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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
三章 魔術都市カジャール
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26

 リロイとサムソンは混乱する街を駆けた。見あげると、たくさんのレイスたちが夜空を浮遊していた。


 地面から這い出てくるゾンビたちを相手にしながら、リロイはソフィアを探した。途中ではぐれてしまって問題なかったのかと、リロイの脳裏に不安がよぎる。


 木に囲まれた公園から、かん高い悲鳴が聞こえてきた。聞き覚えのある声に、リロイは走る足を止める。ふり向くと、サムソンはこくりとうなずいた。


「先生!」


 木の枝をかき分けると、頭をかかえながらしゃがみこむソフィアが目にうつった。そのまわりで、たくさんのゾンビたちが両手を突き出していた。


 がたがたとふるえるソフィアの前で、ジェイクが木の棒を持ってかまえている。


「ヘルファイア!」


 サムソンが大喝すると、炎の柱があらわれた。柱は轟然と燃え上がりながら、ゾンビたちに向かっていき、黒煙を立ち上らせた。


「でやああぁぁ――!」


 リロイはスキアヴォーナをかかげて跳躍する。大きくふりかぶって、残るゾンビの唐竹を分断した。わきからジェイクが木の棒を払って、最後のゾンビを打ち払った。


「いやあ、生徒だったお前たちに助けられちまうとはなア」


 ジェイクは額の汗をぬぐって豪快に笑った。ソフィアもすぐに立ち上がって、リロイの肩をつかんだ。


「リロイさん。だいじょうぶ? 怪我けがはしてない?」

「あたしはだいじょうぶだって。ソフィア先生こそ怪我けがしてない?」

「私もだいじょうぶよ……って、もう! 生徒が先生の心配なんてしなくていいの」


 ソフィアはぶすっと頬をふくらませて、リロイの頭を小突く。リロイは思わず苦笑した。


 サムソンがふたりの間に入って、ソフィアの腕をつかんだ。


「ソフィア先生。遊んでる場合じゃねえよ。おれたち、先生を探してたんだ」

「私を?」

「うん。先生だったら、レイスたちをやっつける方法を知ってるんじゃないかと思ってさ」

「私が? レイスたちを倒す方法を……?」


 ソフィアはしきりに首をかしげる。サムソンは足のつま先で、地面をとんとんとたたいた。


「先生さ、さっき話してたじゃん。レイスたちは、昔に殺された何とか人だって」

「何とか人って、ムーア人のこと?」

「そうそう! そのムーア人が……ええと、何だっけ。殺されてから化けて出るようになって、霊を鎮めたとか、何とかって」

「ムーア人を鎮めたのは、カジャールの慰霊祠いれいしだけど」

「それだ!」


 サムソンは大声を出して、リロイにふり向く。リロイは静かにうなずいた。


「先生さ、その慰霊祠ってどこにあるの?」

「それが……」


 ソフィアは言葉をにごして、後ろのジェイクを見つめる。ジェイクは二の腕で額の汗をぬぐった。


「その慰霊祠なんだが、実はどこに建っているのかわからないんだ」

「ええっ。まじで?」


 ジェイクが腕を組んでうなる。サムソンはがっくりとうなだれて、地面にへたりこんだ。


「何だよ。それじゃあ来た意味ねーじゃん」

「窮地に立たされてた先生を助けといて、意味ねーとは何だ」

「だって、カジャールに長く住んでるジェイクだったら、何かいい情報を知ってると思ってたんだぜ。ちぇー」

「ちぇー、っておい! 黙って聞いてりゃ、平然とため口ききやがって。このくそがきが、しばいてやる!」


 ジェイクがいきり立って棒をふり上げる。サムソンは急いで立ち上がって、かんかんに怒るジェイクから逃げた。


 リロイが口を半開きにしているとなりで、ソフィアがあごに手をあてた。


「ムーア人の慰霊祠は、カジャールのまん中に建っていたって、うわさで聞いたことがあるけど」

「そうなの?」

「でも、カジャールのまん中には学校が建っているし、今まで祠なんて見たことないから、ただのうわさね。きっと」


 ソフィアはふり向いて、にこっと微笑んだ。リロイは腕を組んで考える。公園の隅で、ジェイクに捕まったサムソンが棒でしばかれていた。


 リロイは右手をにぎりしめた。


「そっか。先生、ありがと」

「ちょっと! リロイさん。どこに行くの」

「いいからいいから。先生は危ないから、ジェイクとどこかに隠れててね」


 リロイは走りながら、後ろでおろおろするソフィアに手をふった。





 リロイは大通りのゆるやかな坂道を駆け上る。その後をサムソンが息を切らせながら追う。


「ロイ! ちょっと待てって。こんなに急いでどこに行くんだよ」

「どこって、慰霊祠がある場所に決まってるじゃない。わかりきったこと聞かないでよね」


 リロイがふり返ると、サムソンは肩で息をしていた。


「ちょっと。だいじょうぶ?」

「だ、だいじょうぶってなあ。今日はな、たて続けに呪文をとなえてるんだぞ。だいじょうぶなわけねーだろ」

