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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
四章 人助けと、蹉跌と
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 夢魔が両手のハンガーをかかげて突進する。


「ほらほらア――! 行くよお」


 夢魔は一瞬で間合いをつめて、二本のハンガーを器用にふりまわす。ハンガーの鋭い刃がスキアヴォーナと交差するたび、かん、かんっと高い音を発する。


 夢魔はくるりと一回転し、踊るようにハンガーを払う。遠心力を得た刃はスキアヴォーナに衝撃をあたえ、柄を通してびりびりと強い力が伝わってくる。


 ――何ていう速さ――! 夢魔なんて名乗ってるけど、この人、かなりの手練てだれだわ。


 リロイは床を蹴って後退する。落としそうになったスキアヴォーナをにぎり直した。


「あらあ。ちょっとしか刃を交わしてないのに、もうあきらめちゃったの? ふふ。――まあ、その方があたいとしては都合がいい――けどねえ!」


 強く言い切った刹那、夢魔は前かがみに跳躍する。空中でくるりと回転し、ハンガーをリロイの頭上に叩きつける。リロイがあわてて下がる手前で、ハンガーが白い床にひびを入れた。


 夢魔は両腕を後ろに下げて、右足で床を蹴り出す。さきほどの斬り落としをかわして油断していたリロイの首に、ハンガーの鋭利な刃が左右から迫る――!


「うそっ!?」


 悲鳴を上げながら、リロイは急いでしゃがみこむ。頭上で二本のハンガーが交差し、罰点(×)を描いていた。


 リロイは左に側転する。ごろごろと転がるリロイの上から、夢魔がハンガーの雨を降らせる。リロイは息をつく間もなく床を転がり、ハンガーの刃をかろうじてかわした。


 少し離れた位置で、夢魔がハンガーの刃をぺろりと舐める。狂気に目尻を吊り上げて、小動物を追う虎のような目つきをした。


「なかなか逃げ足が速いのね。まあ、じわじわと追いつめていく方が快感だけど」

「――!? こんなことして何が楽しいの。あんた、異常よ」

「あら。それはお前たち人間のつまらない道徳だろう? 生き物は食料を得るため、本能的に狩りを愉しむものなのさ」

「あんたがしてるのは狩りじゃないでしょ。一方的に相手を痛めつけてるだけだわ」

「そりゃあそうよ。だってあたいは悪魔だもん。そんじょそこらの猛獣と、いっしょに――」


 夢魔の空気が変わる。ハンガーを下げて、リロイに突進――


「しないでほしいねえ!」


 勢いよく右手のハンガーを突き刺す。刃がすべりこみ、リロイの右の頬を斬り裂いた。


「くっ!」


 リロイは数歩後退し、両手でスキアヴォーナをにぎる。上段にかまえて、スキアヴォーナを素早く斬り落とした。


 夢魔は左足を軸に身体を転回、真っ直ぐに落ちるスキアヴォーナを背に、右手のハンガーを水平に斬り払う。リロイの眼前にハンガーの刃が迫る。


 リロイはまたしゃがみ、急いで後退――その動きを読んで、夢魔が上体を下げて突進、リロイをしつこく追う。


「ほらほらア! 早く逃げないとなます斬りになっちゃうよお」


 夢魔は嘲りながら、ハンガーを斬り払う。リロイの肩に、腕に浅い傷ができていく。リロイがいくら下がっても、夢魔は近づいて離れようとしなかった。


 ――あんなに激しく動いてるのに、こいつの体力は底なしなの!? 全然ふり切れない――!


