表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
三章 魔術都市カジャール
27/81

27

 学校の大きな扉を開けて、リロイとサムソンはロビーに足を踏み入れた。


「おじゃましま~す」


 だだっ広いロビーにリロイの声がひびきわたる。丸いテーブルが置かれたロビーは静かで、人気ひとけがまったくない。隅に置かれた観葉植物の葉が、ゆるやかにゆれている。


 リロイはそっと息をはいた。


「だれもいなくて好都合だわ。早くほこらを探して――」

「夜の学校で人がいるわけねえだろ」


 サムソンの突っこみに、リロイははっと口を閉じる。サムソンはにんまりした。


「怖いんだったら、無理しなくてもいいんだよお?」

「べ、別に怖くなんかないわよ。あんたこそ、あたしの足を引っ張らないでよね!」

「はあ? 学校入る前から怖がってるやつに言われ――」


 その瞬間、ロビーの左からがたっと物音がして、サムソンは肩をびくつかせた。しばらくの沈黙の後、リロイはサムソンの腕を引っ張った。


「怖かったら、いつでも言っていいのよー」

「ぐっ……。この野郎」


 観葉植物のとなりに、ガラスでできた円柱の形のランタンが置いてあった。カップのような形のロウソクに火をつけると、暗いロビーを弱々しく照らした。


 サムソンが左手にランタンを持って、廊下をゆっくりと歩く。


「こっからどうやって慰霊祠いれいしを探すんだ?」


 サムソンと腕を組みながら、リロイは足もとを見下ろす。ロウソクの光が数歩先の床を照らしている。


「教室を片っぱしから捜索、てのはきびしいよね。やっぱ」

「そりゃ、きびしいわな」

「うーん。とりあえず、手がかりがなきゃ探しようがないわ。図書室に行ってみようよ」


 サムソンが足を踏み外してずっこけた。


「おいおい。図書室に慰霊祠の情報なんてあるかよ。お前までソフィア先生みたいなこと言うなよお」

「そんなこと言ったって、他にあたる場所なんてないでしょ。不満があるんだったら、あんたもいい方法を考えなさいよ」

「へいへい。ロイ先生の意見に従いますよー」


 リロイたちは階段をあがって、二階の奥へと足を運ぶ。廊下の行き止まりに扉があって、開けると図書室につながっていた。


 そっと扉を開けると、無人の図書室がランタンの明かりに照らされた。入り口近くのテーブルと椅子は視認できるが、ずらりとならべられている本棚の間は暗くて見えない。


「い、いつでも剣を抜けるようにしとけよ」

「うん」


 固唾かたずを呑んで、リロイとサムソンは図書室に入った。室内は静かで、物音ひとつしていない。その静けさが気味悪く、リロイの恐怖心をあおり立てる。


 リロイはサムソンの腕をしっかりとつかんで、本棚の間に身体をすべらせる。明かりに照らされた本の背を見ると、どうやら文学の本がならんでいるようだった。


「昔にあった出来事を調べるんだから、歴史の分野になるのかなあ」


 サムソンはつぶやきながら、突きあたりを左に曲がる。左奥の歴史のコーナーをランタンで照らして、本の背表紙を物色する。


 下の段に『カジャールの歴史』という本が目につき、リロイはそっとかがんで本をとり出した。冒頭から一ページずつめくってみたが、書かれているのはカジャールの発展の経緯のみで、ムーア人のムの字すら見つからない。


「レイスたちを封じたことが書かれてるんだから、魔術やオカルトのコーナーにあるんじゃないの?」

「そうかあ? 戦争が関わってるんだから、調べるんだったら社会の分野だろ」


 文句を言い合いながら、魔術と社会のコーナーを行ったり来たりしてみるものの、ムーア人と慰霊祠に関する本は見つからなかった。


 人気のない図書室の中で、時間だけがすぎていく。


 ――図書室で何もつかめないんだったら、他にどこをあたればいいのかしら。夜の学校に先生なんていないし……


 本棚をくまなく調べながら、リロイは神にすがる思いで本の背を引く。だが、手にとるのはエレメントをまとめた参考書だったり、いかがわしいグリモア(魔術書)ばかりで、手がかりは見つからない。


 肩を落としながら、リロイが椅子に腰かける。テーブルに目をやると、一枚の羊皮紙が置かれていた。


 そっと紙をめくると、上の方に『学園七不思議』と大きな字で書かれていた。背中からぞわっと鳥肌が立って、リロイはあわてて紙を裏返した。


 ――こんなときに七不思議なんて思い出させないでよ! だれよ。こんな紙を置き忘れたやつはア……!


