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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
三章 魔術都市カジャール
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30

 あかつきのころ、リロイとサムソンは大病院のベッドのとなりに座っていた。嵐がすぎた後の室内は、ベッドや椅子が横転している。


 リロイは白く小さな手をぎゅっとにぎっている。サムソンも固唾かたずを呑みながら、となりで背をのばしていた。


 ふたりの視線を受けて、ベッドに横たわっているプリシラのまぶたが、ゆっくりと開いた。


「プリシラあ!」


 リロイは涙を流してプリシラに抱きつく。プリシラは青い目を動かして「ど、どうしたのお」とつぶやいた。


 サムソンはゆっくりと起き上がった。


「お前はレイスにやられて、二日間気を失ってたんだよ」

「えっ。ふ、二日間も……?」

「ん。まあ、寝てたやつに言ってもわかるわけねえか」


 眼鏡をかけていないプリシラは、眉間にしわを寄せた。リロイは彼女の両肩を強くにぎった。


「プリシラ、だいじょうぶ? どこか、具合悪いところはない?」

「う、うん、多分……。でも、プリシラには何のことだかさっぱり……」

「んもう、とぼけちゃって。でもそこが可愛い!」


 首をかしげるプリシラに、リロイはまた抱きついた。背中を何度も叩くと、プリシラが「い、痛いってばあ」と呻いた。


 それからソフィアの丁寧な説明を受けて、プリシラはやっと状況を理解した。学校の他の先生や生徒たちも、無事に意識をとり戻したようだった。


 朝日が昇るとともに病人たちが意識をとり戻して、静かだった大部屋が歓喜につつまれた。ベッドの向こうで腕を組むジェイクが、白い歯を見せて笑った。


「色々あったが、これで一件落着だな。がっはっはっは」

「それにしても、ゾンビやスケルトンはどこに消えたのかしら。昨日の夜はあんなにたくさんいたのに」


 ジェイクのとなりでソフィアが頬杖をつく。リロイはサムソンと見合わせて、にやりと笑った。


 サムソンが腰に手をあてた。


「ソフィア先生さ。ゾンビとスケルトンは消えたんじゃなくて、慰霊祠いれいしに封印されたんだよ」

「えっ。でも、ムーア人の慰霊祠はどこにあるのかわからないのよ。それをあなたはどうやって――」

「それが、何とかなっちゃったんだなー」


 サムソンは「むふふ」と笑って、ソフィアにVサインを出す。リロイもにやにやして、サムソンの肩に手を置いた。


「サムの言ってることは本当よ。ねえ。サム」

「そうそう。おれっていうかっちょいい英雄によって、悪霊どもは再び壷の中に封印されたんだとさ」

「うんうん。サムが封印してくれたから今のあたしたちが……て、ちょっと待てい!」


 リロイは立ち上がって、サムソンの頭にげん骨を落とした。サムソンもすぐに起き上がって、「てめえ!」とリロイの肩をつかんだ。


 けんかするふたりを、ジェイクは呆れながら指差した。


「おいおい。こいつら、一日で都市伝説を解いちまったのかよ」

「……のようですね」


 ソフィアも肩を落として、口をひくひくさせた。





 リロイはサムソンとプリシラを連れて、この間に訪れた喫茶店に入った。お昼時の店内には、若いカップルや家族連れでにぎやかだった。


「ロイちゃんはあ、明日にもう出発しちゃうんだよね」


 運ばれたサンドイッチを食べながら、プリシラがリロイをじっと見つめる。リロイは頭の後ろに手をあてた。


「うん。プリシラも元気になったし、そろそろ剣聖さんの捜索を再開させなきゃ、相手に愛想つかれちゃうわ。ほんと、ごめんね」

「ううん。ロイちゃんは強くなるために家を出たんだもん。プリシラもロイちゃんの邪魔したくないし。プリシラもロイちゃんを応援してるから」

「うん……ありがと」


 リロイは目に涙を浮かべて、プリシラに抱きついた。対面に座るサムソンが耳に指を入れて、中をほじくった。


「おいおい。店の中で辛気くせえことすんなよ。他の客が見てるだろ」

「うるさい! いいところなんだから、あんたは黙ってなさいよ」


 リロイはふり向いて、テーブルをどんと叩く。サムソンがうすら笑いを浮かべた。


「いいところって、おい。女同士で抱き合って何が楽し……あ、もしかしてお前ら、そっちの気があんのか?」

「うるさいうるさい! いい加減にしないと、本気でしばくわよ!」


 リロイがテーブルの上のスプーンやナプキンを投げると、サムソンが「や、やめろよ」と悲鳴をあげた。


「あんたなんて、もうついて来なくていいわよ。替わりにプリシラをつれてくから」

「えっ。ロイちゃん。ほんとお?」


 プリシラは眼鏡をずらしながら、目をきらきらと輝かせる。テーブルの向こうでサムソンが立ち上がった。


「お、お前、何勝手に決めてんだよ! ていうかプリシラ! すっかり乗り気になってんじゃねーよ」


 ぎゃーぎゃーと喚くサムソンを置いて、リロイは喫茶店を後にする。空はよく晴れていて、日差しがとても強い。リロイは手で傘をつくって、まぶしい光を遮った。


 カジャールの大通りはたくさんの人が行き交っている。長いスカートを穿いた女性や子連れの父親の姿を見て、リロイは頬をゆるませる。学校がある方向を見つめると、黒いローブをはおった怪しい楽団がもぞもぞと動いていた。


