空を見たことだって、生まれて数えるほどしかない。


 ――今だったら引き返せるわ。


 都から遠ざかるたびに聞こえてくる、取りやめの声。それが胸の奥にひびくたび、リロイの足はぴたりと止まる。


 ブレオベリスに逆らい、今まで守ってきた習慣まで無視してまで押し通すことだったのか。それでも、足を止めるのにはやはり抵抗があった。


 リロイが消沈しながら歩いていると、頭上から明るい光が差し込んできた。何かと思って見あげてみると、遠くの山が明るくなっていて、山間から太陽がのぞいていた。


「わあ、きれい……」


 日の出の美しさに、リロイはうっとりする。のぼったばかりの太陽は冷たい夜空を照らして、夜と朝が混ざったような幻想的な色合いをしていた。


 初めての不思議体験に、リロイの気分がだんだん高まってきた。よくよく考えてみると、郊外をひとりで歩くのも初めてで、普段ではありえない違和感がとても心地よかった。


「もしかして、今のあたしってすごい自由?」


 今だったら、大きな声でひとり言を言ってもだれも非難しない。むしろ、そばにだれもいないのに妙な気を遣っている自分がおかしかった。


「もう、さっきから何うじうじしてるんだろ。もうやっちゃったんだから、後に引いたってお父様の折檻せっかんが待ってるだけだわ。行っても帰っても怒られるんだったら、行っちゃった方がいいじゃんね」


 リロイはだれかに意見を求めると、返事がくる前に何度もうなずいた。リロイはブーツのかかとを鳴らして、道端で妙なステップを踏んだ。





 一面の麦畑を抜けると、青々と茂る森に続いていた。朝の森はひんやりとした風が流れて、梢をゆらゆらとゆらしている。


 森の細い道の左右が草でおおわれている。まるで緑のじゅうたんがそこに敷かれているようで、メルヘンチックな情景が素敵だった。小さいころに母に読んでもらった、森の精霊が登場する童話の舞台はこんなイメージなのかなと、リロイは思ったりしてみた。


「あはは。旅ってもっと怖いものだと思ってたけど、全然怖くないじゃない。もう、お父様ってやっぱり心配性なのね」


 遠くの枝の上で種をかじっているリスをながめながら、リロイは父の怒った顔を想像してみる。こののどかな風景の何を、父は危険視していたのだろうか。


 しばらく歩くと、水のせせらぎの音が聞こえてきた。リロイは右の耳に手をあててみる。


「もしかして、近くに川があるのかな」


 リロイはわくわくしながら、木々の間の横道に入ってみた。森の奥から、静かに流れる水の音が聞こえてくる。


 草を踏みながら進んで、太い幹に手をあてたところで、足もとに小さな川が流れていた。リロイはしゃがんで、川に両手を入れてみると思いの他冷たく、「ひゃっ!」と口から漏れてしまった。


 両手にすくわれた水はとても透き通っている。リロイがそのまま両手を口に運んでみると、水の冷たさがのどを伝った。


 ――こんな素敵なところが、都のそばにあったのね。


 そのまましゃがんでいると、目がだんだんとしょぼしょぼしてきた。小川の静かなせせらぎと鳥のさえずりも手伝って、リロイの気持ちが少しずつまどろんでいく。





 静かな森に「カン、カン」という金属音がひびきわたる。その硬質的な音でリロイは目を覚ました。


 ――だれかが木でも切ってるのかしら。


 リロイはぼやける心で漠然と考えてみる。右手を地面について、気だるい身体をゆっくりと起こした。


 リロイがしょぼしょぼする目をこする間も、木を切る音は聞こえてくる。鬱蒼うっそうと茂る森の中だから、どこかにきこりでもいるのだろうか。


 ――というか、あたし、こんなところで何を……


「あっ、いけない! あたしったら、何のんきに寝てるんだろ」


 リロイがはっとしてそでの裏を見てみると、こげ茶色の袖に黒い土が付着していた。


「ああ! 土がいっぱい付いてる。新調したばかりのお気にだったのにい」


 リロイは少しへこんでから、袖やお尻についた土を払った。


 陽が満天にのぼったころに、リロイは小川を離れた。もうしばらくそこにいたかったが、それでは当初の目的からそれてしまう。リロイは自分に強く言い聞かせてから、泣く泣く森を抜け出た。


「思い切って家出しちゃったのはいいけど、どこに行けばいいのかしら」


 またあらわれた麦畑をながめて、今になって目的地を決めていなかったことにリロイは気づく。所持品は腰に下げているスキアヴォーナだけ。地図もないのに、どこに向かえばいいのだろう。


「あ、あは、あはは! まあ、何とかなるよね! だって、そもそも剣の修行の旅なんだもん。地図なんて持ってたら、まるで観光しに行くみたいじゃない」


 また自分に言い聞かせて、両腕をふって前をつき進んだ。すると、左足から突然、ぐにゃっという感触が伝わってきた。


「ぐにゃ……?」


 リロイがゆっくりと視線を落とすと、どうやら青い物体を踏みつぶしているようだった。それはゼリー状の何かで、ひとつ言えるのは、土や石ではないということ。


「な、何これ」


 リロイがあわてて後ずさりすると、青いゼリーはぷくっと膨らんで、山なりの形になる。地面に身体をずるずると引きずらせながら、こちらに近づいてきた。


「ちょ、ちょっと! やめてよ」


 リロイは怖くなって、青いゼリーをスキアヴォーナで両断した。が、二つにちぎれたゼリーはそれぞれがぷくりと膨らんで、二体に分裂する。


 リロイの背後からも、ずるずると地味で嫌な音が聞こえてくる。後ろ以外にも、左右、斜めからも音が聞こえてきて、リロイは恐る恐るあたりをふり返ってみた。


 そこにあったのは、青いゼリー、ゼリー、ゼリーの海!


「きゃあ!」


 リロイは絶叫しながら、スキアヴォーナで青いゼリーを切った。ゼリーはちぎれるとすぐに分裂し、逆に数が増えてしまう。リロイは必死に足場を探して後退したが、恐怖のゼリー軍団がしつこく迫ってくる。


 リロイはむちゃくちゃに剣をふったが、やはりゼリーたちは分裂をくり返して、一歩も下がってくれない。


「ああん! もうやだあ。何なのよ、こいつ~」


 リロイは大きな岩に背をつけて半べそをかいた。

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