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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
三章 魔術都市カジャール
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「うわっ、こっちも……!」

「あ、あなたあ!」


 あたりから聞こえてくる人々の悲鳴。ベッドの上で目をつむっていた病人は、むくりと起き上がって目を赤く光らせる。奇声を発して、フロアの人々にいきなり襲いかかった。


「一体どうなってやがんだ……!」


 騒然とするフロアのまん中で、ジェイクが地団駄を踏む。豹変した病人たちは棒っきれや花瓶を持って、ジェイクに飛びかかってきた。ジェイクはあわててかわして、相手の首筋に手刀をあびせる。


「ジェイク、ここはもうだめだ! 外に逃げよう」


 サムソンは頭からたくさん汗をながしながら、ジェイクの二の腕を引っ張る。ジェイクは舌打ちした。


「ソフィア先生も。早く!」


 茫然とするソフィアの手を引いて、リロイはフロアの外に出た。病院の長い廊下は、血相を変えた人たちがあふれている。その後ろから、目を赤くする人間たちがよだれを垂らしながら両手をふり上げていた。


 ――みんなどうしちゃったの。どうしてこんなことに……


 逃げ惑う人たちの肩がぶつかる。リロイは足を止めて、混乱する病院を見つめる。逃げる人々を襲う人間たちの目が、まっ赤に染まっている。その鮮やかな色に見覚えがあるなと思ったときだった。


「わわっ! こっちにも出たぞ!」

「助けてえ!」


 暗黒の空を浮遊する、白い影。ふわふわとしたローブをなびかせる彼らはゆっくりと飛来して、絶叫する人間たちをつつみこむ。


「ロイ! こんなところにいやがったのか。またレイスがあらわれやがったぞ」


 大通りの向こうから人ごみをかきわけて、サムソンがやってきた。膝に手をあてて、ぜいぜいと息を切らせていた。


 リロイはスキアヴォーナの柄に手をあてた。


「それも、昨日以上の大軍でね」

「ま、待て。エーテル体のあいつらに剣じゃ通用しねえって、昨日思い知ったばっかじゃねえか! むりだ」

「でも! プリシラはあいつらにやられたのよ。このまま黙って逃げられないわ」

「お前の気持ちはわからんでもないけど、実際に斬れないんじゃ――て、おい!」


 サムソンの悲鳴を背に、リロイは猛然と走り出す。おしゃれな洋服屋の前で、若い男女が五体のレイスにとり囲まれていた。大股で走る後ろで、肩から下げたかばんが宙を舞う。リロイはスキアヴォーナを抜いた。


「このお! あんたたちのせいで、プリシラがおかしくなっちゃったのよ。どうしてくれんのよ!」


 リロイがむちゃくちゃに剣をふるうと、レイスたちはばっさりと切り捨てられる。建物の闇に消えて、リロイの前と後ろからあらわれて両手をふりあげてきた。


 リロイはとっさにかがんで、レイスたちの突進をかわす。後ろに飛んで、剣をそっとにぎりなおした。前からレイスたちが迫ってくる。


 ――あたしの剣じゃ、やっぱり斬れないの……!?


 憤然と剣をなぐリロイの脳裏に、もやもやと焦りがこみあげてくる。レイスたちは斬れども隠顕いんけんを繰り返すばかりで、まったく浄化してくれない。


 剣を払うリロイの右手に、レイスの袖がからみつく。すごい力で引っ張られて、思わず横に倒れそうになる。リロイは歯を食いしばって、その場に踏みとどまった。


 ――やばっ。


 リロイの肩に、腰にレイスたちがまとわりついてくる。身動きがとれないリロイの顔にレイスが覆いかぶさって、呼吸を封じてきた。


「ファイア・ボール!」


 怒号とともに火の玉が飛んで、一体のレイスに火をつける。長いすそから紅蓮ぐれんの炎が燃え上がって、レイスはこの世のものとは思えない声で叫喚する。他のレイスたちはすぐに四散した。


「平気か、ロイ」

「サム!」


 かしの杖を突き出しているサムソンに、リロイは親指を立てた。





 サムソンの足首を突然にだれかがつかんだ。


「な、何だ」


 サムソンがいぶかしい表情で見下ろすと、土から一本の手が生えていた。それは泥のようにやわらかくて、生ごみのような異臭を放っている。杖の先で軽く突くと付近の土が盛り上がって、灰色の泥人形が姿をあらわした。


