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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
一章 リロイの決断
3/81

「ロイちゃん、がんばってえ」

「リロイ、そこだあ! もっと斬りこめえ!」


 プリシラとブレオベリスの声が歓声に混じっている。リロイの果敢かかんな攻撃に会場はわき、たくさんの声援がリロイとエメラウスにそそがれる。


 大地を揺るがすほどの歓声につつまれながら、リロイの視界には銀色の鎧を着たエメラウスしか映らない。


「エメラウス様、お命ちょうだいします!」

「フフッ。さすがにお命はあげられないよ」


 エメラウスは軽いステップを踏みながら、あふれんばかりの優しくて甘い笑みをつくっている。その後をリロイが必死に追う。


 ――引き離されたらエメラウス様の間合いになっちゃうわ。今のうちに勝負を決めなきゃ。


 額にひと筋の汗が伝う。リロイは素早く顔をぬぐって、スキアヴォーナの柄をにぎりなおした。


 エメラウスはにこにこと笑みを浮かべながら、右手にバスタードソードをぶら下げている。その表情から、殺気や闘争本能は感じられない。だがリロイが剣を払うと、エメラウスは木の葉のようにひらひらと逃げてしまう。


 剣をふるっているうちに、だんだんと息が苦しくなってきた。右腕もだんだんと重くなってきて、リロイは剣をふるうのが億劫おっくうに感じてきた。


 剣をふって何度目だったのか、不意に『ガキン』と鈍い金属音が聞こえてきて、リロイはわれに返った。スキアヴォーナの刃が、短いダガーの刃と交差していた。


「――えっ」


 リロイが唖然とする目の前で、エメラウスは急に右手をはなして、バスタードソードを投げ捨てた。右手をのばしてきて、リロイの右手首が強い力でつかまれる。


「い、痛っ――!」


 あまりの激痛に手からスキアヴォーナが落ちる。そのままリロイは右腕を後ろにまわされて、はがい絞めにされてしまった。


 気がつくと、リロイの首に鋭い何かがあたっている。リロイがおそるおそる見降ろすと、ダガーの切っ先が太陽の光を反射していた。


「僕が野盗だったら、君はここでジ・エンドだね」


 エメラウスは左手のダガーをにぎりながら、不敵な笑みを浮かべた。





 審判がエメラウスの右手を持ち上げている。突然の勝敗に、リロイの頭がついていかない。


 ――自分の間合いを保って戦いを進めていたはず。なのにどうして……


 茫然としながら、リロイは地面を見下ろした。その先に、スキアヴォーナの白い刀身と金色のかごが光っている。


「リロイ君。なかなか筋のいい剣さばきだったよ」


 エメラウスはにこっと微笑んで、右手を差し出してきた。「もう強くにぎったりしないから、安心して」と言いながら。


 その白いけれども少し太めの指を、リロイは両手でくるんだ。――ああ、何て温かい手なの。


「エメラウス様! きょ、きょ、きょ、今日は、ありがと、ございやした!」

「だ、だいぶ呂律がまわってないようだけど、平気かい?」


 エメラウスは若干引いていたが、今はそれどころではない。この高まる気持ちを伝えるのは今しかない。


 ――あたしはエメラウス様が好きです。


 それはいくら何でも直球すぎる。


 ――エメラウス様のために毎日お弁当をつくります。


 お弁当を毎日つくってどうする。


「リロイ君。どうしたの? 後がつかえているから、僕たちもそろそろ退場しよう」


 エメラウスは細く整った眉を少しひそめていた。横でじっとしていた審判の人も堪りかねて、「君」と言いながらこちらに走ってくる。


 ――ああ、何か言わなきゃ。


「あ、あたし、エメラウス様のためだったら、死んでもいいです!」


 その瞬間、どよめき立っていた会場にとても冷たい空気が流れた。人々はぴたっと動きを止めて、まるで時が止まってしまったのかと思った。


 渦中のエメラウスは左手で口もとをおさえて、眉間のしわをさらに深くした。


「すまないが、弱い女性には興味ないんだ」


 かたまる会場の中央で、リロイの時は本当に止まってしまった。





 その日の夕方、リロイは友達のプリシラやサムソンと一緒に、都サンテのレストランで夕食をいただいた。


 赤いじゅうたんが敷かれた高級感ただようレストランの丸いテーブルの上には、カルボナーラやらマルゲリータやらが置かれている。あつあつのリゾットを冷ましながら食べるプリシラのとなりで、リロイは石のようにかたまっている。


