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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
三章 魔術都市カジャール
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29

 ワイトが天井を見あげて、断末魔にあげるような叫号を発する。壮絶な悲鳴が部屋中にひびいて、リロイは両耳を手でふさいだ。


 ワイトの巨大な身体から黒い気が発せられている。その一部がワイトの身体から離れて、地面にぼとりと落ちた。水たまりのような丸い影から、白骨の手足があらわれる。右手には、鋭く尖った長剣がにぎられている。


「げ」


 ワイトの気から生まれたスケルトンは、「クカカカカ」と嘲笑しながらこちらに迫ってきた。長剣をふり上げて、リロイのスキアヴォーナと交差する。


「おわっ! こっちにも」


 後ろからサムソンの悲鳴が聞こえた。リロイがそっと目を向けると、二体のゾンビに囲まれたサムソンが杖をふり回していた。


 リロイは緊張している両手を引いた。スケルトンが前かがみに倒れこむ。がら空きになった横腹をリロイは蹴り飛ばした。


 リロイの左右と後ろに、ワイトの黒い気の塊が落ちる。塊は床に広がって、その中央からゾンビとスケルトンが召喚された。


 ――こいつ、自分の力でゾンビたちを生み出すことができるの……!?


 焦燥をよそに、ゾンビたちが腐った両手を突き出してくる。リロイはゾンビたちの間をすり抜けて、囲いの外に出る。スキアヴォーナを斬り上げて、ゾンビの両腕が床に落ちた。


 腕を切断しても、首を落としてもゾンビは起き上がり、リロイに体当たりをしてくる。左によけるとスケルトンの長剣が襲いかかってきて、ドレスの袖をかすった。


 リロイが剣をふりかぶった瞬間、天井から巨大な鉄拳が落下してきた。リロイはスキアヴォーナを下げて後ろに飛んだ。ワイトの拳がスケルトンの頭上に落ちて、スケルトンはばらばらに砕け散った。


「ロイ! た、助けてくれえ!」


 わきからサムソンの悲鳴が聞こえて、リロイはそっと視線をうつす。その先にあったのは、ゾンビたちに追いつめられて、部屋の隅でふるえあがっているサムソンの姿――!


「サム!」


 リロイは目を見開いた。あわててサムソンの元に駆け寄ったが、スケルトンたちが剣を持って立ちはだかる。


「もう! あんたたちは邪魔よ。どいてよ!」


 リロイはスキアヴォーナをむちゃくちゃにふるう。スケルトンたちは嘲笑しながら、スキアヴォーナを丁寧にかわす。スケルトンの反撃に遭い、前を進むことができない。


 後ろからゾンビに押されて、リロイが前に倒れる。鞄から水色の細長い瓶が落ちた。大きな音を立てて、床に透明な水とガラスの破片が散らばった。


「ロイ!」


 サムソンの悲鳴がひびいて、リロイはうつ伏せのまま顔を上げる。天井からものすごい速さで落下してくるのは、ワイトの巨大な右手。瞬きをすればとどいてしまう位置にあるワイトの手を、リロイはかわすことができない。


 ――もう、間に合わない。


 リロイは両目を閉じた。


 漆黒の闇がリロイをつつんでいる。目を閉じた世界は暗くて、一筋の光すら差しこまない。静寂の闇が広がっていた。


 静寂。


 さっきまでうるさかった室内は、どうしてか静かになっている。


 ――ボスの拳が落ちてこない。


 リロイは怪訝けげんに思いながら、恐る恐るまぶたを開いた。


 リロイの頭上、手を伸ばせばとどく位置にワイトの拳はあった。リロイの三倍はあろうかという拳は、宙に止まったまま落ちてこない。


 まわりであざ笑っていたゾンビやスケルトンたちも、リロイを包囲したまま立ち止まっている。両手はがくがくとふるえて、半歩下がっているやつもいた。


 リロイはむくりと起き上がった。見下ろすと、胸がびしょびしょに濡れていた。床には水がぶちまけられていて、ガラスの破片まで散らばっている。


 透明でほんのり水色がかかったガラスの破片を、リロイは拾った。


 ――この瓶は、プリシラといっしょに買って鞄に入れてた……聖水!


 リロイは鞄をもぞもぞさせて、二つの瓶をとり出す。さっと立ち上がり、聖水を頭の上に注いだ。冷たい水が首筋を伝い、胸の中に入ってくる。


「ロ、ロイ。お前どうした……」


 サムソンの声を背に、リロイは猛然と走り出す。さっきまで散々に邪魔してきたゾンビたちは、聖なる力を恐れて道を開ける。リロイは両手をにぎりしめて、部屋の奥に突撃した。


「どりゃあああぁぁ!」


 青白く光る魔法円の前で、ワイトは悄然と立ち尽くしている。正面から体当たりするリロイに「オ、オ」と力ない声を発するだけで、拳をふり下ろそうとしない。ワイトの股の下をくぐって、リロイは魔法円に足を踏み入れた。


