表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
四章 人助けと、蹉跌と
38/81

38

 薬を手にし、リロイとサムソンは帰路についた。途中、二匹のグリフォンと三匹の狼に追われたが、日没までにヤウレに到着した。


 今すぐに薬を届けようと言うサムソンを説得して、リロイはディッシュの宿に入った。宿の中は珍しく、二組の客が入っていた。


「そういや、医者のじいさんにレスターのことを聞きそびれちったな」


 窓側のベッドに身体をあずけて、サムソンはリロイを見つめる。リロイは椅子に腰かけて、机の上に頬杖をついた。


「そうね。レスターさんはノルグから来たって言ってたし、医者のおじいさんだったら何か知ってたかもしれないね」

「くそっ。肝心なときに見落としちまうなんて、どうかしてるぜ。ちくしょう、おれとしたことが、何やってんだか」


 サムソンは苦悶くもんしながら両手で頭を掻く。リロイは茫然としながら息を吐いた。


「まずは薬を持っていって、カーシャちゃんを治してあげようよ。レスターさんのことはその後でゆっくり探ればいいじゃない」

「ああ、そうだな」


 サムソンはむくりと起き上がり、奥に閉じられている部屋の扉を見つめる。その様子をリロイはそれとなく観察していたが、


「ごめん」


 思いがけない言葉が聞こえて、リロイは飲んでいた水を吹き出した。


「ど、ど、ど、どうしたの!?」


 リロイはおどろいて立ち上がったが、サムソンはうつむいたまま扉の下の方を見つめている。


 サムソンは頭を抱えた。


「ここに来てから、おれはお前の足を引っ張ってばかりだ。お前を助けてやろうと思ってついてきたのに、情けねえ」

「そ、そんなことないって! サムは全然足なんて引っ張ってないわよ。てゆーか、グリフォンに襲われるきっかけをつくったのあたしだし! それに、ほら。この前だって――」

「……最近のおれはどうかしてる。自分でもわかんねえんだけど、すぐに頭に血がのぼってイライラするんだ。レスターの野郎につっかかったときも、ノルグのじいさんに薬を頼んだときも、静かにしてればいいってわかってるのに、騒ぎ立てるようなこと言っちまうし」


 ぽつりぽつりと言葉をつむぐサムソンに、リロイの心にずきりと何かが突き刺さる。リロイは胸をおさえながら、サムソンのとなりに座った。


「あんまり思いつめないで。サムはカーシャちゃんのことが気になって仕方ないんだもん。気持ちも動転するわよ」

「で、でもよ」

「それに、自分がわからなくなるくらいに想えるってことは、あなたの気持ちが本当なんだってことじゃない。うん。あたしに謝る必要なんてどこにもないわ」

「……ごめん」


 サムソンは肩をぷるぷるとふるわせる。その様子にリロイは心を痛めながらも、何故か純粋に応援する気持ちになれなかった。





 翌朝、リロイとサムソンは軽食を済ませて、ぼろ宿『ディッシュ』を後にする。通りの向こうからひんやりとした風が吹いて、リロイの身体を涼ませる。


 リロイは右手の巾着袋を顔の前に出して、にやりと笑った。


「この薬を届けて、ばしっとカーシャちゃんを治して差し上げましょ」


 ガッツポーズをとるリロイのとなりで、サムソンは「そうだな」とつぶやいた。


 昨日の夜から、サムソンは暗い顔をして塞ぎこんでいる。リロイが下らないぼけをかましても、ぴくりとも反応してくれなかった。


 けんかをしたわけでもないのに、リロイは何となく気まずくなってしまう。剣聖を探すという目的よりも、今はこのいたたまれない気持ちをどうにかしたかった。


 ――サムのためにも、カーシャちゃんを絶対に治してあげないとね!


