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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
一章 リロイの決断
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 リロイが都サンテの別荘に着いたころには、すでに日が暮れていた。別荘に着くなり、ブレオベリスとマリーに挨拶あいさつしないで、リロイはロビーの階段を駆け上がった。


 二階の自室は明かりがなくて暗い。部屋の向こうにかかっているカーテンを開けると、三日月のあわい光が部屋をうっすらと照らした。


 リロイは重たいドレスを脱ぐと、肌着一枚の姿でベッドの上の枕をかかえた。


「お嬢様。お食事はもう済まされたのですか」

「……うん」


 召使いのテレサはリロイの返事を聞くと、しばらく口をもぐもぐさせていたが、そそくさと部屋を出ていった。


 部屋の隅に置かれた鳥かごから、カナリヤの鳴き声が聞こえてくる。美しい音色が、うす暗い部屋とリロイの心にひびきわたる。


『弱い女性には興味ないんだ』


 そうだろうと思っていても、面と向かって言われるのはやはり辛い。それ以前に、きっと女性としての魅力が足りないのだろうと、リロイは思う。かといって、友達のプリシラのように、女の子らしくふるまうことなんてできやしない。


『だったら、強い女になってキザ男を見返してみろや』


 サムソンの返し文句も、全くもって正論だとリロイは思う。リロイの剣の腕は、近衛このえ騎士団長のエメラウスにあっさり敗れる程度。言いわけしたところで、その事実が変わるわけではない。


「はあ。あたしって、何やってもだめな子なんだなあ」


 リロイは枕を放り投げて、ベッドに身体をあずけた。綿わたが入った布団は、ふかふかして気持ちいい。今日の疲れや緊張を忘れさせてくれる。


 ベッドの上には、まっ暗な天井が広がっている。


 ――今さらおしとやかになろうとしたって、プリシラや王宮の女性みたいにはなれない。ならば、騎士道を突き進むしかない。


 リロイは右腕をあげて、軽く肘をまげてみる。眼前にうつる腕は白くて、とても細い。


 ――どうしたら強くなれるんだろう。エメラウス様をとりこにできるくらいになるには……


 リロイはむくりと起き上がった。床には、投げ捨てられたドレスが広がっている。そのきれいなすそを見つめて、右手をかたくにぎりしめた。


「こうなったら、あれをやるしかない」





 重たいドレスをまた着こむと、おぼろげなロウソクの光をたよりに、リロイは二階の廊下を走った。一番奥のブレオベリスの部屋から、明るい光が漏れている。


 部屋の扉が少し開いている。リロイはかたひざをついてから聞き耳を立てると、「そんなことが許されると思っているのか」とか「では他に方法があるのか」などという怒鳴り声が聞こえてきた。


 ――あちゃあ。お父様がいつになく真剣な話をしてるわ。こりゃあたしでも、さすがに邪魔できないなー


 数ヶ月前に見た父の怒った顔が頭に浮かんで、リロイはぞっとした。だが、起き上がろうとして扉に手をつくと、ぎしぎしと音が出てしまった。


「ん!? だれだ、そこにいるのは」


 ブレオベリスの怒声がひびいて、リロイは仕方なく扉を開けた。明るい部屋の向こうには、まっ赤な顔で髪を逆立てているブレオベリスと、赤い髪と髭を生やす壮年の男性がテーブルをはさんでいる。


 ブレオベリスはこちらを見るなり、「何だ、帰っていたのか」と言って鋭い剣幕を少し和らげる。向かいの男性もまた頬のしわをゆるめて、こちらを見つめていた。


 リロイはスカートの端を持ち上げて、赤い髭の男性におじぎした。


「バルバロッサのおじ様、こんばんは。お越しになっていると知らなかったので、挨拶が遅れてしまいましたわ」

「はは。私が何の連絡もしないで押しかけてきたんだから、リロイ君が気づかないのも無理はないさ。余計な気を遣わせてしまって、すまないね」

「いえ! そんな……。バルバロッサ様のお顔が見れて、とても幸せです」


 壮年のバルバロッサは優しく微笑んで、「それから」と言葉を続けた。


「さっきブレオベリスに聞いたが、今日は大変だったんだってね」

「えっ……! 今日のこと、お父様から聞いたんですか」


 すると、リロイの脳裏に本戦の様子がまた浮かんできた。想像の中のリロイは、大観衆の前でエメラウスにふられて、情けない泣き顔をこちらに向けている。


 その姿が、父の昔からの友人のバルバロッサにまで伝わっているとわかると、顔から火が出てしまいそうだった。


 リロイはブレオベリスにつめ寄った。


「お父様! どうして今日のことをバルバロッサ様に話しちゃったのよ」

「どうしても何もないだろ。疲れているんだから、今日は早く寝なさい」


 昼間にあれほどはしゃいでいた父が、どこか冷たい。リロイは父の異変を怪訝けげんに思ったが、身を正して向きなおった。


「いいえ、お父様。あたし、今日のことでお父様に話したいことがあるの」

「改まって、何の話だ」

「……今日の武術大会であたし、とても無様な試合をして家名を汚してしまったわ。だから、その責任をとりたいの」

「あのな、リロイ。失敗はだれにでもあることだ。だからお父さんもお母さんも、リロイが家名を汚しただなんて思ってないよ。むしろ、今日は初めて本戦まで勝ちのぼれたんだから、よかったじゃないか」

