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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
四章 人助けと、蹉跌と
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 リロイは肩を張りながら、ヤウレの町の中央通りをずんずん歩く。数分歩くと、右手に白い壁の建物が見えてきた。木製の扉の上には、『ブライアン』という文字が書かれている。


 扉を押すと「キー」ときしむような音を立てて、ゆっくりと開いた。店内には丸いテーブルがならべられ、奥に木の長いカウンターがついている。明かりがついていない店内はうす暗く、入りづらそうなふんいきをかもし出している。


 カウンターの向こうで、グラスを磨いている男がいた。黒いエプロンをつけた男は、あごに無精ひげを生やしている。


「あ、あの、お聞きしたいことがあるんですけど」


 リロイはカウンターの椅子に腰かけて、店主らしき男を見あげる。男は口を閉じたまま、布巾でグラスを磨いている。


 となりのサムソンを肘で突くと、サムソンは頭をぽりぽりと掻いた。


 リロイの頭の中の何かがぷつりと切れた。リロイが「どん」とカウンターを叩くと、サムソンといっしょに店主がびくっと反応した。


「あたしは! ファールス山のどこに剣聖さんがいるのかを知りたいだけなの。なのに、あんたたちは何なのよ! あたしを変な目で見てきたり、何も答えてくれなかったり……もうちょっと親切にしてくれたっていいじゃない!」

「……お前は、レオンハルトを探しているのか?」


 店主の低くドスの利いた声に、リロイの身体に緊張が走る。店主はカウンターにグラスを置いた。


「町の人間は騎士や貴族が嫌いなんだ。だからお前たちの服装を見て、疎むべきだと判断したんだろう。それで、レオンハルトに会ってお前は何がしたいんだ?」

「な、何がって、剣聖さんに会って紅茶でもしばいてくやつがいるわけ?」

「レオンハルトは人気者だったからな。そういう目的でやってきたやつらが多かったな。まあ、お前みたいな小娘がレオンハルトのファンだとは思えんが」

「あ、あたしは、剣聖さんに会って剣を習いたいだけよ。剣の達人に会うんだから、当然の――」


 リロイの言葉に、後ろから突然に笑い声があがった。それも「ひゃっひゃっひゃ」といううす汚い声が、複数。


 店の隅から大柄の男がのっそりと歩いてきた。男の髪は左右がきれいに刈られ、額のまん中から後ろまで、一直線に長い髪が天を突いている。タンクトップを着た上背はがっしりしていて、大きな肩から隆々とした腕が伸びていた。


 柄の悪い巨漢はへらへらと笑いながら、リロイを見下ろした。


「よお、お嬢ちゃん。おれはキンボイスってんだ。こんなまっ昼間から酒場に来て、ミルクでも飲みに来たのかい? おじちゃんが一杯おごってやろうか」


 店の隅から下卑た笑い声が聞こえてくる。キンボイスという男の仲間と思わしき連中が奥でたむろしていた。その数、七人。


 となりのサムソンが顔を青くする。リロイは立ち上がって、キンボイスのあごをにらみつけた。


「あいにくだけど、今は喉が渇いてないからミルクなんていらないわ。また今度にするわ」

「ああ、そうかい。おれがせっかくおごってやろうと思ったのに、つれねえなあ。じゃあよ。三十分だけでいいから、おじちゃんと遊んでくれねえか」

「それもお断りするわ。あたしは人探しで忙しいの。おじさんこそ、昼間っからお酒なんて飲んでないで仕事したら?」


 リロイがにやりと笑うと、キンボイスの目の色が変わる。大きな左拳でカウンターを強く叩いた。


「てめえ! こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって。ぶっ殺すぞ!」

「な、何よ。やる気!?」


 リロイがスキアヴォーナの柄に手をあてると、店の隅から、「ガキんちょに向きになるな」とか「ぺちゃぱい女なんか相手するな」という声が聞こえてきた。リロイは腰に手をあてて胸を張った。


「そこのあんたら! だあれが、ぺちゃぱい女よ! こんなグラマー美女を前によくそんな――」

「ロ、ロイ! もうやめろって!」


 サムソンがリロイの左腕をつかむ。だだをこねるリロイを引っ張って、店の外に向かう。キンボイスが大声で笑った。


「おうおう。ぺちゃぱいの連れは賢いなー。おれらが怖えもんだから、尻尾を巻いて逃げるつもりだぜ」

「だあから、ぺちゃぱいじゃないって言ってるでしょーがっ! ちょっと、サム、手を離しなさいよー!」


 リロイの叫び声が店内にむなしくひびいた。





 リロイは頭にたくさんの血を上らせながら、町の通りを闊歩する。後ろからサムソンが「待てよ」と声をかけた。


 リロイはサムソンをきっとにらみつけて、ぷいっと横を向いた。


「何よ。あんなやつらにびびっちゃって。あんたなんか最低よ」

「あのなあ。あいつらは八人もいたんだぞ。ああいう連中は反抗するとつけ上がるだけなんだから、相手にしねえ方がいいって」

「ふん。あんなやつら、あたしひとりでも倒せたわよ」


 リロイがそっぽ向くと、サムソンが後ろでため息をついた。


 ――何なのよ。どいつもこいつも……。あたし、この町だいっ嫌い!