「ロイちゃん、食べないのお?」


 プリシラが心配そうにこちらを見つめる。


「食べる気力がわかねえです」

「早く食べないと、ご飯冷めちゃうよ」

「いいんです。ほっといてくださいっす」


 リロイは天井のシャンデリアをながめながら、滝のような涙を流した。


 正面に座るサムソンがマルゲリータをちぎりながら、「けっ」と舌打ちした。


「ったく、よりによって大観衆の前で堂々と恥ずいことしやがって。お前のせいでうちらまでじろじろと見られて、今日は散々だったわ」

「ちょっとお、サム、やめなよお」

「大恥かくなって言った矢先にかくなんて、どんだけお笑いの才能あんだよ。もしかしてあれか? 狙ってやってたんか?」

「サ、サムってばあ」


 プリシラがあたふたしながら、リロイとサムソンを交互に見ていた。


 リロイはあんぐりとしたまま、


「そうっす。ねらってやってたんす」


 と力なくこたえる。白目を剥いて、サムソンなんて視界にすら入らない。


 サムソンもやがて食事の手をとめて、深いため息をついた。


「だいたい、あんなキザ男のどこがいいんだよ。女に『マイハニー』とか平然と抜かしやがって、見てるだけで、ああ寒い、寒い!」


 サムソンは身体を萎縮させて、がたがたふるえる。それを見てプリシラが首をかしげた。


「でもお、エメラウス様って、宮廷じゃあ、すごい人気のある人なんだよお」

「けっ。やつの甘言にころっと騙されてる女が多いだけだろ? 宮廷の女も見る目ねえなあ」

「サムはあ、女性にかわいいかわいいって、頭なでなでされてるだけだもんね。もしかして、嫉妬してるのお?」

「してねえよ!」


 サムソンがテーブルを強くたたくと、プリシラは口に手をあてて笑った。


 となりで騒ぐ友人の楽しそうな声が、リロイの耳にむなしくひびく。リロイの周辺には、まっ白な壁がそびえて、ひとりの空間ができあがっている。


 『無様だ』というサムソンの言葉に、リロイはぐうの音も出ない。エメラウスに剣であっさり敗れて、しかも、その後のみごとなまでの失態。騎士見習いとして、女として、リロイは王国のどん底にいるといっても過言ではない。


 今日の武術大会で自分の名をあげるつもりが、逆に汚名を着せてしまった。父ブレオベリスと母のマリーは「また今度がんばればいいよ」と言ってくれたが、心の奥底では「ウィシャード家の恥さらしがっ」と思っているに違いない。


 自分どころか、先祖代々受け継がれてきた家名まで汚してしまって、とりかえしのつかないことをしてしまった。もう、騎士になるのなんてあきらめた方がいいのではないかと、リロイは思った。


 そんなとき、「だいたい、あのキザ男もよお」と語るサムソンの太々しい声がひびいてきた。


「……うるさい」

「は?」


 リロイはテーブルに手をついて立ち上がった。


「あんた、さっきから何よ! 黙って聞いてれば、エメラウス様のことをキザ男キザ男って。変な名前つけないでよ!」

「何をお!」


 サムソンも顔をまっ赤にして立ち上がった。


「あんな、『そんな顔を僕に見せないでおくれ』とか言ってそうなやつのどこがいいんだよ。キザキザしやがって、お前はよく切れる刃物かっての」

「うるさい! あんたみたいなチビに、エメラウス様の優しさなんて理解できるわけないわよ! あーあ、チビは心も小っさくて嫌ねえ」

「て、てめえ! どさくさにまぎれてチビとか言ってンじゃねえよ!」

「悪いのはあたしよ! あたしが弱くて情けない女だったから、エメラウス様に嫌われちゃったのよ。エメラウス様は何も悪くないわ」

「だったら、バーサーカーみたいな筋肉もりもり女になって、あのキザ男を見返してみろや。この筋肉脳みそ女!」

「な、何ですってえ!」


 リロイはメンチを切って、ぎりぎりと歯ぎしりする。サムソンも負けじと顔を近づけて、小さい右手をぷるぷるとふるわせる。その横でプリシラが「二人ともやめてよお」と、か細い声を出していた。


 ――このチビ助があ、ずけずけと言いくさりおってえ……!


 リロイはそっぽを向いて、レストランの出口に向かう。プリシラがあわてて後を追ってきたが、リロイは無視してサムソンをひとさし指でさした。


「あんたの要望に応えて、筋肉もりもり女になってやるからね。覚悟してなさいよ!」

「おーおー。イエティでもバブーンにでも、何にでもなれや」


 リロイは膨らんでいない胸を張って、のしのしとレストランの出口に向かった。その悠然とした背中を、プリシラは茫然としながら見つめていた。


「ロイちゃん、お勘定……」

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