「うわあ!」


 サムソンは泥人形の手を必死にはがす。腐乱した泥人形は「がああ」とうめき声をあげながら、サムソンとリロイの後を追ってくる。


「あ、あれってゾンビ!?」

「おれは知らねえよ!」


 ゾンビは溶けるような両手を這いずらせながら、ものすごい速さで迫ってくる。目と口の部分だけが黒く窪んでいて、上唇うわくちびるや眉の肉がどろどろと落ちていた。


 前方の地面がごそごそと動き出す。こんもりとした山が三つできあがって、白骨死体たちがあらわれた。


「ぎゃあああ!」

「こ、こっちにもいるう!」


 白骨をさらすスケルトンが目を光らせる。「クカカカカ」と気色悪い声を発しながら、右手に持つ錆びた長剣をふるってきた。朽ちた切っ先が後ろの鞄にあたった。


 ――骸骨剣士なんかに負けていられないわ。


 リロイはスキアヴォーナをにぎりしめて、右手を素早く払う。研ぎすまされた刃がスケルトンの胸を腕ごと分断した。


 二体のスケルトンがリロイの左右を囲む。じりじりと足を擦って、リロイに少しずつ近づく。あと一歩を踏みこめば斬りこめる位置で、スケルトンたちが大きくふりかぶった。


 ――ここだ……!


 リロイは左のスケルトンに体当たりした。左肩がスケルトンの肋骨のまん中を砕いて、錆びた剣が地面に転がり落ちる。残る一体は空ぶりするも、リロイにしつこく斬りかかってきた。


 スケルトンの斬り払った剣がリロイの頭をかすめる。リロイは目をこらして、スケルトンが払う剣をかわした。剣先が目の前をよぎる。


 スケルトンが袈裟けさ斬りしたところで、リロイは左足を大きく踏みこんだ。右手をふり上げて、スケルトンの左肩から右胴にかけて斬り落とした。スケルトンは地面に倒れて、頭蓋骨がリロイの足もとに転がった。


「ば、化け物だあ!」

「こっちには幽霊が……!」


 夜空に次々とあがる悲鳴。サムソンが「まだいやがんのか」とぼやきながら、首をきょろきょろさせた。大通りのまん中、建物の影からスケルトンたちが次々とあらわれる。


 リロイとサムソンの足もともぼこぼことふくらんで、腐乱した手がにょきっとのびてきた。ふたりはあわてて後ろに下がった。地面からゾンビたちがあらわれて、「があ」と気味悪い声をあげてきた。


「こんなに引っ切りなしにあらわれちゃ、おれの魔力ももたねーぜ」


 サムソンは杖をかまえて、大きな火の玉を召喚する。ゾンビたちが轟然と燃えあがって、苦痛の悲鳴をもらす。


「でも、こいつらを退治しなきゃ街の混乱は治まらないわ。あたしたちでやるっきゃないわよ」


 後ろから襲ってきたスケルトンの長剣を受けて、リロイは眉をひそめた。細い骨でできたスケルトンは、強い力で剣を押してくる。リロイは剣を引いて、前屈みになったスケルトンの胸をわきから斬り払った。


 左右から包囲してくるスケルトンたちから後退していると、背中に壁のようなものがあたった。驚いてふり返ると、背中を向けたサムソンが杖をかまえていた。


「こんなにどんどん出てくるやつらを、おれら二人だけで倒すってのかよ。数的にむりだぜ」

「そんなの、あたしだってわかってるわよ。でも、他に方法はないでしょ」

「あのなあ。こんなやつらを一体ずつ相手にしてたら、おれらの体力がもたねえよ。お前の意気ごみは大したもんだけど、もっと現実的に考えねえと、先にくたばるのはおれらだぜ」

「そんなこと言ったって――」


 スケルトンとゾンビたちが一斉に襲いかかってきた。リロイは正面のスケルトンに体当たりして、包囲を突破する。サムソンは汗をかきながら、連続して呪文をとなえる。そっとかがんで地面に手をあてると、炎が津波のように沸きあがった。炎はゾンビたちを包み、焦げ臭いにおいを立ち上らせた。


 炎を前にして、サムソンが地面に座りこむ。


「ジェイクとソフィア先生が言ってただろ。こいつらはたぶん、何とかっていう先住民族だ。何で復活したのかはわからねえけど、街の混乱を何とかするには、こいつらの気を鎮めてやるっきゃねーぜ」

「鎮めるって、倒すんじゃだめなの?」

「アンデッドモンスターってのは命を持たないやつらだから、何度倒しても復活するんだ。だから、強力な魔法円とかでやつらを封印するんだ。じゃねーと、きりがねえ」


 リロイは炎の柱を見つめる。炎は勢いよく燃え上がり、暗黒の空を焦がす。熱気が前から伝わってきて、リロイの顔を熱くした。


 リロイもサムソンのとなりにしゃがんだ。なめし革の鞄からびんのこすれる音が聞こえた。


「こいつらを封印すれば、プリシラも元に戻ってくれるかしら」

「そうなってくれることを祈るしかねーな」


 リロイは膝に手をついて立ち上がる。左手をさし出して、ぐったりするサムソンの身体を起こした。

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