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「なあ、ロイ。急にどうしちゃったんだよ。あいつが好きになれない気持ちはわかるけどさ~」


 洗った食器を棚にしまいながら、サムソンが言葉を漏らす。リロイはこぼしてしまったスープを雑巾で吸いとりながら、左手で鳩尾を触ってみる。痛みはもう感じられなかった。


 リロイは先ほどのレオンハルトを想像してみる。あれほど機敏に反応できるとは、思ってもいなかった。


「なあ、ロイ」

「あいつ、やっぱりすごいわ」

「へっ?」


 サムソンは手を止めて、ぽかんと口を開ける。リロイはにっと笑った。


「だいじょうぶ。あたしはレオンのことを嫌ってなんかいないし、頭もおかしくなってないから」

「じゃ、じゃあ、さっきのは……?」

「サム。弟子入りのことはあたしにまかせて。レオンを絶対に説得してみせるから」


 程なくしてレオンハルトは帰ってきた。整頓された居間でテーブルを挟むリロイとサムソンを見て、ふんと鼻を鳴らした。そのまま奥の寝室に入っていった。


 リロイはそっと近づいて、壁の影から部屋をのぞく。レオンハルトは茣蓙ござに寝転がって本を広げている。


 ――よし、今がチャンス……!


 リロイは忍び足で物置に入り、足もとに転がっている木の棒を拾った。棒はスキアヴォーナと同じくらいの長さだった。


 息を呑むサムソンを尻目に、リロイはまたレオンハルトの部屋をのぞく。レオンハルトは寝返りを打ったのか、本を地面に広げていた。


「やああ――!」


 リロイは木の棒をかかげて部屋に飛びこむ。頭の上でにぎった棒を、レオンハルトの背中に叩きこむ――が、レオンハルトは瞬時に右に転がり、身体を起こした。


 壁にかけられた曲刀の柄に手をあてる。レオンハルトは鞘ごと曲刀を持って、リロイの腕に叩きつける。リロイは「痛っ!」と叫んで、木の棒を茣蓙の上に落とした。


 間髪入れずに、レオンハルトは曲刀を突き出す。鞘の先がリロイの腹に食いこみ、そのまま上空に突き上げる。リロイは身体をくの字に曲げて、茣蓙の上に落とされた。


「後ろから不意打ちたア、汚えことしてくれるじゃねえか。お前、そんなにおれが気に入らねえのか」


 レオンハルトが曲刀を地面に突き刺す。目を吊り上げて、怒気をあらわにしていた。リロイは腹を抑えながら、右手で棒を拾った。


「気に入らないわ。っていうか、すっごいむかつく」

「ああそうかい。ま、おれはお前らに嫌われようが、かまわねえけどよ」


 リロイは棒を突き出す。レオンハルトはそれをかわしながら接近し、柄の先でリロイの胸を刺す。リロイは吹き飛ばされて、居間のテーブルに背中をぶつけた。テーブルの上のコップや紙切れが地面に転がった。


 レオンハルトは部屋から飛び出し、抜き放った曲刀の先をリロイの顔に突き刺す。切っ先はわずかにリロイの顔をそれて、後ろに倒れたテーブルを貫いた。


「あんまりうまくいかねえもんだから、自棄やけになりやがったか。このくらいで切れてるようじゃ、王国を担う騎士になんかなれねえぜ」

「……うるさいわね。最近の若者は切れやすいのよ。山に篭ってるレオンじゃ、わからないかもしれないけどね」

「ふん。お前みたいのがいるから、近年の騎士のレベルが落ちてるって言われるんだ。いいか。うまくいかないからって実力行使してるようじゃ、そこらのごろつきと変わら――」


 レオンハルトは不意に言葉を止めて、口もとに手をあてる。細い目を見開いて、わずかに後ずさりした。


「お前、まさか」


 リロイは苦痛で顔をゆがめながら、うすらかに笑った。


 先ほどまで静かだったサムソンが、物置からあらわれた。右手に持ったほうきを地面に突き刺した。


「口で言ってもだめだってんなら、実力行使するまでよ! 強引に剣をふるわせて、あんたの剣術を盗んでやる!」


 サムソンが箒をふり上げて、レオンハルトに叩きつける。リロイもすぐに立ち上がって、レオンハルトの腕につかみかかった。


「ま、待て。待てえ!」


 レオンハルトが叫んだ。その声はいつになく狼狽して、まったく余裕がない。あわてて後退するレオンハルトの前で、リロイとサムソンははあはあと息を荒くする。


 レオンハルトははげ頭をぼりぼりと掻いて、曲刀を投げ捨てる。剣は音を立てて地面に転がった。


「おめえらよお、一体どういう育て方されたんだよ。ほんとに貴族の生まれなのかあ? まったく、親の顔が見てえぜ」

「ごめんなさいね。あたしもサムも、お上品な育て方はされてないの。じゃなかったら、こんな山奥に足を運ばないわよ」

「右に同じ」


 リロイとサムソンは背筋を伸ばして胸を張る。勝ち誇った様子に、流石のレオンハルトも言葉が出ないようだった。


 レオンハルトはあぐらを掻いて、どかっと座りこむ。肘をついて頭を抱えた。


「かーっ。こんなに乱暴で面倒くせえ野郎は初めてだぜ。お前ら、ろくな死に方しねえぜ」

「それをあなたに言われたくないけどね。……あたしは、あなたに剣を習うまで帰らない。あたしは、どんな敵にも打ち勝てるぐらいに強くなりたいの。ううん。強くならなくちゃいけないの」


 拳をふるわせるリロイの脳裏に、雨の日の光景がよみがえる。降りしきる雨の中、リロイは卑劣な悪党どもに打ちのめされている。ぼろぼろの状態で倒れている姿から、悲しさはこみ上がらない。ただただ情けないと思った。


 レオンハルトはぐうの音も出ない様子で、がっくりとうなだれた。


「あーあー。とんだ野郎に目えつけられちまったもんだぜ。……弟子をとるのは死んでも嫌だが、ここで断ったら今度は闇討ちしてくるんだろ」


 レオンハルトはむくりと起き上がって、リロイに背を向けた。


「仕方ねえから、ちょっとぐれえは面倒見てやるよ」

「えっ……? 面倒を見る、ってことは……」


 リロイは何度か瞬いて、となりのサムソンに目を向ける。レオンハルトが首だけふり返って、迷惑そうな顔を向けた。


「いちいち勘のにぶい野郎だな。しゃーねーから、弟子にしてやるって言ってんだよ」


 レオンハルトは「これだから最近の若い野郎は」と言いながら茣蓙の上に寝っ転がる。リロイとサムソンは心ときめかせて、両手でハイタッチした。

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