「呪文をとなえるのって、そんなに体力を消耗するの?」

「体力っていうか、魔力を消費するんだよ。魔力は体力の十倍で換算されるから、呪文の詠唱一回で、剣を十回素ぶりした分の体力が消耗しちまうんだよ」

「ほんとお? そんなの聞いたことないけど」

「と、とにかく、ちょっと休もうぜ。じゃねえと、慰霊祠に着く前にくたばっちまう」

「もう、しょうがないわねえ」


 リロイは腰に手をあててため息をついた。サムソンが「やっと休めるぅ」と言って、地面にへたりこんだ。


 そのとき、リロイのまわりを三本の赤い線がとりまき始めた。


「な、何っ……!?」


 赤い線は『ひゅう』と風が切れるような音を発しながら、リロイたちのまわりを輪舞する。リロイとサムソンがあわてて後ろに下がると、赤い線が三点に集約した。


 宙に浮く火の玉から、骸骨の顔と両手があらわれた。それらは口と手を広げて、リロイに飛びかかってきた。


「きゃあ!」


 リロイは両手で顔をおおいながら、横に飛んでかわした。急いでふり返ると、骸骨と両手がきびすを返してまた襲いかかってきた。


 リロイは左足を強く踏みこむ。腰に手をあてて、スキアヴォーナを抜き放った。


「もう! ここはお化け屋敷じゃないのよ」


 リロイは大きくふりかぶって、飛来する手を叩き落した。となりで、サムソンがかしの杖をにぎったままおろおろする。


「ロイ。こいつらはラルヴァっていうアンデッドモンスターだ。スケルトンの仲間で、冥府の獄炎をまとって、その炎で……」

「そんなうんちくはいいから、炎でさっさと焼き払っちゃってよ」

「だ、だめだ。こいつらは炎をまとってるから、炎の魔術は通じねえ。……ていうか、そもそもおれの魔力が残ってねえ!」

「んもう! ここぞというときに頼りにならないんだから。じゃあ、あんたも杖であいつらを叩き落してよ」

「て、てめえなあ! だいたいだれのせいでこんなに魔力が……て、うわあ!」


 悪態をつくサムソンの足を、ラルヴァの手がかすった。


 リロイは腰を落として、夜空をそっと見あげる。視線の先に浮遊しているラルヴァは三体。


 ラルヴァは顔と手のまわりに炎を燃え上がらせながら、リロイに突撃する。頬や腕にかするたび、焼けるような痛みがこみ上げてくる。


 スキアヴォーナの切っ先を前に出して、リロイは正眼のかまえをとった。向こうから、一体のラルヴァが口を大きく開けてきた。


「はっ!」


 リロイは切っ先を前に突き出す。スキアヴォーナの鋭く尖った刃が、ラルヴァの口を貫いた。ラルヴァは勢いづいたまま剣の柄に到達し、リロイの手を噛んだ。が、そこで力つきてぼろぼろに砕けた。


 二体のラルヴァが両手を広げて、地面を強く叩いた。そこから炎が燃え上がり、赭色しゃしょくの壁となってリロイに迫った。


 リロイが左に逃れると、炎の壁はわきの空き家を呑みこんだ。炎はとなりの空き家に燃えうつり、あたりは炎の海と化した。


 ラルヴァは夜空を飛翔し、両手から火の玉を放ってくる。火の玉が地面に落ちて、「ぼっ」と音をあげた。


「もう! いい加減にしてよ!」


 リロイはスキアヴォーナをふりあげて、空高く飛び上がる。突撃してきたラルヴァの脳天をとらえて、頭をたてに両断した。


 着地するリロイの後ろから、残るラルヴァが両手を広げて襲いかかってくる。


「ちきしょー! くたばれや」


 サムソンは両手をふって、ラルヴァに突撃する。杖を両手でにぎりしめて、ラルヴァの頬を力いっぱいに叩いた。ラルヴァは粉砕されるとともに口から炎を出して、サムソンの足もとに火をつけた。サムソンは「ひぇ」と言って後ずさりした。





 悪霊たちと戦いながら、リロイとサムソンは夜のカジャールを駆けた。いくら戦えども、悪霊たちの勢いは納まるどころか、逆に盛んになるばかりだった。


 はあはあと息を切らせながら、レンガで敷きつめられた道をリロイは走った。左右にならぶ街路樹の間を通り抜けて、聖セシリア修道院学園の校門が見えてきた。


 夜空の下、学校は静かにたたずんでいる。校舎についているたくさんの窓は、どれもまっ暗で、明かりひとつついていない。校舎から冷たい風がふいてきて、リロイとサムソンの身体を冷した。


「お前、本当にここに入るつもりか」


 サムソンはふるえる手で校舎を差す。リロイは青ざめながら、「ふふ」と嘲笑した。


「あんた、もしかしてびびってんの?」

「び、びびってるわけねえだろ! お前こそ、幽霊が出てきたからって逃げるんじゃねえぞ」

「あら。それって、あたしがいなくならないための保険? サムちゃんったら、怖いんだったら素直に申し出てもいいのよ」

「おいおい。ここでおれに申し出されたら、困るのはだれなんだい? まったく、お前はいくつになっても可愛くな――」


 サムソンが言いかけたところで、校舎から「ぎゃあああ!」と絶叫がひびいた。リロイとサムソンはびくっと反応して、同時に校舎を見あげた。学校のまわりから黒い霧が立ちこめてきた。


「い、行くわよ」


 サムソンとがっちり腕を組んで、リロイは校門を通り抜けた。

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