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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
四章 人助けと、蹉跌と
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「野郎、なかなか尻尾を出さないな」


 エドワードの屋敷を背に、サムソンがぼそりとつぶやく。リロイも腕を組んで小さくうなずく。


「そうね。あたしたちの意図がわかってて、うまくあしらってるって感じ」

「くそっ! あの野郎、おれらをガキだと思ってなめながって。あいつ、絶対何か知ってやがるぜ。何としても暴いてやる」

「でも、レスターさんが悪いっていう証拠はないわ。なのに、一方的に因縁をつけるのはやばいんじゃない?」


 そう言うと、サムソンはふり返ってリロイをきつくにらみつけた。


「ロイ、弱気になってんじゃねえよ。お前はレスターの野郎にまんまとだまされてんだよ」

「そうだけどお! レスターさんが怪しいと思うのはあたしたちの気のせいかもしれないし。それに、カーシャちゃんの病気とは関係ないでしょ」

「ううっ。そ、それは、まあそうだけどよ」

「レスターさんのことは気になるけど、まずはカーシャちゃんの病気を先に考えようよ。いつもベッドの上で苦しんでるんだもん。一日も早く治してあげたいでしょ」

「……うん」


 サムソンは悄然とうなだれて、町の中央通りをとぼとぼと歩いた。


 ぼろ宿の店主のディッシュの言葉によると、レスターを除いてヤウレに医者がいないが、となり町のノルグには医者がいるらしい。ノルグに行くには、険しい山道を一時間も歩かなければならないが、医者がいないヤウレで薬を探すことはできない。


 リロイとサムソンはわずかな希望を信じて、ヤウレを後にした。


「ノルグで薬をもらっても、カーシャちゃんの病気は治るのかなあ」


 木陰の涼しい山道を歩きながら、リロイが力なくつぶやく。地面を見下ろすと、黒いありたちが道のわきに列をつくっていた。


 サムソンはリロイの前で、拳をかたくにぎった。


「そんなん、やってみなきゃわからねえだろ。出発早々にあきらめんなよ」

「だって、レスターさんも薬をあげてるのよ。それでもよくならないのに、素人のあたしたちが別の薬をもっていったところで、病気が治ると思う?」

「……レスターの野郎はやぶ医者だから、選ぶ薬を間違えてやがんだよ。おれらが肺炎に本当に効く薬をもってってあげたら、カ、カ、カーシャ、さんはよくなるに決まってるぜ」

「んもう。サムの愛の力にはお手上げね。恥ずかしくって、素直に名前も呼べないんだもんねー」

「う、うるせえ! 無駄口叩いてんだったら置いてくかんな」


 大きな梢のトンネルを抜けて、枯葉の落ちる山道は上へと続いていく。蛇のようにうねうねとくねり、山道は細長く尾をのばしていた。


 しばらく登ると、茶色い地面の坂道に差しかかった。右側はなだらかながけになっているが、落下を防ぐさくは立てられていない。


 リロイは崖のぎりぎりまで寄って、崖の下をそっと見下ろしてみる。ゆるやかな坂のような崖は、途中で断崖に変わっている。そのはるか下に、小川が筋を引いていた。


「うわっ、けっこう登ってきたね~。こんなところから落っこちたら、一巻の終わりだよね」

「そんなところでぼけっとしてると、本当に落ちるぜ」


 サムソンのつれない背中に、リロイは「ふん」と悪態をつく。


「だいじょうぶよ。あたしは、あんたみたいにのぼせてないんだから」

「はあ? だれがいつのぼせたんだよ」

「いつって、いちからくわしくご説明した方がいいのかしら? サムソン閣下」

「ぐっ……。て、てめえ」


 サムソンはリロイをにらんで、拳をぷるぷるとふるわせる。リロイは「おほほ」と嘲笑しながら、山道を軽やかにスキップした。


 ――一目惚れしちゃってからのサムは張り合いがないわね。この調子でいろいろゆすってみようかな。


 と、サムソンを尻目に悪だくみしている足もとで、ぐにゃっと、明らかに土ではない何かを踏みつけた感触が伝わってきた。


「へっ?」


 『ノルグ』と書かれた木の看板の手前で、リロイは足もとを見下ろす。革のブーツの下に伸びているのは、先端が茶色い毛で被われた、ライオンのような尻尾。


 尻尾のつけ根をたどると、ベージュの毛が生えた、とても大きなお尻が地面に置かれていた。お尻の両端には、同じ色をしたももが生えている。その太さは、リロイの細腕のひとまわり、いや、ふたまわり以上も太い。


「おい、どうしたんだよ。ロ――」


 怪訝けげんに首をかしげるサムソンは、リロイが差す一点を見つめて言葉を止めた。リロイも歯をがちがちと鳴らしながら、身体をロウでかためられたように硬直させた。


 ベージュの毛並みは、腰のあたりから明るい褐色に替わっていた。背中には二枚の毛むくじゃらな翼が伸びている。わしのそれと同等、あるいはそれ以上の大きな翼は、リロイたちの視線に反応したのか、上にゆっくりと広げられた。