 はあはあと息を切らせながら、リロイは錯乱しそうになる頭で考える。そんな気持ちを察したのか、夢魔はスキアヴォーナの刃に斬りつけて、細く長い足を止めた。


「お前、いい剣をぶら下げてるけど、剣士なの?」

「そうよ。……悪い?」

「いいえ。ただ――」


 言いながら、夢魔は黒い口紅がついた口もとを左手でおさえた。


「こんなに刃を交わしても一矢すら報えないなんて、お前、相当のへなちょこなのね」


 リロイの頭から熱い何かが燃え上がった。


「このお!」


 リロイは床を激しく蹴り、腰を落として突撃――スキアヴォーナを乱雑に払った。夢魔は嘲りながら、ひょいと後退する。


「あらあら。取り乱しちゃってどうしたの? もしかしてえ、図星だったのかしら」

「うるさい!」


 リロイは向きになってスキアヴォーナをむちゃくちゃにふるうが、夢魔を斬ることはできない。


 夢魔は口から白い何かを吐き出した。それはリロイの胸と二の腕をひとつに縛りつける。スキアヴォーナが音を立てて床に転がった。


「な、何これ!」


 リロイが混乱するのを見て、夢魔は舌でハンガーの刃をなぞった。


「ふふ。かかったわね。単細胞のへなちょこ剣士さん」

「ちょっと! 何なのよ。この変な糸はあ!」

「うふふ。……別に何だっていいじゃない。これから死ぬ人間には関係ないんだからさア」


 夢魔の冷酷な視線に、リロイの顔が凍りつく。リロイは両腕に力をこめるが、白い糸はいくえにも巻きついて解けない。


 夢魔が足音を立てながら、一歩一歩近づく。両手のハンガーをだらりと降ろして、ゆっくりと歩く姿はとても落ち着いている。


 ――あの刃が来たら、殺される。……動いて。動いて! あたしの腕!


 リロイは半狂乱になりながら、糸を解こうと必死に腕を動かす。


 夢魔の足がぴたりと止まった。右手のハンガーがふり上げられ、口もとが狂気にゆがむ。リロイは目をつむった。


 ハンガーがふり降ろされる――そう思っていた瞬間、どん、という鈍い音が聞こえて、リロイは恐る恐る目を開けた。リロイの前に立っているのは、夢魔ではなく――白いローブを着たサムソン。


「てめえ! さっきから黙って見てりゃ、ロイを好き勝手に斬りやがって。……調子こいてンじゃねえ!」


 サムソンが激しく怒号する何歩か右側に、吹き飛ばされたのか、夢魔が床にうつ伏していた。





「ロイ。だいじょうぶか」


 サムソンは床に転がったスキアヴォーナを拾って、白い糸を切ってくれる。糸の拘束から解放されて、リロイは両手をぶんぶんとまわした。


 左の頬にあざをつくった夢魔が、のっそりと立ち上がった。


「小汚いガキが、よくもあたいを蹴り飛ばしてくれたね」


 頬をさすりながら、夢魔が嘲弄ちょうろうする。サムソンは夢魔をびしっと指差した。


「うるせえ! てめえをぶっ倒して、カ、カ、カ、カーシャ、さんを、助けるんだ」


 サムソンはかしの杖を突き出す。呪文をとなえて火の玉を放出した。


 夢魔は軽快なステップで炎をかわす。サムソンが続けざまに炎を召喚するが、夢魔は両手を床について前転飛びで炎をかわした。


「サム、気をつけて! こいつ、かなり素早いわよ」

「わかってらあ!」


 サムソンも横に飛び、間合いを保ちながら火の玉を飛ばす。夢魔は「ち」と舌打ちしながら、目を妖しく光らせる。


 サムソンが五回目の呪文をとなえたとき、床に足をすべらせた。


「いけね!」


 サムソンが声をあげるのと同時に、夢魔がきびすを返して突進してきた。


「あっはっはっは! 死ねえエエエェ!」


 夢魔が両手をかかげ、手首を回転させる。ハンガーの鋭い刃がサムソンの顔に向けられる――!


「させるもんか――!」


 リロイも床を蹴り、スキアヴォーナを突き刺す。刃が夢魔の眼前すれすれをよぎった。


「このくそガキい!」


 夢魔が怒り、ハンガーをむちゃくちゃにふるう。リロイは下がりながらスキアヴォーナを持ち直し、ハンガーの刃を受け止める。柄から伝わる強い衝撃が、夢魔の感情の高ぶりをあらわしているような気がした。


「ブレイズウォール!」


 左からサムソンの叫び声が聞こえて、リロイははっとふり返る。赤い壁が轟然とリロイと夢魔に迫ってきた。


 リロイはスキアヴォーナを引いて、夢魔が持つハンガーに強く叩きつける。予期しない反撃に夢魔は少しよろめいて、両足を止めた。そのすきにリロイは床を蹴って後退した。


「へん。そんな荒い攻撃じゃ、あたいは斬れな――」


 少し遅れて、夢魔はごう、と迫るブレイズウォールに気づいて顔を引きつらせる。「くそ」と言いながら床に手をついて、側転飛びで炎の壁をかわした。


 部屋の向こうではあはあと息を切らせるサムソンを、夢魔がにらみつける。両手のハンガーをにぎりしめて、戦闘体勢をととのえる。


 その懐にリロイが潜りこんだ。


「何っ!?」


 リロイはスキアヴォーナを右上に斬り上げる。ぼん、と嫌な音とともに夢魔の左腕が空中を舞った。

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