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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
四章 人助けと、蹉跌と
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「……イさん、起き……リロ……ん……」


 右肩をゆすられて、消えかけていた意識が少しずつ戻ってくる。


「……ロイさん。リロイさん! しっかりして。リロイさん!」


 しつこくゆすられながら、耳もとから大きな声で呼ばれる。張りつめている様子から、針のような緊迫感が突き刺さる。


 ――あ、あたしってば、またうたた寝してたの……?


 ぼうっとする意識の中で、リロイは重たいまぶたを少し開いた。


「ああ! お、お前。リロイさんが目を覚ましたぞ!」


 緊迫していた声は一変して、子供のように喜びはじめる。リロイはゆっくりと寝返りを打って、騒がしい部屋を見あげた。視線の先には、不安と喜びをのぞかせるエドワードとドロシーが、リロイを見守っていた。


「……あれ。エドワード、さん?」

「気がついたかい? ああ、よかった」

「どうしてエドワードさんがここに――」


 リロイは気だるい身体を起こそうとするが、右手に力が入らない。手は床をすべり、頭を床に勢いよくぶつけて「あ痛たア!」と叫んだ。


 起き上がれないリロイの身体を、メイドのドロシーが支えてくれた。ベッドのわきでは、パトリシアに支えられたサムソンが頭の上にひよこを回していた。


 パジャマ姿のエドワードは頬をゆるませながら、金色の太い眉を少しひそめた。


「声がしないと思ったら、ふたりとも寝室で倒れていたから驚きましたよ。ドロシーが気づいてから、かれこれ六時間以上も目を覚まさないものだから、何かあったのかと思ってしまいましたよ」

「えっ。ろ、六時間も……?」


 エドワードの言葉にリロイは愕然とする。客人の身でのんきに寝てしまったことも気になるが、自力で起こせないほどに昏睡こんすいしているのが不思議でならなかった。


 ――えっと、今まで何してたんだっけ。落ち着け~。落ち着いて考えろ、あたし。


 額に手をついて、リロイは回らない頭を必死に動かす。


 目をつぶった先の暗闇にうつるのは、まだら模様の大きな蜘蛛くも。うすら笑う彼女が消えたかと思うと、扉だらけの白い空間が広がり、リロイはぞっとする。虚無の空間の中央に立つのは、両手にハンガーをぶら下げる夢魔の存在。


