26
リロイとサムソンは混乱する街を駆けた。見あげると、たくさんのレイスたちが夜空を浮遊していた。
地面から這い出てくるゾンビたちを相手にしながら、リロイはソフィアを探した。途中ではぐれてしまって問題なかったのかと、リロイの脳裏に不安がよぎる。
木に囲まれた公園から、かん高い悲鳴が聞こえてきた。聞き覚えのある声に、リロイは走る足を止める。ふり向くと、サムソンはこくりとうなずいた。
「先生!」
木の枝をかき分けると、頭をかかえながらしゃがみこむソフィアが目にうつった。そのまわりで、たくさんのゾンビたちが両手を突き出していた。
がたがたとふるえるソフィアの前で、ジェイクが木の棒を持ってかまえている。
「ヘルファイア!」
サムソンが大喝すると、炎の柱があらわれた。柱は轟然と燃え上がりながら、ゾンビたちに向かっていき、黒煙を立ち上らせた。
「でやああぁぁ――!」
リロイはスキアヴォーナをかかげて跳躍する。大きくふりかぶって、残るゾンビの唐竹を分断した。わきからジェイクが木の棒を払って、最後のゾンビを打ち払った。
「いやあ、生徒だったお前たちに助けられちまうとはなア」
ジェイクは額の汗をぬぐって豪快に笑った。ソフィアもすぐに立ち上がって、リロイの肩をつかんだ。
「リロイさん。だいじょうぶ? 怪我はしてない?」
「あたしはだいじょうぶだって。ソフィア先生こそ怪我してない?」
「私もだいじょうぶよ……って、もう! 生徒が先生の心配なんてしなくていいの」
ソフィアはぶすっと頬をふくらませて、リロイの頭を小突く。リロイは思わず苦笑した。
サムソンがふたりの間に入って、ソフィアの腕をつかんだ。
「ソフィア先生。遊んでる場合じゃねえよ。おれたち、先生を探してたんだ」
「私を?」
「うん。先生だったら、レイスたちをやっつける方法を知ってるんじゃないかと思ってさ」
「私が? レイスたちを倒す方法を……?」
ソフィアはしきりに首をかしげる。サムソンは足のつま先で、地面をとんとんとたたいた。
「先生さ、さっき話してたじゃん。レイスたちは、昔に殺された何とか人だって」
「何とか人って、ムーア人のこと?」
「そうそう! そのムーア人が……ええと、何だっけ。殺されてから化けて出るようになって、霊を鎮めたとか、何とかって」
「ムーア人を鎮めたのは、カジャールの慰霊祠だけど」
「それだ!」
サムソンは大声を出して、リロイにふり向く。リロイは静かにうなずいた。
「先生さ、その慰霊祠ってどこにあるの?」
「それが……」
ソフィアは言葉をにごして、後ろのジェイクを見つめる。ジェイクは二の腕で額の汗をぬぐった。
「その慰霊祠なんだが、実はどこに建っているのかわからないんだ」
「ええっ。まじで?」
ジェイクが腕を組んでうなる。サムソンはがっくりとうなだれて、地面にへたりこんだ。
「何だよ。それじゃあ来た意味ねーじゃん」
「窮地に立たされてた先生を助けといて、意味ねーとは何だ」
「だって、カジャールに長く住んでるジェイクだったら、何かいい情報を知ってると思ってたんだぜ。ちぇー」
「ちぇー、っておい! 黙って聞いてりゃ、平然とため口ききやがって。このくそがきが、しばいてやる!」
ジェイクがいきり立って棒をふり上げる。サムソンは急いで立ち上がって、かんかんに怒るジェイクから逃げた。
リロイが口を半開きにしているとなりで、ソフィアが顎に手をあてた。
「ムーア人の慰霊祠は、カジャールのまん中に建っていたって、うわさで聞いたことがあるけど」
「そうなの?」
「でも、カジャールのまん中には学校が建っているし、今まで祠なんて見たことないから、ただのうわさね。きっと」
ソフィアはふり向いて、にこっと微笑んだ。リロイは腕を組んで考える。公園の隅で、ジェイクに捕まったサムソンが棒でしばかれていた。
リロイは右手をにぎりしめた。
「そっか。先生、ありがと」
「ちょっと! リロイさん。どこに行くの」
「いいからいいから。先生は危ないから、ジェイクとどこかに隠れててね」
リロイは走りながら、後ろでおろおろするソフィアに手をふった。
リロイは大通りのゆるやかな坂道を駆け上る。その後をサムソンが息を切らせながら追う。
「ロイ! ちょっと待てって。こんなに急いでどこに行くんだよ」
「どこって、慰霊祠がある場所に決まってるじゃない。わかりきったこと聞かないでよね」
リロイがふり返ると、サムソンは肩で息をしていた。
「ちょっと。だいじょうぶ?」
「だ、だいじょうぶってなあ。今日はな、たて続けに呪文をとなえてるんだぞ。だいじょうぶなわけねーだろ」
「呪文をとなえるのって、そんなに体力を消耗するの?」
「体力っていうか、魔力を消費するんだよ。魔力は体力の十倍で換算されるから、呪文の詠唱一回で、剣を十回素ぶりした分の体力が消耗しちまうんだよ」