 丸められた背中の向こうから、褐色の首がむくりと起き上がった。隆々とした首の先端がこちらを向いて、黒い目がぎょろりと光った。


「きゃあああ!」


 絶叫しながら駆けるリロイとサムソンの後を、荒れ狂うグリフォンが追ってくる。グリフォンは巨大なくちばしを開けて、金切り声のような鳴き声を発している。


 リロイはノルグに続く山道を必死に走るが、巨大なグリフォンは空を滑空かっくうしてリロイの真上に迫った。


「ロイ! ――来るぞ!」


 サムソンの声に、リロイはふり向きざまに抜刀する。グリフォンが前肢のかぎ爪を広げて、リロイの頭上を目がけて降下してきた。


 グリフォンの前肢が眼前に迫る刹那、リロイはスキアヴォーナをすべらせて、グリフォンの前肢を斬りつけた。だが、スキアヴォーナの刃は硬い肢にはじかれてしまった。


「くっ……!」


 グリフォンの前肢が山道の土をえぐりとる。リロイはスキアヴォーナといっしょにはじかれて、木の幹に左肩をぶつけた。


「ロイ! 平気か」


 左肩をおさえるリロイに、サムソンが杖をふりながら駆け寄る。後ろのグリフォンが翼を広げて上空に飛び上がる。


「ちっ、これでも食らえ!」


 サムソンは杖をふりかざして火の玉を召喚する。三つの炎は真っ直ぐグリフォンに向かっていくが、グリフォンは左右に転回して炎をかわした。


 グリフォンが鋭く尖った爪を広げて、サムソンに目がけて突撃する。サムソンはあわてて右に飛んだ。


「くそっ! こんなときにグリフォンが出てくるなんて、ついてねえ」


 サムソンは杖を水平にして、ぶつぶつと呪文をとなえる。杖で地面を突くと、巨大な炎の玉があらわれてグリフォンに飛びかかった。


 グリフォンはすぐに飛び上がり、炎の玉は崖の下に落下した。


「グリフォンって、あんなに身体が大きいのに、何て速さなの――!」


 はげしく急降下するグリフォンから逃れながら、リロイはスキアヴォーナを持ち直す。となりでサムソンがぜえぜえと息を切らせていた。


「あんなにすばしっこいんじゃ、炎なんてあたりゃしねえ! くそっ」

「あたしの剣で斬るのも難しいわ。どうしよう」

「……あいつみたいに滑空するやつには、風の魔術がいいんだ。まわりの空気を操ってやれば、あいつはうまく飛べなくなるからな」

「でも、そんなこと言ったって、あんたは風の魔術なんて使えないでしょ。どうすンのよ」

「おう。だ、だから……逃げるぞ!」


 サムソンはくるりと背中を向けて走り出した。


「ああっ! ま、待ってよ~!」


 あわてて走るリロイに続いて、グリフォンが雄たけびをあげて迫る。グリフォンの嘴があたる瞬間、リロイは山道を外れて木の間にすべりこんだ。


 リロイの姿が消えて、グリフォンは山道のまん中で首をきょろきょろさせる。木の幹に息をひそめながら、リロイはがっくりとうなだれた。





 険しい山道を歩き続けて、リロイとサムソンはノルグの町に到着した。真上で照っていた太陽は、わずかに西に沈みはじめている。


 つれない町人から話を聞きだして、リロイは町はずれの診療所の扉を開けた。


「おやっ。あんたたちは町の人間じゃないな」


 腰を曲げた老人はリロイの身体を上からなめまわして、そっとため息を漏らす。リロイはむっとした。


「ねえ、おじさん。肺炎に効く薬ってある?」

「肺炎? ……ああ、あるよ。お嬢ちゃんが飲むのかい?」

「ううん。あたしじゃないわ。となり町のヤウレに住んでるカーシャちゃんにあげたいの」

「カーシャ? ……カーシャ、カーシャ……はて、どこかで聞いた名前だが」


 白衣を着た老人はゆっくりとあごをさする。サムソンはリロイを押しのけて前に出た。


「じいさん。カ、カ、カーシャ、さんは、エドワードさんの養女だよ」

「エドワードさん!? エドワードさんって、あの資産家のエドワード・チェストレインさんか」


 老人は手を打って目を丸くする。腕を組んで、「最近いらしてないから忘れちゃったよ」とぼやいた。


「じ、じいさん。薬はあるのか」

「だから、あると言ってるだろうが。うちをどこだと思っているんだ」

「そんなことはいいから、さっさと薬をわけてくれよ!」

「な……! この、やって来るなり薬、薬って……まったく、礼儀を知らん小僧どもがっ」


 老人はぶつぶつと文句を言いながら、となりの部屋に姿を消す。ごそごそと物音がしてから、右手に巾着袋をぶら下げてきた。


「この中に薬草をすり潰した粉末状の薬が入っとる。朝と夕方に水といっしょに飲ませなさい」

「お、おじさん。ありがと」

「ふん。お前さんのためじゃないわい。チェストレインさんにはいつもお世話になっているから、薬をわけてやるだけじゃ。勘違いするでないぞ」


 老人は目を細めながら、リロイに袋を手わたした。

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