 リロイは手を伸ばす。魔法円の中央に倒れている金色のつぼの取ってを引いて、両手で壷を持ち上げた。


「あんたたちはもう封じられなさい!」


 リロイはふり返って、壷の口を前に向ける。口から突然に強い力が生まれて、あたりの空気を吸引し始めた。


「す、吸いこまれるうぅ――!」


 サムソンの声とともに、ゾンビやスケルトンたちが壷に吸いこまれていく。巨大なワイトも引き寄せられて、左足から溶けるように入っていく。壮絶な悲鳴をあげて、ワイトも壷の中に収まった。


 黒い魂が地下室を充満する。外から引き寄せられたのか、悪霊たちのたくさんの魂が壷の中に入っていった。


 悪霊たちの魂が全て吸いとられて、壷からきらきらと輝く魂が浮き出てきた。聖なる魂は右に左に浮遊して、壁の向こうに消えていった。


 リロイは腰の力を失って、床にへたりこむ。両手から壷が落ちて床に転がる。サムソンは部屋の奥で茫然としていたが、われに返って壷に近づいた。聖なる魂が出切ってから、サムソンは壷に蓋をした。





 リロイは床に尻をつけたまま、しばらく茫然としていた。魔法円が輝く部屋は静まり返り、リロイとサムソンの息づかいしか聞こえない。


 リロイの前で、サムソンが黄金の壷をずっと手にしている。左手で蓋をおさえて、険しい表情で壷を見つめていた。


 サムソンが顔をあげてリロイを見つめる。リロイもかける言葉がなく、サムソンの大きな目をじっと見つめていた。


「え、えへ、えへへ」

「へへ、へへへ」


 サムソンの口もとがゆるくなる。険しかった眉間もゆるんで、サムソンの顔は「えへへ」とだらしない表情になった。


「もしかして、おれら、勝っちまったのか?」

「その、もしかしてがまんまと実現しちゃったんじゃないの?」


 リロイもにやにやと笑って、壷の腹を両手ではさむ。しっかりと閉められた壷を見下ろして、サムソンと大声で笑い合った。


「いやあ。一時はどうなるかと思ったぜ」


 サムソンはのっそりと立ち上がって、首の後ろを掻く。リロイはうすら笑いを浮かべながら、サムソンを指で差した。


「あんたさっき、ゾンビに囲まれて『助けてくれえ!』って叫んでたでしょ。男なのにかっこ悪っ」

「うるせえなあ。お前だって床にずっこけて、『やべっ!』て顔してたじゃねえかよ。大事な場面でヘマすんなよなー」

「う、うるさいわよ! それだったらさっき、『ブレイズウォール!』とかとなえてた炎が消えちゃって、もうだめだあって顔してたじゃないのよ! この根性なしの役立たず!」

「こ……! て、てめえだってボスが出てきて相当びびってたじゃねえか! お前だって根性なしで口先だけでさらに使えない女だろうがっ」

「な、何ですっ――」


 リロイがいきり立とうとしたところで、部屋の外から物音が聞こえた。リロイはふり上げた拳を下ろした。


「だ、だれ?」


 部屋の外の廊下から、階段を駆け上がる音が聞こえてくる。サムソンは黄金の壷を魔法円のまん中に置いて、リロイを目配せする。リロイは床に落ちたスキアヴォーナを拾って、さやに納めた。


 廊下に出て上の階段を駆け上がる。一直線の長い階段を上がって、リロイとサムソンは地下一階の廊下に出た。


 サムソンがランタンに火をつけて、あたりを照らす。暗闇の廊下に人の姿はない。サムソンは息を吐いた。


「何かの聞き間違いだったんじゃねえの?」

「そうだったのかなあ。その割にははっきり聞こえたけ――」


 リロイが言い切ろうとしたとき、上の階から鎖がこすれる音がして、リロイとサムソンは縮こまる。リロイは目に力をこめて、一階の階段をあがった。


「ロイ! 待てって」


 サムソンの声を背に、リロイは一階の長い廊下を走る。夜目が効いているのか、窓から差しこむ月の光のおかげなのか、明かりがなくても夜の廊下を走ることができた。


 廊下を抜けてリロイはロビーに出た。だれもいないはずのロビーだが、あたりを見わたしてリロイは違和感を覚えた。妙な匂いがして、リロイはロビーの空気を嗅いでみた。


 ――何なの、この甘い香りは。……花の、王宮で嗅ぐ花の香り?


 ロビーの大きな扉は開け放たれている。ロビーから正面の校門までは一直線につながっている。遠くの校門が静かにたたずんで――


「あ! あれ」


 リロイは声をあげながら外に出た。


 遠くの校門に走り去っていくのは、一頭の馬。あぶみの上には、流れるような金色の髪をなびかせる長身の男性が乗っている。肩からはおる真紅のマントが夜風になびいていた。


「お、お前なあ。あんだけ走りまわってたのに、何でそんなに元気なんだよお」


 文句を言いながら、後ろからサムソンがやってきた。右手に持つランタンを地面に置いて、はあはあと息を切らしていた。


 リロイはぺたりと座りこむ。緊張の糸が一気にほつれて、リロイは放心してしまった。


 ――そんな……エメラウス様が、どうして……

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