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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
四章 人助けと、蹉跌と
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 ゆるやかな風。左右に茂る色あざやかな緑たち。ファールス山の木々は、今日も清風に梢をゆらしている。


 前に伸びるのは、草をむしりとられた獣道。傾斜のゆるい上り坂は、遠い向こうまで延々と続いている。


「ねえ、サム。本当に、こんなところに、町なんてあるの?」


 言いながら、リロイはくたくたな身体を必死に起こす。となりのサムソンも杖をつきながら、ぜえぜえと息を切らせる。


「そんなん、知らねえよ。文句があるんだったら、さっき通りすがった、おっさんに言えや」

「あんたが、ちゃんと道を尋ねなかったのが、悪いんでしょ。いつになったら、その町に着くのよ」

「うるせえ。文句があるんだったら、さっき通りすがった、おっさんに言えや」

「同じこと、二回も、言うんじゃないわよ」


 カジャールを出て、十日目の朝にリロイとサムソンはレイリア南東に広がるファールス山に入った。レイリア唯一の山は標高こそ高くないが、とても広いことで知られている。


 サムソンが手にしている地図によると、山のふもとにはヤウレという町があるらしい。町を拠点にして剣聖の情報を得たいが、肝心の町が一向に見あたらない。


 水も飲まずにかれこれ二時間以上も道に迷っている。リロイの足はとうに限界を超えていた。


「ちょ、ちょっと休憩」


 道のわきに切り株を見つけて、リロイはへたりこむ。サムソンもかしの杖を放り投げて、雑草の上に座りこんだ。


「まったくよお、お前はどういう方向感覚してんだよ。麓の町って歩いて数分で着く場所にあるんだろ。どうやったら二時間も迷うんだよ」

「うるさいわね。そういうあんただって、あたしの意見にほいほいついてきたじゃないのよ! うじうじ言ってないで、あんたもたまには考えなさいよ」

「はあ? 自分で勝手に迷ってて人に八つあたりすんなよ。そんなんだからキザ男にふられちまうんだよ」

「キザ――エメラウス様と方向音痴は関係ないでしょ!」


 リロイが両手で叩くとサムソンが「や、やめろ」と悲鳴をあげた。


 サムソンはかばんに手を入れて、四つ折にたたまれた地図をとり出す。紙面にはドーナツの形をした王国が描かれている。


 リロイは頬をふくらませて、ドーナツの右下を差した。紙面には『ファールス山』と大きな文字が書かれている。


「だいたい、この地図がざっくりしすぎてるから悪いのよ。王国の全体なんてわからなくてもいいからさ、ヤウレのことをもっとくわしく書いてよ」

「無茶言うなよ。これは王宮で使われてる一般的な地図なんだから、町のことなんて書かれてるわけねえだろ」

「じゃあ、ヤウレの町が書かれてる地図を、今すぐ買ってきなさいよ」

「……最近のお前、無茶ぶりがすぎるぞ」


 役に立たない地図をしまって、サムソンはのっそりと起き上がった。リロイも「よいしょ」と言いながら、重たい身体を起こした。


 細い道を登りきると、幅の広い山道に出た。木陰に覆われた道は、左から右へと一直線に伸びている。家や人の姿は見えない。


 ――今日からしばらくは山で人探しかあ。ヤウレも見つからないのに、人間嫌いの剣聖さんなんて探し出せるのかしら。


 リロイが肩を落としていると、となりのサムソンが「あ、あれ」と声をあげた。リロイが左を向くと、山道の上から馬車が降りてきた。金糸がちりばめられた馬車のまわりには、マントをはおった従騎士たちが馬にまたがっていた。