 リロイがひそかな決意を胸に秘めている後ろから、


「あれえ? あそこにいるやつって、例のぺちゃぱい女じゃねえの?」


 こもるような男性の声が聞こえて、リロイはあわててふり返る。酒場『ブライアン』に入ろうとしている男たちが八人。その先頭にいるモヒカン頭のキンボイスが、喜色を浮かべながらこちらを差していた。


 リロイは両手を後ろに向けて、身体を大きくのけ反った。


「げっ。あんたはこの間のモヒカン男! 朝からまた酒場に入り浸ってんの?」

「うるせー。ミルクしか飲まねえガキんちょは黙ってろ」

「あんたらねえ。……毎日お酒ばっか飲んで、よくお金がなくならないわね。ちゃんと仕事しなさいよ」

「けっ。おれらには一生働かなくてもなくならねえ財源があんだよ。そういうてめえだって、こないだから胸が全然育ってねえじゃねえか。そんなんで赤ちゃんにおっぱいあげれんのかあ?」

「う、うるさいわよ! 一日二日で育つわけないでしょ」


 キンボイスたちはげらげらと笑い合っている。リロイのこめかみに青筋が三つ浮かんだ。


「あんたら! いい加減にしないと――」

「ロ、ロイ。やめろって」


 サムソンがリロイの背中を引っ張る。リロイは「うー」とうなりながら、ふり上げた拳を泣く泣く引っこめた。


「い、行きましょ。下らない人たちにかまってても仕方ないし」

「あれえ? 今日のぺちゃぱい女は元気ねえぞ。もしかして、おれにびびっちまったのかあ?」


 キンボイスたちは腹を抱えて笑う。リロイは肩をふるわえながら、酒場に背を向けた。


 憤然たる気持ちをおさえて、リロイとサムソンはエドワードの屋敷に向かった。門から呼び出し用の鈴を鳴らすと、メイドのドロシーが笑顔で迎えてくれた。


 エドワードとパトリシアに薬のことを伝えると、ふたりは手を合わせて喜んだ。リロイは薬をレスターにわたして、カーシャの寝室に向かった。


「ど、どうですか。先生」


 薬を飲ませるレスターの後ろで、エドワードが心配そうにカーシャの顔をうかがっている。レスターはカーシャの頭をゆっくりと降ろして、にこっと笑った。


「一回飲んだだけでは治らないでしょう。数日間続けて服用させて、様子を診ましょう」


 その言葉にエドワードは胸をなで下ろす。レスターは向き直ってリロイを見つめた。


「リロイさんは、私に替わってとなり町まで行かれたそうですね。わざわざ薬を買ってきていただいて、とても助かります」

「いえいえ! そんなことないですって! ……あたしみたいなずぶの素人が出しゃばったりして、むしろ先生の邪魔をしてるんじゃないですか?」


 リロイが奇声を発しながら右手でぶんぶんと宙を叩くと、レスターはたまらず苦笑した。


「そんな、滅相もない。この薬は医者が選んだものなのでしょう? 私は打つ手がなくて困っていたんですから、嬉しくて部屋中を走りまわりたいくらいですよ」

「そ、そうですか」

「カーシャさんが良くなってくれたら、私も枕を高くして眠ることができそうです。……あ、この薬でカーシャさんが治っちゃったら、私の面目は丸つぶれですね」


 レスターが頬をぽりぽりと掻くと、エドワードたちが声を立てて笑った。レスターの人柄のよさに、リロイとサムソンも微笑まざるを得なかった。





 カーシャの容態を見るため、リロイとサムソンは数日にわたって屋敷に通った。温かいエドワードとパトリシアに迎えられて言葉を交わしたが、カーシャの病状に変化は見られなかった。


「カーシャちゃん、良くならないですね」


 天蓋がついたベッドの中でカーシャがうなされている。リロイはタオルで寝汗をぬぐった。エドワードは後ろで落ち着きなく部屋中をうろうろしている。


「リロイさんからいただいた薬は、朝と夕方にきっちり飲ませているんだが……どうしてなんだ。飲ませ方が悪いのか」

「薬はレスターさんが処方してくれてるから、飲ませ方は悪くないと思いますよ。あたしが持ってきた薬じゃだめだったのかなあ」

「いやいや。リロイさんがとなり町まで足を運んでくれたものだ。効果がないなんてことはない。きっと他に原因があるんだ」


 エドワードはリロイを全身で肯定してくれる。その真っ直ぐすぎる気持ちがありがたい反面、薬の効果が出ないことに激しい苛立ちを覚えてしまう。リロイは汗でぬれたタオルをにぎりしめた。


 ――薬をあげてるのに、カーシャちゃんはどうしてよくならないの……!? あたしが持ってきた薬が悪いの? それとも、もっと別の原因があるの?