 いぶかしい視線を送る町人たちを無視して、リロイは町はずれの宿屋に入った。客がいないさびれた宿だったが、少しも気にならなかった。


 白髪を交じらせた壮年の店主は、にこにこしながらリロイを出迎えた。


「部屋は別々にするかい? ツインベッドの部屋だったらもっと安くなるが」

「ツインベッドの部屋でいいわ」


 リロイが力なく応えると、店主は「まいど」と言って両手でごますりした。


 カウンターのとなりの階段に足をかけると、サムソンが背中を引っ張ってきた。


「おれと同じ部屋でいいのか? 金はまだ余裕あるんだし、別々の部屋にした方が――」

「あたしがとなりで寝てても、あんたは襲ったりしないでしょ。だったら安い方がいいわよ」


 リロイは手すりをにぎって階段を上がる。サムソンは立ち止まって肩を落とした。


「それにしても、ここ二、三日で貴族様が入れ替わりでやってくるなあ」


 二階にあがった店主の声を聞いて、サムソンが顔をあげた。


「入れ替わりでって、ゲント伯のことを言ってるのか?」

「ゲント……? ああ、そんなのもいたなあ。赤いひげを生やしたやつだろ? 何でか知らねえけど、貴族嫌いの町の者たちが、やたらとはやし立ててたっけ」

「ゲント伯はレイリアの英雄だからね。ヤウレでも人気あるんだろうな。おれらとは大違いだよ」


 サムソンが苦笑すると、店主は大声で笑った。


「あんたらみたいなガキんちょじゃ、おれらを助けてくれるとは思えねえからな。仕方ねえだろ」

「おっさんたちを助ける……? なあ、おっさん。ヤウレの人たちはどうして貴族を嫌ってるやつが多いんだ?」


 店主は部屋の扉を開けると、ふり返って耳の下を掻いた。


「どうしてって、理由なんて簡単さ。やつらがおれらに重税を課すからさ」

「重税を……? ここの領主はそんなにひどいやつなの?」

「まあ、ここの領主に限ったことじゃないが。……去年の旱魃かんばつがまだ尾を引いているから、どの国もかつかつなんだろ。なのに、中央はみにくい権力争いばかりしているから、地方の暮らしはいつになってもよくならない」

「そうだったんだ。旱魃って日照りで麦や豆が採れなくなることだろ? おれら、今まで食事に困ったことなんてないけど」


 サムソンが部屋の椅子に腰かけて、リロイを見つめる。店主が戸口に寄りかかって、頭を抱えた。


「あんたら、それ本気で言ってんのか? 去年の夏なんて、食事がとれなくてひどかったんだぜ。全滅した村だって何個もあったみたいだし」

「ええっ!? そうなの」

「……坊主。悪いことは言わねえから、さっきのことは他のやつに話すなよ。旱魃なんて知らないって言ったら、路地裏に連れてかれてぼこぼこにされるぞ」

「う、うん。わかった」


 ベッドに座ったリロイを見て、店主は扉を閉めようとした。そこで「あ」と声をあげた。


「そうそう、赤いやつの他にも町に来た貴族がもうひとりいたぜ。王宮で騎士団長をやっているっていうキザな男がな」

「えっ!? それって、もしかしてエメラウス様!?」


 リロイがはっと立ち上がると、店主は両手を叩いた。


「そうそう! そいつだ。エメラウス。町の女どもにきゃーきゃー言われてた、いけ好かねえ野郎だ」

「エメラウス様がおじさんの宿に泊まってたの?」

「まさか。こんな安い宿に泊まる貴族は、あんたらみたいなガキんちょだけさ。野郎が泊まってたのは、町の向こうにある一流の宿さ。ファールス山の絶景が一望できるっつうな」


 店主は窓の向こうを見つめて、そっと息を吐いた。「それじゃ、ごゆっくり」と言って、ばたんと扉を閉めた。


 サムソンは杖と鞄を床に置いて、机に肘をついた。


「まさか、キザエメラウスまでヤウレに来てたとはなあ。ここってそんなに重要な町だったのかな」

「うん」


 リロイはベッドに腰を落として床を見下ろす。サムソンが足を組んで、「うーん」と唸った。


「そういやお前、夜の学校でもキザ男を見かけたって言ってたよな。お前の妄想だと思ってたけど、うそじゃなかったんだな」

「うん。そうね」

「キザ男のやつ、王宮を出て何を嗅ぎまわってやがんだ。もしかして、やつも剣聖を探してんのか……?」


 サムソンはぶつぶつと問答を繰り返す。リロイは鞄を置いて、ベッドに倒れこんだ。


「な、なあ。ロイ。これからキザ男が泊まってたっていう宿に行ってみないか?」

「いいわよ、あたしは別に」

「で、でもよ。お前は気にならねえのか。キザ男が何してんのか。好きなんだったら、ここらでやつの弱みをにぎって――」

「おじさんの口ぶりだと、エメラウス様はもう宿を発っちゃったと思うし、それに剣聖さんの捜索とは関係ないでしょ」

「そ、それはまあ、そうだけどよお」


 サムソンが言葉をつまらせる。リロイは枕の下に手をはさんで、そっと目を閉じた。


「あたし、お腹すいてないから、お昼はいらないわ。悪いけど、ご飯食べたかったらサムひとりで行ってきて」

「ロイ」


 そっぽ向くリロイの背中を見て、サムソンはしゅんとした。

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