 リロイは右手をぷるぷるとふるわせながら、こみ上げる怒りを鎮める。だが、七不思議の文字が脳裏に張りついて、早まる鼓動は鎮まらない。


 ――もう、七不思議なんてちっとも怖くないわよ! ……あれ? 七不思議? 七不思議って、ええと、確か……


 リロイがはっと立ち上がろうとしたとき、肩に生暖かい何かが乗っかった。全身から鳥肌が立って、リロイの身体が石のように固まる。


 リロイは深呼吸をした。


「サ、サムちゃーん。いたら返事してえ」

「だからあ、そのきもい呼び方はやめろって前にも言って――」


 本棚の奥からあらわれたサムソンが、右手のランタンを落とした。「お、お、お、おま」とどもりながら、ふるえる指でリロイを差した。


 リロイが恐る恐るふり返ると、肩の上にだれだかわからない顔があった。泥人形のような顔の眼窩がんかから、まん丸の眼球が飛び出ていた。


「ぎゃあああぁぁ!」


 リロイとサムソンはわれ先にと図書室を飛び出す。後ろからゾンビが腐った両手を突き出しながら、ものすごい速さで追ってくる。階段を駆け上がると、ゾンビは身体を這わせながら階段をよじのぼってきた。


 三階の廊下をがむしゃらに走るリロイとサムソンの前から、白骨のスケルトンたちがあらわれる。「クカカカカ」と笑いながら、ロングソードやスピアをふるってきた。


「ずっと静かだったから、おかしいと思ってたんだよー!」

「だれよ! 学校に行こうって言ったやつはアー!」

「お前だろー!」


 ロングソードやスピアをかわしながら、リロイとサムソンは廊下を駆けた。廊下の窓からゾンビが、教室の扉からスケルトンが次々とあらわれて、リロイの前をふさぐ。リロイはスキアヴォーナを払って、ゾンビたちを追い払った。


「サム! 学園七不思議ってどんなのがあるの?」

「が、学園七不思議ぃ!?」


 サムソンは両手をふりながら、リロイの横顔を見つめる。


「こんなときに七不思議の話なんてすんなよ。変なもん思い出しちまうだろーが」

「冗談で言ってるんじゃないわよ! もしかしたら、七不思議に慰霊祠の秘密が隠されてるかもしれないのよ」

「七不思議に慰霊祠の秘密が……?」


 階段を勢いよく降りながら、サムソンがうれしそうな顔をした。


「そうか! 行方が知れない慰霊祠と学園七不思議か。それ、もしかしたら大当たりかもしれねえぞ」

「あんた、前に学園七不思議のこと調べてたんでしょ? その中で怪しそうなのはないの?」


 二階の教室に入って、リロイは扉を閉めた。廊下の奥からばたばたと音がして、ゾンビたちが走り去っていくのがわかった。


 サムソンは扉の前で座って、右手の指で数え始める。


「……ええと、『呪われた古井戸』だろ。それに『出られない馬小屋』と」

「出られない馬小屋って、かなり適当な名前ね。他には?」

「他か? えっと、『恐怖の音楽室』に……あ、そうだ。『第三の聖堂』ってのもあったなー」

「第三の聖堂? それってどんな話?」

「ここの学校には西と東に聖堂があるだろ? それが実はもう一個あって、そこを見つけちまうと、魂をもっていかれちまうんだってよ。ひと月かけて探したけど、三つめの聖堂なんてなかったぜ」


 サムソンのとなりで、リロイもじっと思考をめぐらせる。何か、慰霊祠につながる手がかりはないのか。


「これで四つ出たわね。他の三つは?」

「他のは……ええと、『呪われた古井戸』は言ったっけ?」

「最初に言ってたわよ」

「ん、そっか……前は七つ全部覚えてたんだけどな。……あ、『錬金術師の赤い部屋』ってのもあったな」

「その部屋ってどこにあるの?」

「四階の資料室のとなりだよ。入ってみたけど、物置みたいな、部屋だ――」


 サムソンが口をひくひくさせる。教室の暗闇に、小さな火の玉が浮かび上がっていた。火の玉が中心に集まって、骸骨の頭と両手を生やして一体のラルヴァがあらわれた。


「やべっ! 逃げろ」


 扉をこじ開けて、リロイとサムソンが教室を飛び出す。後ろからラルヴァが炎を立ち上らせながら、こちらに迫ってくる。


 あわてて一階に下りると、あたりをうろうろしていたゾンビたちが息を吹き返した。リロイはスキアヴォーナをむちゃくちゃにふるって、強引に前を抜けた。


「これって、かなりやばいんじゃない?」

「やばいどころじゃねえだろ! 捕まったら土に埋められんぞ」


 サムソンは大きくふりかぶって、杖でゾンビの頭を殴った。その後ろからゾンビが飛びかかって、サムソンは「うわあ!」と悲鳴を上げた。


「ねえ! 他の七不思議は!?」

「そ、そんなん知るかよ!」


 サムソンは顔にたくさん汗を流している。リロイは走りながら、後ろをそっとふり返る。追跡する魔物たちはどんどん増えている。


 ――あんなのに捕まったら一巻の終わりじゃない。こんなところで死にたくないわよー!


 息を切らせている眼前に、鎖で塞がれた降り階段が迫ってくる。リロイは走りながら階段を差した。


「サム! あれは何だったっけ」

「あ、あれは……『悪魔の地下室』だ! カジャールの悪霊が封じこめられているっつう」

「それよ!」


 リロイは階段の手すりに手をあてて、勢いよく鎖を飛び越えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