 そして――


「そ、そうだ! カーシャちゃんだ!」

「リロイさん! だめです。動いちゃ」


 あたふたするドロシーの手をリロイはふり払う。だるい身体にむちを打ってリロイはそっと立ち上がった。ベッドを見下ろすと、カーシャがいつものように横になっている。


 その可愛らしい両目がぴくぴくと動いていた。


「カ、カーシャ!」


 エドワードは血相を変えてリロイを押しのける。強く抱きかかえられたカーシャが、ゆっくりと目を開けた。


「パ、パパ……?」

「ああ、カーシャ。パパがわかるのか。苦しくはないか? だいじょうぶか」

「う、うん。……パパの力が強くて、ちょっと、苦しいかも」


 エドワードの締めつけにカーシャは「ぐえぇ」と言い出しそうな顔をしていたが、床にまた頭を打って倒れているリロイを見て、目を見開いた。


「あ! さっき夢に出てきたお姉ちゃんだ」


 そのひと言で、一同がリロイにふり返る。リロイは後頭部をおさえながら、涙目でカーシャに微笑んだ。


「お帰り、カーシャちゃん。身体の具合はどう?」

「うん。お姉ちゃんが助けてくれたから、もう全然平気」


 カーシャは膝に手を置いて、にこっと控えめに笑った。ふたりの間で、エドワードは首をきょろきょろさせる。


「カーシャ。夢に出てきたって、どういうことなんだ? リロイさんと何かあったのか」

「うん。……お姉ちゃんがね、あたしの夢の中に入ってきて、夢魔をやっつけてくれたの」

「む、夢魔、をやっつけた……?」


 エドワードは頭にたくさんの疑問符を浮かべる。パトリシアとドロシーもきょとんとして、カーシャの暗号のような言葉に辟易へきえきしていた。


 ――えっと、どうやって説明しよう……


 リロイはのっそりと起き上がり、頭をぼりぼりと掻く。乱雑な思考を整理して、困惑するエドワードをまじまじと見つめた。


「あの、エドワードさん。率直に言います。カーシャちゃんがうなされていたのは、持病の肺炎のせいじゃなかったんです」

「は、はあ。じゃあ、カーシャが言う夢魔っていうのは……?」


 眉尻を下げるエドワードに、リロイは「えっと」と口から漏らしながら室内をきょろきょろする。一同の視線をひしひしと感じながら、夢魔と交わした会話を必死に思い出す。


 ――あたしたちをここに連れこんだのは、あなたなの?

 ――お前たち、悪夢の薬って知ってる?


 はっとして、リロイは部屋中央のテーブルを見つめる。銀色のトレイの上に、茶色の小瓶がふたつ置かれている。


 リロイは小瓶を指でつまんで、カーシャに見せつけた。


「カーシャちゃん。これ、知ってる?」

「うん。見たことある」

「これ、だれかに飲まされたことない?」

「……うん。薬だって言われて、先生に飲まされた」


 力なくうなずくカーシャに、リロイは「よし」と左手を固くにぎりしめた。


「エドワードさん。この薬は『悪夢の薬』という劇薬なんです」

「あ、悪夢の薬……?」

「はい。この薬を飲むと夢魔にとりつかれて、自分の夢から抜け出せなくなってしまうんです」

「自分の夢から……? じゃ、じゃあ、カーシャはその薬のせいで夢魔にとりつかれていたと言うのかい?」

「はい」


 首をたてにふるリロイに、エドワードは「そんなばかな」と口を手で覆う。その袖をカーシャが引っ張った。


「お姉ちゃんの言ってることは本当だよ。……あたし、夢の中で蜘蛛の悪魔に何度も襲われて、すごい辛かったの」

「そうなのか? カーシャ」

「……うん。その、薬のこととかはよくわからないけど、夢に出てきた悪魔は『あたいは夢魔だ』って何度も言ってたし、お姉ちゃんが言ってる通りだと思う」


 うつむく愛娘にエドワードは言葉をなくす。リロイが「あの」と続けると、エドワードはあわててふり返った。


「その、ちょっと信じがたい話だと思いますけど、今は信じてくださいとしか言えません。あたしも、その、薬の知識なんてありませんし、今すぐこの薬の効果や成分を調べることもできません。ただ、カーシャちゃんが夢魔に襲われていたのは本当です」


 口裏を合わせるリロイとカーシャにエドワードは「うーん」と腕を組んでいたが、やがて何度かうなずいた。


「わかった。今はその言葉を信じよう。現にカーシャの具合はうそのように良くなっているし、薬のことも後で調べればわかることだ」

「はい。あたしの乱暴な説明を信じてくれて、ありがとうございます」

「いやいや、感謝したいのはこちらの方だ。身体を張ってカーシャを助けていただいて、私の胸は感動でいっぱいです。……リロイさん。本当に、ありがとうございました」


 エドワードはかかとを合わせて、深々と頭を下げる。パトリシアとドロシーからもお礼を言われて、リロイは顔をまっ赤にしながら「いえいえ、それほどでもあるけど」とかぶりをふった。


