27
学校の大きな扉を開けて、リロイとサムソンはロビーに足を踏み入れた。
「おじゃましま~す」
だだっ広いロビーにリロイの声がひびきわたる。丸いテーブルが置かれたロビーは静かで、人気がまったくない。隅に置かれた観葉植物の葉が、ゆるやかにゆれている。
リロイはそっと息をはいた。
「だれもいなくて好都合だわ。早く祠を探して――」
「夜の学校で人がいるわけねえだろ」
サムソンの突っこみに、リロイははっと口を閉じる。サムソンはにんまりした。
「怖いんだったら、無理しなくてもいいんだよお?」
「べ、別に怖くなんかないわよ。あんたこそ、あたしの足を引っ張らないでよね!」
「はあ? 学校入る前から怖がってるやつに言われ――」
その瞬間、ロビーの左からがたっと物音がして、サムソンは肩をびくつかせた。しばらくの沈黙の後、リロイはサムソンの腕を引っ張った。
「怖かったら、いつでも言っていいのよー」
「ぐっ……。この野郎」
観葉植物のとなりに、ガラスでできた円柱の形のランタンが置いてあった。カップのような形のロウソクに火をつけると、暗いロビーを弱々しく照らした。
サムソンが左手にランタンを持って、廊下をゆっくりと歩く。
「こっからどうやって慰霊祠を探すんだ?」
サムソンと腕を組みながら、リロイは足もとを見下ろす。ロウソクの光が数歩先の床を照らしている。
「教室を片っぱしから捜索、てのはきびしいよね。やっぱ」
「そりゃ、きびしいわな」
「うーん。とりあえず、手がかりがなきゃ探しようがないわ。図書室に行ってみようよ」
サムソンが足を踏み外してずっこけた。
「おいおい。図書室に慰霊祠の情報なんてあるかよ。お前までソフィア先生みたいなこと言うなよお」
「そんなこと言ったって、他にあたる場所なんてないでしょ。不満があるんだったら、あんたもいい方法を考えなさいよ」
「へいへい。ロイ先生の意見に従いますよー」
リロイたちは階段をあがって、二階の奥へと足を運ぶ。廊下の行き止まりに扉があって、開けると図書室につながっていた。
そっと扉を開けると、無人の図書室がランタンの明かりに照らされた。入り口近くのテーブルと椅子は視認できるが、ずらりとならべられている本棚の間は暗くて見えない。
「い、いつでも剣を抜けるようにしとけよ」
「うん」
固唾を呑んで、リロイとサムソンは図書室に入った。室内は静かで、物音ひとつしていない。その静けさが気味悪く、リロイの恐怖心をあおり立てる。
リロイはサムソンの腕をしっかりとつかんで、本棚の間に身体をすべらせる。明かりに照らされた本の背を見ると、どうやら文学の本がならんでいるようだった。
「昔にあった出来事を調べるんだから、歴史の分野になるのかなあ」
サムソンはつぶやきながら、突きあたりを左に曲がる。左奥の歴史のコーナーをランタンで照らして、本の背表紙を物色する。
下の段に『カジャールの歴史』という本が目につき、リロイはそっとかがんで本をとり出した。冒頭から一ページずつめくってみたが、書かれているのはカジャールの発展の経緯のみで、ムーア人のムの字すら見つからない。
「レイスたちを封じたことが書かれてるんだから、魔術やオカルトのコーナーにあるんじゃないの?」
「そうかあ? 戦争が関わってるんだから、調べるんだったら社会の分野だろ」
文句を言い合いながら、魔術と社会のコーナーを行ったり来たりしてみるものの、ムーア人と慰霊祠に関する本は見つからなかった。
人気のない図書室の中で、時間だけがすぎていく。
――図書室で何もつかめないんだったら、他にどこをあたればいいのかしら。夜の学校に先生なんていないし……
本棚をくまなく調べながら、リロイは神にすがる思いで本の背を引く。だが、手にとるのはエレメントをまとめた参考書だったり、いかがわしいグリモア(魔術書)ばかりで、手がかりは見つからない。
肩を落としながら、リロイが椅子に腰かける。テーブルに目をやると、一枚の羊皮紙が置かれていた。
そっと紙をめくると、上の方に『学園七不思議』と大きな字で書かれていた。背中からぞわっと鳥肌が立って、リロイはあわてて紙を裏返した。
――こんなときに七不思議なんて思い出させないでよ! だれよ。こんな紙を置き忘れたやつはア……!