 リロイの後ろでサムソンが腰に手をあてた。


「薬の効果が出にくいだけかもしれない。もう少し、もう少し、様子を診ましょう」

「そ、そうですね」


 サムソンの悲痛な言葉に、リロイとエドワードはいっしょにうなずいた。


 今日は夜まで残って看ようというサムソンの強い主張に、リロイは賛成した。エドワードとパトリシアは「そこまでしてくれなくてもいいのに」と心配してくれたが、リロイの脳裏に申しわけない気持ちが離れなかった。


「肺炎の薬が効かないんだから、カーシャちゃんは別の病気にかかってるのかなあ」


 カーシャの青い顔を見下ろしながら、リロイは椅子に座って頬杖をつく。となりのサムソンはぎりぎりと歯ぎしりした。


「レスターの野郎は肺炎だって言ってたけど、違ったのか? ……あんのやぶ医者め、下らねえところで誤診しやがって」

「まだそうと決まったわけじゃないでしょ。レスターさんが悪いとは限らないって」

「でもよ。そもそもあの野郎が――」


 声を荒げているところで、寝室の扉ががちゃりと開いた。戸口から銀色のトレイを持ったレスターが部屋に入ってきた。


「ふたりとも、休まないで看病してたら身体に毒だよ。これでも飲んで、少し休んだらどうかな」

「あ、どうも」


 リロイとサムソンは手を伸ばして、トレイの上に置かれた小瓶をつまむ。茶色の小瓶は細長くて、リロイの手と同じくらいの大きさだった。


「先生。これは……?」

「身体の疲れと緊張をほぐす栄養剤だよ。ふたりとも連日の看病で、だいぶいらいらしているみたいだったからね」

「あ、あはは。ばれてました? んもう。先生も澄ました顔して、案外抜け目ないのね」

「ま、まあ、私は医者だからね」


 リロイが肘で小突くと、レスターは「はは」と苦笑した。ふたりとカーシャの様子を見守ると、レスターは「看病もほどほどにね」と言って退室していった。


「うげっ、まっず。何だこれ。肥だめみてえな味がすンぞ」


 サムソンが小瓶を恨めしそうににらみつける。リロイもぐいっと飲んでみたが、腐った野菜と加齢臭をまぜたような味がした。


「せ、先生がわざわざこしらえてくれたんだから、ちゃ、ちゃんと、飲まなきゃだめよ」


 劇薬のような栄養剤を何とか飲みきって、小瓶をテーブルの上に置く。サムソンも「新手の罰ゲームかよ」とぼやきながら、栄養剤を飲み干した。


 椅子に座ると、リロイの肩にぐっと重りがのしかかってきた。


 ――はあ。先生の言う通りかも。人を看病するのも、結構疲れるんだね。


 リロイは首をかたむけてぐったりする。疲れているとわかると、だんだんと考えるのも億劫になってきた。


「はあ、ねむっ」


 となりのサムソンも口を大きく開けてあくびする。涙目になっていて、目をしょぼしょぼさせていた。


「ちょ、ちょっと。……サム。ね、寝ちゃ、だめよ」


 サムソンに向けていた注意が散漫になっていく。肩の力が抜けて、リロイの両腕がだらりと下に落ちる。人形のように身体から力がなくなっていった。


 がたんと音がして、サムソンが床に倒れこむ。横に倒れながら、サムソンは両目をつむってしまった。リロイの身体も横に流れて、床に右肩を強く打ったが、痛みと衝撃は感じられなかった。


 力のないまぶたがゆっくりと閉じられて、リロイの意識が暗闇の中にまどろんでいく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