 ――一時はどうなるかと思ったけど、もとの通りに戻ってよかった。


 リロイがぼうっとしていると、赤いマントをはおった男性が通りすぎた。


「ああ! そういえば」


 突然あがったリロイの声に、後ろのサムソンが大きく仰け反る。


「だからよお。いきなり変な声出すなっつってんだろ」


 嫌な顔をするサムソンを無視して、リロイは赤いマントの男性をじっと見つめる。茶色の短い髪はぼさぼさで、手入れが全くされていない。


 リロイはふり返って、サムソンの両肩をつかむ。そのまま何度も上下にゆさぶった。


「あたし、昨日、学校でエメラウス様を見たのよ!」

「はあ? エメラ――キザ男が何でカジャールにいんだよ」

「そんなの知らないわよ。でも昨日、確かに見たの! 本当よ」

「本当よって言われてもなあ。あんにゃろうは近衛このえ騎士団長なんだから、今ごろは王宮の奥で薔薇ばらでも持って『どこにも行かないでおくれ』とかほざいてんじゃねえの?」

「だ、か、らあ! あたしの前でエメラウス様のものまねするなって言ってんでしょーが! このくされど変態ブラコンチビ助!」

「ブ、ブラコンって意味わかんねえし!」


 サムソンが顔をまっ赤にして怒鳴る。リロイも拳を堅くにぎって歯ぎしりしたが、はっとわれに返った。リロイは拳を降ろして青空を見上げた。


「えっと、いつだったかなあ。前も街中でエメラウス様を見かけたのよ」

「単なる見間違えじゃねえの?」

「う……まあ、そうかもしれないけど、気になるじゃん。そういうのって」

「どうだかなあ。公衆の面前でこっぴどくふられちったもんだから、ついに妄想になってあらわれちったんじゃねえの? うわっ、妄想癖とか気持ち悪っ」

「も、妄想なんてするわけないでしょ! どうしてあんたはいつも、変な方向に発想を飛躍させるのよ!」


 リロイが胸倉をつかむと、サムソンもいきり立ってリロイの肩をつかんできた。口げんかするふたりの後ろで、プリシラが気まずそうにうつむいた。





 次の日、街の南東にある水星の外門をリロイとサムソンは見上げた。石が積まれた城壁は、今日も静かにたたずんでいる。


「ロイちゃん。剣聖さんを探すの、がんばってね」


 旅立つリロイに、プリシラが送り迎えにきてくれた。プリシラは外門の下で胸の前に手をあてている。リロイは大きくうなずいた。


「剣聖さんにたくさん技を教わって、うんと強くなって帰ってくるわ」

「うん。サムも気をつけてね」

「へいへい」


 サムソンは頭の後ろに両手をあてて、大きなあくびをかいた。プリシラのとなりでうつむいていたソフィアが、真剣な顔でリロイを見つめた。


「リロイさん。私もあれからムーア人の封印と慰霊祠について調べてみたんだけど、妙なことがわかったわ」

「妙な……?」


 リロイは首をかしげた。ソフィアがこくりとうなずく。


「ムーア人の封印がどうして急に解けてしまったのか、ずっと不思議に思ってたんだけど、その原因に街の結界が関係しているみたいなのよ」

「結界が……? この間結界が壊されちゃったから、封印が解けちゃったってこと? でも、街の結界は外から魔物が入ってこれないようにするためにあったんですよね。封印とは関係ないような気が――」

「そこが間違いなのよ。街に結界が張られている本当の理由は、封印の力を強めるためだったと、文献に書かれていたのよ」

「封印の力を強めるため」


 リロイはあごに手をあてて考える。すると脳裏にある考えが浮かんだ。


「もしかして、街が大きな魔法円になってるっていうのも、そのため」

「そうよ」


 ソフィアはリロイの言葉を待たないで大きくうなずく。視線を落として、表情を険しくする。


「木星の外門の結界石を壊した犯人は、まだ捕まっていないわ。これから大体的に捜索が行われると思うけど、もしかしたらもう街を出ているかもしれない」


 ソフィアが決然と顔を上げた。


「旅は決して楽しいことばかりではないけれど、ひたむきに前を歩いているあなたたちを神は見離したりしないわ。くれぐれも身体には気をつけて、私も陰ながら見守っています」

「はい」


 リロイとサムソンは背を正してソフィアにうなずいた。東の山陰から出た太陽がゆっくりと昇り始めていた。

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