「違うの! そういう問題じゃないの」


 リロイはさらにつめ寄ってブレオベリスの手をとった。ブレオベリスは「じゃあ、どういう問題なんだ」と、とても面倒そうな顔をした。


「あたし、武術大会に勝ちのぼれば騎士になれると思ってたけど、そうじゃないってわかったの。もっと剣の腕をみがいて、エメラウス様が認めてくれるような騎士になりたいの」

「剣だったら、お父さんが稽古けいこをつけてやっているだろう。それでは不満だと言いたいのか」

「ううん。お父様にはいつも剣を教えてくれて、本当に感謝してるわ。でもお父様は、あたしが相手だと手加減しちゃうでしょ?」

「むむっ、それは確かにそうだが」


 ブレオベリスはうつむいて、眉をくもらせる。リロイはブレオベリスの手を強く引っ張った。


「本当に強くなるためには、時には厳しいのも必要だって、お父様は前に言ってたでしょ? 今のあたしに必要なのは、その厳しさなんだと思うの」

「そう言われれば、そうかもしれん」

「でしょでしょ! だからあたし、家を出て王国を旅したいの!」

「そうだなあ。家を出れば、色々と学べることがあ……て、な何いぃぃ!」


 ブレオベリスは目を丸くして、突然の爆弾発言に仰天していた。テーブルの向かいでは、バルバロッサが必死に笑いをこらえている。


 リロイはブレオベリスの腕を胸にうずめて、顔をおしつけた。


「ね! いいでしょ。お父様あ」

「だめだ! 旅なんて、お前には危険すぎる」

「でもお、強くなるためには厳しいのも必要なんでしょ?」

「だめだ! だめだと言ったらだめだ」


 ブレオベリスは、また髪を逆立てて赫怒かくどした。リロイも甘え作戦を使ったりするのが面倒になってきた。


「んもう! ちょっとくらいいいじゃん。お父様のケチ!」

「ちょっともたくさんもだめだ! たとえタイクーンがイエスと言ってもだめだ」

「ああそう。じゃ、わかったわ。あたし、勝手に家を出てくからね。お父様のわからず屋!」

「わからず屋はお前だ! 少しは私の言うことを聞きなさい!」


 ブレオベリスは絶叫して、リロイの腕を強い力で引っ張った。右手を大きくふりかぶり、リロイの頬をはたいた。


 ――バチン、という音が沈黙の中でひびいた。


 リロイは、何が起きたのかすぐに理解できなかった。父ブレオベリスも、向こうに座るバルバロッサも唖然と口を広げてかたまっている。


 左の頬がじんじんと痛んできて、リロイは左手でそっとさすった。焼きつけるような痛みとともに、目から涙があふれてくる。


「あ、あたし、あたし……」

「リ、リロイ。違うんだ。お父さんは、リロイのことを想って……」


 ブレオベリスは視線を合わせずに、言葉にならない何かを口から漏らしている。そうさせてしまったのは自分なのだと、リロイはやっと気づいた。


「リロイ!」


 リロイは、両手で顔を隠しながら部屋を飛び出した。





 リロイはまた肌着姿になって、ベッドの上の枕をかかえた。左の頬は赤く腫れて、脈打つたびにひりひりと痛む。そのまま、枕に顔をうずめた。


「お父様を怒らせちゃった。もう、あたしのばか」


 リロイは小さな肩をふるわせながら、今日という一日と自分を呪いたかった。


 だが、いくら落ち込んでも、心の奥底に下った決断は消えそうにない。むしろ、今の情けない自分を生まれ変わらせるには、動くしかないとリロイは思った。


 リロイは枕をベッドに置いて、扉を見つめる。扉のとなりには、黒いさやに納められたスキアヴォーナが立てかけられている。剣の柄と刀身の間につけられている篭状のつばが、黄金のきれいな光を放っている。


 リロイは立ち上がって、部屋の隅に置かれている鳥かごを持ち上げた。鳥かごを窓の近くに置いて、部屋の扉よりも大きい窓をゆっくりと開けた。


 外から冷たい夜風が入ってくる。早春の夜はリロイの細い身体を凍えさせる。


 リロイは鳥かごを開けて、ゆっくりと指を入れた。黄色のきれいなカナリヤがちょこんと飛んで、リロイの指に乗っかった。リロイはベランダに出て、手すりに左手を置いた。


「あたしはもう、あなたを看てやれないの。だから、ごめんね。あなたも自分の翼で力強く生きるのよ」


 リロイが勢いよく右手をあげると、カナリヤは天上の三日月に向かって飛んでいった。

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