 エドワードはゆっくりと頭をあげると、表情を険しくした。


「リロイさん。もうひとつ訊ねたいことがあるんだが、いいかね?」

「はい。……お訊ねしたいのは、これの持ち主ですよね」


 リロイはトレイの上に戻した薬を持って、エドワードにまた見せつけた。エドワードがこくりとうなずく。


「私のカーシャを苦しめていた犯人は――」

「あたしたちの異変を察して、きっと向こうからやってくるわ」


 リロイも眉間にしわを寄せて、後ろの扉をにらんだ。





迅雷じんらいの小娘が目を覚ましただと!? そんなばかな!」


 壁の向こうからどたどたと足音がひびいて、寝室の扉が押し開けられる。あわてて入室してきた男は、リロイとエドワードの視線に気づいて凍りつく。


 リロイはメイドのドロシーに支えられながら、一歩を踏みしめた。


「レスターさん。こんな真夜中にどうされたんですか。随分あわてていらっしゃるみたいですけど」

「えっ……? あ、い、いや、別にあわててなんか、いませんが……。みなさんこそ夜半に集まって、何かあったんですか」


 白衣の男レスターは平静を装いながら、リロイの視線を逸らす。後ろのベッドで身体を起こしているカーシャを見つけて、レスターは目を輝かせた。


「ああ! カーシャさん。具合がよくなったんですか。そうか、それでみなさんは集まっていらしたんですね。……どれどれ。ちょっと容態を確認しましょうか」


 額に汗しながら近づくレスターに、カーシャがびくっと反応する。エドワードの腰に抱きついて、身体を小刻みにふるわせた。


「い、いや。……来ないで」

「やや。カーシャさん。そんなに怖がらないでくださいよ。ちょっと診るだけなんですから――」


 白々しい言葉を続けるレスターの後ろで、ばん、とリロイがテーブルを叩いた。がく然とふり返るレスターに、悪魔の薬をちらつかせた。


「白を切ろうったって、そうはいかないわよ。あんたでしょ。この薬を飲ませてカーシャちゃんを苦しめてたのは」

「カーシャさんを苦しめた……? 君は何を言ってるんだ。大体、その薬は何なんです? 素人が勝手に薬を持ち出しちゃ――」

「この薬が栄養剤だって言ってあたしたちに飲ませたのは、あんたでしょーが。みんなの前で堂々としらばっくれないでよ」

「はあ? 君、いい加減にしてくれないか。では聞くが、それを私が飲ませたっていう証拠があるのかね? 一方的に因縁をつけるのは勘弁してほしいんだが」


 部屋のまん中でため息を洩らすレスターを、一同が四方からにらみつける。リロイはドロシーから離れて、レスターの正面に向かう。うろたえる彼を、真っ直ぐにびしっと指差した。


「あんたがどうしてこれをカーシャちゃんに飲ませたのか知らないけど、残念だったわね。……あたしとサムにも飲ませて、カーシャちゃんを治させまいとしたんでしょうけど、まんまと裏目に出ちゃったわね」

「だから! 証拠もないのに一方的に因縁をつけるなって言ってるだろうがっ! 治させまいとか、一体何の――」

「証拠だったらここにあるじゃない。証人もこんなにたくさんね」


 薬を指先でふるリロイに、レスターが「ぐぬぬ」と拳をふるわせる。じっと様子をうかがっていたエドワードはカーシャの手を離して、リロイのとなりに近づく。目を細めて、うろたえるレスターを見すえた。


「レスター先生。正直に全てを話してください。薬のことは調べればすぐにわかりますし、先生に飲まされたと言っている者が三人もいるんだから、言い逃れはもうできませんよ」

「く、くそ……!」


 エドワードの冷静な言葉に、レスターはぎりぎりと歯ぎしりする。きびすを返して、部屋を飛び出す。リロイもあわてて走り出した。


「あ! ま、待て――」

「放っておきなさい。彼の顔と名前は割れているんだから、伝えれば役人に突き出せます」


 エドワードはあわてるリロイの肩をつかんで、淡々と言葉を続ける。思いのほか強い力でつかまれて、リロイは固唾を呑んだ。


「それに、君たちは薬の影響で疲れているんだろう? 今日はもう遅いから、うちでゆっくりと休んでいきなさい」

「はい」


 身体を硬直させるリロイに、エドワードはにこりと微笑んだ。

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