 馬車の前を歩く二人の従騎士のうちの一人が、リロイの顔を見て立ち止まる。後ろの御者に合図して、馬車を制止させた。


 リロイとサムソンは馬車の前に駆け上った。


「君は確か、オーブ伯の……」

「リロイです。カドールさん、お久しぶりです」


 金色の髪を束ねる従騎士が、リロイの挨拶あいさつに曖昧な返事をする。右側で馬にまたがっている騎士が、声を出して笑った。


「こらこら。カドール、貴人の名を忘れるとは何ごとだ。こちらのお方はオーブ伯が大変可愛がっておられる娘様だぞ」

「ふふっ。ウェザレフさんもお久しぶりです。あれから変わりないようですね」

「あれからって、カームで別れてからまだひと月しか経っていないじゃないか。ひと月じゃ、人は何も変わらないよ」

「そうですね。……バルバロッサのおじ様は馬車の中ですか」


 リロイが尋ねると、上唇にチョビひげを生やしたウェザレフがこくりとうなずいた。すぐに馬を降りて、馬車の扉を開けた。





「そうか。剣聖レオンハルトはファールス山のどこかにいるのか」


 切り倒された木の幹に座って、バルバロッサが赤いひげをさする。リロイはいただいた水筒の水をごくりと飲んだ。


「でも、山のどこにいるかはわからないんです。だから、麓のヤウレの町を探してるんですけど、どこにあるのかわからなくて」

「はて。ヤウレだったら、この山道を登った先にあるが」


 バルバロッサは言葉を止めて、山道の向こうを差した。


「私たちはちょうどヤウレから出てきたばかりなんだ。下からこの一本道を登っていくだけでヤウレに着くのに、どうやったら道に迷うんだい」

「あはは。そ、そうですよねー! サムったらもう、変なこと言わないでよー」


 リロイはつくり笑いをしながら、サムソンの背中を叩く。サムソンとバルバロッサが、呆れた目でリロイを見つめた。


「ところで、ゲン……バルバロッサ様は、こんなところに何の用があるんですか?」


 サムソンがおずおずしながら尋ねる。バルバロッサは目を見開いてしばらく口を噤んだが、頭の後ろに手をあてて苦笑した。


「いやあ、急にファールス山を見てみたくなってね。部下を連れたままふらっと来てしまったんだよ」

「はあ。ファールス山ってバルバロッサ様が行きたくなるような観光地なんですか」

「はは。年寄りは山や川が好きだからね。まあ、君も私くらいの歳になればわかるよ」


 困惑するサムソンに、バルバロッサが豪快に笑う。すらりと背を伸ばして、リロイの顔を見つめた。


「剣聖探しは順調に進んでいるようだね。よかったじゃないか」

「はい。でも、剣聖さんの居場所が完全にわかったわけじゃないし、これって順調って言えるんですかね」

輪郭りんかくだけでもつかめてきているんだから、順調そのものだよ。さすが、迅雷の娘だ」


 バルバロッサが大きな手を出して、リロイの頭をなでてくれる。リロイは頬を赤くした。となりに座るサムソンが「誉めるとつけ上がりますよ」と言った。


 陽がだいぶ昇ってきたころに、従騎士のカドールがバルバロッサの前でかた膝を立てた。


「バルバロッサ様。そろそろお時間です」

「ん。そうか。わかった」


 バルバロッサは立ち上がると、「がんばって剣聖を探すんだよ」と言って馬車に入っていった。馬にまたがるウェザレフがにこっと微笑んで、リロイとサムソンに手をふってくれた。


 たくさんの騎士たちに囲まれた馬車を、リロイは茫然とながめる。


 ――おじ様が治めるゲント領は王宮の北にあるのに、おじ様って旅するのが好きなのかな。





 山道を登りきると、木々が開けた土地が広がっていた。森に囲まれた町は、木ででできた家屋がたくさん並んでいる。


「やっと着いたあ」


 『ヤウレ』と書かれた門をくぐって、リロイはかばんを地面に落とす。サムソンは「あちー」と言いながら、手傘で顔を隠した。


「宿を探すには時間がまだ早いな。昼飯を食う前に、剣聖について聞きまわってみるか?」

「そうね。うーん、だれにしようかな」


 リロイが首をきょろきょろさせると、背中を曲げた老婆が通りのまん中を歩いていた。リロイは小走りで駆けていった。


「あのお、すみませーん」


 杖をつく老婆はふり向くなり嫌な顔をした。


「何だい」

「あの、このあたりでレオンハルトさんっていう人をご存知ないですか」

「さあ、知らないね」


 老婆は「ち」と舌打ちして、リロイに背を向けてしまった。サムソンも駆け寄って、首をかしげた。


「何だ、あのばあさん。ずいぶん機嫌悪いな。ロイ、もしかして年齢のことでも聞いたのか?」

「そんなこと聞くわけないでしょ。あんたじゃあるまいし」


 中央通りには数人の姿が見えるが、だれもリロイに目を合わせようとしない。リロイが近づくと、そそくさと立ち去ってしまう。


 ――何よ。あたし、別に悪いことなんてしてないじゃない。


 リロイはむっとして、腰に手をあてた。


「酒場よ。情報収集するんだから、町の人に聞くんじゃなくて酒場に行きましょ」


 剣呑な視線を送ってくる町人を無視して、リロイは中央の通りを闊歩した。

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