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騒動から一夜が明けて――
屋敷の豪華な寝室で一泊したリロイとサムソンは、エドワードたちと朝食をともにした。談笑につつまれるダイニングルームだが、レスターの姿はなかった。
朝食を終えて、リロイは嫌がるサムソンの腕を引っ張って、カーシャの寝室に入った。中ではカーシャがベッドから起きて、スープをすすっていた。リロイに気づくと、カーシャは無邪気に微笑んだ。
「カーシャちゃん。具合はどう?」
「うん。身体はやっぱりだるいけど、もう全然だいじょうぶ」
リロイはカーシャと見つめあって、お互いにくすくすと笑った。それからもとりとめのない会話を交わしたが、サムソンは戸口の前でもじもじさせていた。
普段では見られないサムソンの姿に、リロイはにんまりする。がっちりと肩をつかむと、サムソンが「わわ!」と情けない声をあげた。
「サムちゃーん。そんなところでじっとしてないで、こっちに来なよお」
「お、おれはいいって。別にイ!」
表情だけで抵抗するサムソンの首根っこをつかんで、カーシャの前に引きずる。二流の楽団のような姿に、カーシャは少し困惑していた。
「カーシャちゃん。こいつもいっしょに夢魔と戦ってくれたのよ。覚えてる?」
「……う、ううん」
首を横にふるカーシャに、サムソンが石像のように身体を硬直させる。どーんという音が天井から降りて、サムソンの頭に落ちた――ような気がした。
「サ、サム。だいじょうぶよ。受けた傷は浅いわよ!」
「お、おうよ!」
サムソンは固まる右腕からぎしぎしと音を発しながら、頭の横で手を広げる。引きつる口を横に広げて、にいっと笑顔をつくった。
「や、やあ。カ、カ、カ、カーシャ、さん。は、はじ、はじめ、まして。……ぼ、ぼきが、サムソンです」
「は、はあ」
「えっと、その……ぐぐ、ぐ具合は、いかが、かな」
「うん。平気、ですけど」
とたんにふたりが沈黙する。気まずい空気がしばらく流れて、堪えきれなくなったサムソンが、くるりと後ろを向いた。
「あ、あばよ」
「て終わりかーい!」
勇ましく退室していくサムソンの背中にリロイが叫んだ。
リビングに戻ったリロイはサムソンに後ろ指を差されながら、外出しようとするエドワードをつかまえた。剣聖について切り出すと、エドワードは「はっはっは」と豪快に笑った。
「何だ。リロイさんはレオンのことを聞きたくて、うちに何度も来てたのか。先に言ってくれたら、すぐに教えてあげたのに」
あっさりとした返答に、リロイとサムソンはそろって目をむく。
「エドワードさん。もしかして、剣聖さんの居場所、し知ってるんですか」
「ああ、知っているよ。彼は私の弟みたいなものだからね。彼の家に何度か招待されたこともあるしね」
エドワードはメイドのドロシーを呼びつけて、ペンと羊皮紙を持ってこさせた。すらすらと地図といっしょに紹介状まで書いてくれた。
「レオンは気難しい男だが、私の紹介とあれば断ったりしないだろう。だが、弟子入りできるかは君の熱意にかかっているから、がんばって説得するんだよ」
「はい!」
満面の笑みで返事するリロイの頭を、エドワードが優しくなでてくれた。
屋敷の出口までドロシーが見送りに来てくれた。大きな戸口の前で、ドロシーは目をうるうるとうるませる。
「リロイさんにサムソンさん。ここでもうお別れなんですね」
「もうお別れだなんて、今生の別れみたいな言い方しないでよ。剣聖さんに会えたら、ちょくちょく顔を出すから、ね?」
「はい、そうですね。何だか感極まっちゃって、すみません。……あの、草刈りの要員でしたらいつでも募集してますので」
「は、はは。……草刈りの要員、ね」
苦笑いをしながら、リロイは外の庭をちらりとのぞく。王宮の庭のように広い敷地には、いたるところに雑草が生えていた。
上からごろごろと音がして、リロイは天上を見あげる。東の空から暗雲がのびていた。
「この様子だと、もうじき降ってきそうだな」
ドロシーに別れを告げて、サムソンが歩きながら暗雲を見つめる。眼前にのびる山道を見つめながら、リロイは腕を組む。
「雨に降られたら面倒だわ。急ぎましょ」
「別に急がなくても、雨がすぎるまで宿で待てばいいんじゃねえか? 一日二日待ったって、剣聖が逃げるわけでもねえし」
「だめよ。早く剣技を教わって、うちに帰らないといけないんだから。お父様の堪忍の尾だって、いつ切れるかわからないし」
「へいへい。わかりましたよ」
頭の後ろに両手をあてるサムソンのとなりで、リロイは気持ちを躍らせる。
「でもさでもさ! 何だかんだ言って、剣聖さんに向けて着実に進んでるよねえ。最初はどこに行こうか困ってたけど、案外どうにかなるもんだよね」
「けっ。まだ着いてもねえのに、もう着いた気でいやがるぜ。……ったく、お前のパートナーがどれだけ苦労してるかも知らずによ」
「うるさいわねえ。あんただって、のらりくらりと旅したかったんでしょ。文句があるんだったら、今すぐおうちに帰りなさいよ」
「こんなところまで来て今さら帰れるかっての。お前、そうやって意地悪くしてると、剣聖に嫌われるぞ」
「ふーんだ。あたしはあんたと違って、人前に立っても緊張しないもーん」
ぷいっと横を向くリロイだが、「にへへ」と口をほころばせる。
「それにさ、影の化け物にこの間は夢魔も倒したし。……あたしたち、何気に強くなってるよね」
「まあ、そうだな」
「これで剣聖さんに剣技を教わったら、正真正銘の騎士になれるかもね! ……とか言っちゃったりしてえ」
「はいはい。なれるといいでちゅねー」
適当に相槌を打ちながら、サムソンも頬をゆるませた。
その後ろを、数人の足が様子をうかがうように少しずつ近づいていた。