「ほんとお? そんなの聞いたことないけど」
「と、とにかく、ちょっと休もうぜ。じゃねえと、慰霊祠に着く前にくたばっちまう」
「もう、しょうがないわねえ」
リロイは腰に手をあててため息をついた。サムソンが「やっと休めるぅ」と言って、地面にへたりこんだ。
そのとき、リロイのまわりを三本の赤い線がとりまき始めた。
「な、何っ……!?」
赤い線は『ひゅう』と風が切れるような音を発しながら、リロイたちのまわりを輪舞する。リロイとサムソンがあわてて後ろに下がると、赤い線が三点に集約した。
宙に浮く火の玉から、骸骨の顔と両手があらわれた。それらは口と手を広げて、リロイに飛びかかってきた。
「きゃあ!」
リロイは両手で顔をおおいながら、横に飛んでかわした。急いでふり返ると、骸骨と両手がきびすを返してまた襲いかかってきた。
リロイは左足を強く踏みこむ。腰に手をあてて、スキアヴォーナを抜き放った。
「もう! ここはお化け屋敷じゃないのよ」
リロイは大きくふりかぶって、飛来する手を叩き落した。となりで、サムソンが樫の杖をにぎったままおろおろする。
「ロイ。こいつらはラルヴァっていうアンデッドモンスターだ。スケルトンの仲間で、冥府の獄炎をまとって、その炎で……」
「そんなうんちくはいいから、炎でさっさと焼き払っちゃってよ」
「だ、だめだ。こいつらは炎をまとってるから、炎の魔術は通じねえ。……ていうか、そもそもおれの魔力が残ってねえ!」
「んもう! ここぞというときに頼りにならないんだから。じゃあ、あんたも杖であいつらを叩き落してよ」
「て、てめえなあ! だいたいだれのせいでこんなに魔力が……て、うわあ!」
悪態をつくサムソンの足を、ラルヴァの手がかすった。
リロイは腰を落として、夜空をそっと見あげる。視線の先に浮遊しているラルヴァは三体。
ラルヴァは顔と手のまわりに炎を燃え上がらせながら、リロイに突撃する。頬や腕にかするたび、焼けるような痛みがこみ上げてくる。
スキアヴォーナの切っ先を前に出して、リロイは正眼のかまえをとった。向こうから、一体のラルヴァが口を大きく開けてきた。
「はっ!」
リロイは切っ先を前に突き出す。スキアヴォーナの鋭く尖った刃が、ラルヴァの口を貫いた。ラルヴァは勢いづいたまま剣の柄に到達し、リロイの手を噛んだ。が、そこで力つきてぼろぼろに砕けた。
二体のラルヴァが両手を広げて、地面を強く叩いた。そこから炎が燃え上がり、赭色の壁となってリロイに迫った。
リロイが左に逃れると、炎の壁はわきの空き家を呑みこんだ。炎はとなりの空き家に燃えうつり、あたりは炎の海と化した。
ラルヴァは夜空を飛翔し、両手から火の玉を放ってくる。火の玉が地面に落ちて、「ぼっ」と音をあげた。
「もう! いい加減にしてよ!」
リロイはスキアヴォーナをふりあげて、空高く飛び上がる。突撃してきたラルヴァの脳天をとらえて、頭をたてに両断した。
着地するリロイの後ろから、残るラルヴァが両手を広げて襲いかかってくる。
「ちきしょー! くたばれや」
サムソンは両手をふって、ラルヴァに突撃する。杖を両手でにぎりしめて、ラルヴァの頬を力いっぱいに叩いた。ラルヴァは粉砕されるとともに口から炎を出して、サムソンの足もとに火をつけた。サムソンは「ひぇ」と言って後ずさりした。
悪霊たちと戦いながら、リロイとサムソンは夜のカジャールを駆けた。いくら戦えども、悪霊たちの勢いは納まるどころか、逆に盛んになるばかりだった。
はあはあと息を切らせながら、レンガで敷きつめられた道をリロイは走った。左右にならぶ街路樹の間を通り抜けて、聖セシリア修道院学園の校門が見えてきた。
夜空の下、学校は静かにたたずんでいる。校舎についているたくさんの窓は、どれもまっ暗で、明かりひとつついていない。校舎から冷たい風がふいてきて、リロイとサムソンの身体を冷した。
「お前、本当にここに入るつもりか」
サムソンはふるえる手で校舎を差す。リロイは青ざめながら、「ふふ」と嘲笑した。
「あんた、もしかしてびびってんの?」
「び、びびってるわけねえだろ! お前こそ、幽霊が出てきたからって逃げるんじゃねえぞ」
「あら。それって、あたしがいなくならないための保険? サムちゃんったら、怖いんだったら素直に申し出てもいいのよ」
「おいおい。ここでおれに申し出されたら、困るのはだれなんだい? まったく、お前はいくつになっても可愛くな――」
サムソンが言いかけたところで、校舎から「ぎゃあああ!」と絶叫がひびいた。リロイとサムソンはびくっと反応して、同時に校舎を見あげた。学校のまわりから黒い霧が立ちこめてきた。
「い、行くわよ」
サムソンとがっちり腕を組んで、リロイは校門を通り抜けた。