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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
三章 魔術都市カジャール
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 地下に続く階段を降りて、リロイは地下一階に足を踏み入れる。あたりはまっ暗で、夜目をこらしても前がほとんど見えない。


 となりでサムソンがごそごそと動く。しばらくしてから「ぼっ」と音を立てて、ランタンのロウソクに火がつけられた。


 リロイは肩にかけているかばんをかけ直した。


「ここがうわさの悪魔の地下室ね。ゾンビたちのほこらはどこにあるのかしら」

「それもいいけど、やつら、下に降りてこないな。何でだろう」


 サムソンは階段を見あげる。上の階からゾンビたちの鳴き声がひびいてきた。サムソンは唾を呑んだ。


「こういう場所に、ボスが大抵待ちかまえてるんだよな」

「ボスがいようがいまいが関係ないわ。さっさとレイスたちを封じこめて、プリシラを元に戻してもらうわよ」

「お前って、変なところで肝が据わってるよなー」


 暗闇を闊歩かっぽするリロイに、サムソンが茫然とつぶやいた。


 廊下の壁には木製の扉がついている。リロイはほこりっぽいドアノブをにぎって、前にそっと押し開けた。部屋には鉄の鎧や木の大きな教材が置かれていた。


 扉を閉めて、リロイはとなりの部屋をのぞく。ランタンの明かりに照らされた室内は広く、がらんとしていた。


「ロディとキニスンと探索したときも部屋を片っぱしから調べたけど、それらしい部屋はなかったぜ」


 サムソンの声を背に、リロイは次の部屋をのぞく。首をきょろきょろさせてみたが、長い机がならべられている以外に目を引くものはなかった。


 リロイは腰に両手をあてた。


「悪魔の地下室って言われても、漠然としすぎててわからないよね。ねえ、サム。悪魔の地下室ってどんな話なの?」

「えっと、暗黒の地下室に凶悪な悪魔たちが封じられていて、迷いこんだ生徒を食らいつくすとか、いかにもな話だよ」

「それだけ? 他には情報ないの」

「さあなー。おれらは現場を探すことしか興味なかったから、話の中身なんて覚えてねーよ」

「ええっ。それじゃ探し出せないじゃない。このスカポンタン!」

「ス、スカポンタン!? そんなん言ってるやつ初めて見たぞ」

「あたしも初めて言ったわ!」


 口げんかをしながら、リロイとサムソンは扉を片っぱしから開けていく。室内をくまなく見わたしてみるが、教室と物置しかなかった。


 リロイが階段の前でげんなりしていると、昇り階段のとなりに黒く長いものが貼ってあった。リロイの背中に冷たい何かが走った。


 ――さっきからこんなものがあったかしら。


 そっと近づいてみると、ドアノブがついた扉だった。中央には五芒星の古ぼけた印が描かかれている。


 ドアノブを押すと、下に続く階段があった。階段の底は暗闇で、奥がまったく見えない。ランタンの明かりで照らしても見ることはできなかった。


 リロイは半歩下がって、サムソンにふり返る。サムソンが静かにうなずいた。





 長い階段を降りると、一本の廊下がまっすぐにのびていた。高い壁に挟まれた通路の奥が青白く光っている。「オオオ」と怖気が走るような悲鳴も混じっている。


 リロイはふるえる足を叩いて、さやからスキアヴォーナを抜いた。青白い光を受けて、刃が妖しい光を放つ。両手でかしの杖をにぎるサムソンを目配せして、リロイは前に向かって駆けた。