リロイは右手をぷるぷるとふるわせながら、こみ上げる怒りを鎮める。だが、七不思議の文字が脳裏に張りついて、早まる鼓動は鎮まらない。
――もう、七不思議なんてちっとも怖くないわよ! ……あれ? 七不思議? 七不思議って、ええと、確か……
リロイがはっと立ち上がろうとしたとき、肩に生暖かい何かが乗っかった。全身から鳥肌が立って、リロイの身体が石のように固まる。
リロイは深呼吸をした。
「サ、サムちゃーん。いたら返事してえ」
「だからあ、そのきもい呼び方はやめろって前にも言って――」
本棚の奥からあらわれたサムソンが、右手のランタンを落とした。「お、お、お、おま」とどもりながら、ふるえる指でリロイを差した。
リロイが恐る恐るふり返ると、肩の上にだれだかわからない顔があった。泥人形のような顔の眼窩から、まん丸の眼球が飛び出ていた。
「ぎゃあああぁぁ!」
リロイとサムソンはわれ先にと図書室を飛び出す。後ろからゾンビが腐った両手を突き出しながら、ものすごい速さで追ってくる。階段を駆け上がると、ゾンビは身体を這わせながら階段をよじのぼってきた。
三階の廊下をがむしゃらに走るリロイとサムソンの前から、白骨のスケルトンたちがあらわれる。「クカカカカ」と笑いながら、ロングソードやスピアをふるってきた。
「ずっと静かだったから、おかしいと思ってたんだよー!」
「だれよ! 学校に行こうって言ったやつはアー!」
「お前だろー!」
ロングソードやスピアをかわしながら、リロイとサムソンは廊下を駆けた。廊下の窓からゾンビが、教室の扉からスケルトンが次々とあらわれて、リロイの前をふさぐ。リロイはスキアヴォーナを払って、ゾンビたちを追い払った。
「サム! 学園七不思議ってどんなのがあるの?」
「が、学園七不思議ぃ!?」
サムソンは両手をふりながら、リロイの横顔を見つめる。
「こんなときに七不思議の話なんてすんなよ。変なもん思い出しちまうだろーが」
「冗談で言ってるんじゃないわよ! もしかしたら、七不思議に慰霊祠の秘密が隠されてるかもしれないのよ」
「七不思議に慰霊祠の秘密が……?」
階段を勢いよく降りながら、サムソンがうれしそうな顔をした。
「そうか! 行方が知れない慰霊祠と学園七不思議か。それ、もしかしたら大当たりかもしれねえぞ」
「あんた、前に学園七不思議のこと調べてたんでしょ? その中で怪しそうなのはないの?」
二階の教室に入って、リロイは扉を閉めた。廊下の奥からばたばたと音がして、ゾンビたちが走り去っていくのがわかった。
サムソンは扉の前で座って、右手の指で数え始める。
「……ええと、『呪われた古井戸』だろ。それに『出られない馬小屋』と」
「出られない馬小屋って、かなり適当な名前ね。他には?」
「他か? えっと、『恐怖の音楽室』に……あ、そうだ。『第三の聖堂』ってのもあったなー」
「第三の聖堂? それってどんな話?」
「ここの学校には西と東に聖堂があるだろ? それが実はもう一個あって、そこを見つけちまうと、魂をもっていかれちまうんだってよ。ひと月かけて探したけど、三つめの聖堂なんてなかったぜ」
サムソンのとなりで、リロイもじっと思考をめぐらせる。何か、慰霊祠につながる手がかりはないのか。
「これで四つ出たわね。他の三つは?」
「他のは……ええと、『呪われた古井戸』は言ったっけ?」
「最初に言ってたわよ」
「ん、そっか……前は七つ全部覚えてたんだけどな。……あ、『錬金術師の赤い部屋』ってのもあったな」
「その部屋ってどこにあるの?」
「四階の資料室のとなりだよ。入ってみたけど、物置みたいな、部屋だ――」
サムソンが口をひくひくさせる。教室の暗闇に、小さな火の玉が浮かび上がっていた。火の玉が中心に集まって、骸骨の頭と両手を生やして一体のラルヴァがあらわれた。
「やべっ! 逃げろ」
扉をこじ開けて、リロイとサムソンが教室を飛び出す。後ろからラルヴァが炎を立ち上らせながら、こちらに迫ってくる。
あわてて一階に下りると、あたりをうろうろしていたゾンビたちが息を吹き返した。リロイはスキアヴォーナをむちゃくちゃにふるって、強引に前を抜けた。
「これって、かなりやばいんじゃない?」
「やばいどころじゃねえだろ! 捕まったら土に埋められんぞ」
サムソンは大きくふりかぶって、杖でゾンビの頭を殴った。その後ろからゾンビが飛びかかって、サムソンは「うわあ!」と悲鳴を上げた。
「ねえ! 他の七不思議は!?」
「そ、そんなん知るかよ!」
サムソンは顔にたくさん汗を流している。リロイは走りながら、後ろをそっとふり返る。追跡する魔物たちはどんどん増えている。
――あんなのに捕まったら一巻の終わりじゃない。こんなところで死にたくないわよー!
息を切らせている眼前に、鎖で塞がれた降り階段が迫ってくる。リロイは走りながら階段を差した。
「サム! あれは何だったっけ」
「あ、あれは……『悪魔の地下室』だ! カジャールの悪霊が封じこめられているっつう」
「それよ!」
リロイは階段の手すりに手をあてて、勢いよく鎖を飛び越えた。