「ついに見つけたわよ! か、観念しなさい」


 リロイとサムソンが部屋になだれこむ。教室より広い部屋は、床が青く輝いている。奥に五芒星の魔法円が描かれていて、あふれんばかりの光を放っていた。


 金色に輝くつぼが魔法円の中央に倒れている。口から黒い魂と悲鳴が洩れていた。


 リロイの頬に一筋の汗が伝う。


「あの壷が封印の鍵のようね。蓋を閉じれば、レイスたちは封印されるはずよ」

「よし。さっさと蓋を閉じちゃおうぜ」


 言いながら、サムソンが小走りで壷に近づく。足もとの魔法円に近づいた瞬間、サムソンの身体が後ろに吹き飛んだ。


「サム!」

「な、何だ!?」


 リロイの足もとでサムソンが尻をつける。赤く腫れた頬をさすって、「いてー」と言葉を洩らした。


 悪霊たちの悲鳴が強く大きくなる。壷からあふれる魂が部屋の中央に集まり、人の形を成していく。太い四肢を生やしたそれは、影の巨人となってリロイの前に立ちはだかった。


「こ、こ、こ、こ、こいつが、レイスたちの、ボ、ボ……」

「おい、ロイ! しっかりしろよ」


 怖がるリロイの顔に漆黒の拳が迫る。リロイはわれに返って左に飛ぶ。拳は後ろの壁を砕いて、石の破片を床に散らばらせた。


 ――ここまできて何びびってんのよ! しっかりしろよ、あたし!


 リロイは左手で胸のまん中を叩いた。どんっと強い衝撃が心の中心を打ち、沸き上がっていた焦りを鎮める。リロイは左手を柄の頭にあてた。


「でやああぁ!」


 スキアヴォーナを大きくふり上げて、影――ワイトに斬りかかる。刃はワイトの大きな右足をとらえ、ばっさりと両断――


 ――は、刃がすり抜けた……!?


 困惑するリロイの身体をワイトが蹴り上げる。後ろに吹き飛ばされて、リロイの背中が壁に叩きつけられる。


「ロイ! 平気か」


 血相を変えるサムソンにワイトの拳が迫る。サムソンが横に飛ぶと、黒く大きな拳が床を粉砕した。


 リロイはスキアヴォーナを持ち直した。ワイトは骸骨の口から「オオオ」と嗚咽おえつの声を洩らしながら、左足を前に出す。右手を突き出して、リロイを攻撃してきた。


 拳が顔にあたる瞬間、リロイは右に飛んで攻撃をかわす。腰をひねってスキアヴォーナを水平に払った。が、刃はワイトの黒い腕をすり抜けて、リロイは足を踏み外してしまった。


「くそ! こいつの身体はどうなってやがんだ」


 影の拳をかわしながら、サムソンが悲鳴をあげる。杖で黒い拳を叩いているが、杖はまんまとすり抜けてしまう。


 じりじりと後退しながら、リロイとサムソンは部屋の隅に追いつめられていく。スキアヴォーナをかまえるリロイのこめかみに、一筋の汗が伝う。


「ねえ。サム。こいつの身体はどうなってんの?」

「わからねえ。こっちが攻撃するとすり抜けるくせに、やつの拳はあたっちまうんだ。自分が攻撃するときだけ実体化するなんて、都合よすぎだぜ!」

「でも、あいつは影の存在よ。影が攻撃できるわけないじゃない!」

「そんなの、おれは知らねーよ!」


 リロイとサムソンの眼前を、ワイトの大きな拳が迫ってくる。ふたりがあわてて左右に逃れると、拳が壁にめりこんだ。


 サムソンは杖の先を動かす。床に小さな魔法円を描いて、その中心を突いた。


「ブレイズウォール!」


 叫号とともに床から赤い炎が燃え上がった。炎は左右に広がり、サムソンの前に赤い壁が形成される。


 炎の壁は轟然と音を発しながら、ワイトを包みこ――


「ああ! 炎が……!」


 リロイの右手が下りて、スキアヴォーナの切っ先が床を擦る。サムソンがとなえた炎の壁は、ワイトに接触すると消失してしまった。


 ワイトは天井をあおいで、悲鳴に似た声をあげる。両手をぷるぷるとふるわせて、怒り狂っているのが手にとるようにわかった。ワイトが床を勢いよく叩くと、床がびしびしと割れた。


「きゃあ!」


 床が大きくゆれて、リロイは尻もちをついた。手からスキアヴォーナが落ちて床に転がる。「痛ったあ」と尻をさするリロイの頭上から、ワイトの大きな拳が落ちてきた。リロイは床を転がりながら、拳をかわした。


 床に落ちるスキアヴォーナを拾って、リロイはすぐに起き上がる。赤い唾を吐き出して、暴走するワイトを見あげた。


 ――剣も魔法も通じないやつを、どうやって封じたらいいの……! プリシラ、教えて。


 スキアヴォーナの柄をにぎりしめる。リロイの前でたたずむワイトの影の身体から、どす黒い空気が放出されていた。

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