表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
三章 魔術都市カジャール
22/81

22

「何だよ今の」


 サムソンは顔を青くしながら、大通りのわきを見つめる。ふいによぎった白い影は、ふわふわと浮遊しながら建物の間に入っていった。


 リロイはプリシラの頭をゆっくりと下ろして、サムソンの前に立ち上がった。


「どうしたの?」

「いや、よくわからねえんだけど、変なのが前をよぎったんだ」


 サムソンはふるえる右手を出して、三階建ての建物の間を差す。その先はまっ暗で、何がいるのかわからない。


 無言のまま立ちすくんでいると、暗闇の向こうから絶叫がひびいてきた。リロイはサムソンに抱きついた。


 サムソンは青い顔のまま、ひとさし指で裏通りをつんつんと差した。リロイはサムソンの腕をしっかりとつかんで、じっと彼を見つめる。サムソンも顔からたくさんの汗を流して、じっとリロイの様子をうかがっている。


 ふたりは裏通りに視線を戻すと、抱き合った状態のままゆっくりと前に歩いていった。


 夜の裏通りは明かりがなくて暗い。明かりは夜空に浮かぶ三日月だけ。月の弱い光は足もとまで照らしてくれない。頭上にはたくさんの蝙蝠こうもりが飛んでいた。


 リロイとサムソンがびくびくしながら歩いていると、足もとで「パキ」と小枝の折れる音がした。


「きゃあ!」


 ふたりは同時にのけ反って、急いで後ろに下がった。ばくばくする胸をおさえながら、あたりをゆっくりと見わたしてみるが、何かがいる気配はない。


「お、お前、急に変な声出すなよ」

「あんたが木の枝なんか踏むからでしょ!」


 ふたりはしばらくにらみ合ったが、互いの袖をしっかりとつかみ直して前を進んでいった。


 ごみ箱が左右に散漫しているところで、足のつま先からごつっと固い感触が伝わってきた。しゃがんでみると、足もとにひとりの男性が倒れていた。


 ――さっき悲鳴をあげてたのって、この人かしら。


 リロイはひとさし指を出して、男性の腹をつついてみる。が、昏睡する男性は少しも反応しない。


 リロイが消沈していると、サムソンが背中をしつこく引っ張ってきた。


「ちょっと、ドレスをあんまり引っ張らないでよ」

「……ロ、ロ、ロ……あ、あ、あ、あれ」

「全然呂律が回ってないじゃない。それじゃ、何言ってるのかわか――」


 がたがたとふるえるサムソンが指差す先を見返して、リロイも言葉を失った。


 ふたりの前に白いローブが浮いている。それはフードをしっかりとかぶっていて、腕よりも長い袖を広げて、悠然とたたずんでいる。ローブは少し透けていて、裏通りの向こうがうっすらと見えた。


 ローブをかぶった何かが、ゆっくりとこちらにふり向く。フードの中はまっ暗で、赤い点がふたつだけ不自然に浮いている。それがぎょろりとにらむように鋭く光った。


「で、で、で、出たア――!」


 リロイとサムソンはわれ先にと逃げる。その後を白い悪霊がすごい速さで迫ってくる。大通りまで戻り、わき目もふらずに走るが、恐怖の悪霊との距離は少しずつ狭まってくる。


「ロ、ロイ! このままだと追いつかれちまうぞ!」

「そんなこと言ったってえ!」


 リロイは息を切らせながら、夜空に向かってさけんだ。胸はばくばくと鼓動が荒く、今にもはち切れそうだった。だが、後ろの悪霊は表情ひとつ変えず、長いすそをひらひらとなびかせている。


 ――あんなのに捕まったら、あたしの魂なんてすぐに持ってかれちゃうわ!


 リロイは走りながら、あたりをきょろきょろと見わたす。うす暗い夜道の向こうに、煌々と光る街灯が目についた。


「サム、あれよ! お化けって明るいものに弱いんでしょ」

「おお! 街灯か。それナイスアイデア」


 悪霊が大きな袖口を広げて、リロイの身体をとらえる――その寸前でリロイはサムソンといっしょに前に飛びこんだ。ざざざと身体を地面に擦りながら、街灯の下にすべりこんだ。


 胸やお腹についた砂を払って、リロイは後ろをふり返る。視線の先にはカジャールの夜道しか映らない。


「レイスに何とか捕まらずに済んだな。一時はどうなるかと思ったぜ」


 サムソンはケープの胸もとをばたばたさせている。額の汗を袖でごしごしとぬぐいながら、「間違いなくあいつの仕業だな」と言った。


 リロイは立ち上がって腕を組んだ。


「あのお化けはレイスって言うの?」

「言うのっつうか、レイスっていうのは浮遊霊の呼び名なんだよ。ゴーストとかスペクターって呼んだりもするけどな」

「ふーん。……で、プリシラや街の人を気絶させてるのって、やっぱりあいつのせいなの?」

「まあ、そうだと思うんだけどなあ」


 サムソンはあいまいな言葉を返してから、わしわしと頭を掻いた。ぬれた頭から汗が飛び散って、何滴かがリロイの顔に飛んできた。


 ――プリシラを助けてあげたいけど、お化けなんてどうやって相手したらいいのよ。


 リロイは腕を組んだまま、黙々と考えてみる。初めて見るお化けは想像以上に怖くて、とても相手にできそうもない。だが、逃げてばかりではプリシラは助けられない。


 あれやこれやと悩んでいるリロイの背中を、またしつこく引っ張ってきた。


「サムってば、ドレスを引っ張んないでって言ってるでしょ」

「おれは引っ張ってねえよ」


 正面に立つサムソンは両手を出して、リロイの前でひらひらとさせる。だが、リロイの背中はしつこく引っ張られ続けている。リロイの額と背筋に大量の冷や汗が流れた。


 リロイは唾を呑んでから、恐る恐るふり返る。レンガの壁から白い影が生えていて、それがくすりと笑った。


「ぎゃあああぁぁ!」


 リロイとサムソンは絶叫しながら、カジャールの大通りまた走った。後ろからレイスが赤い目を光らせて、すごい速さで追ってくる。大通りから裏道を曲がると、レイスも同じように裏道に入ってきた。


「お化けは明るいものに弱いんじゃなかったのかよ!」

「そんなの知らないわよお!」


 サムソンに怒鳴っていると、正面の暗闇がもやもやと白くなってきた。不自然なもやは宙の一点に集まると、白いレイスに変化した。


「ぎゃああ!」

「こ、こっちにもいるう!」


 ふたりは慌てて横の細い道に逃げた。その後を二体のレイスが追いかけてくる。建物の上からも三体のレイスがあらわれて、リロイとサムソンを包囲しにかかる。


 そこで、サムソンが足をつまずいてしまった。


「サム!」


 地面に倒れるサムソンの上から、五体のレイスが覆いかぶさろうとする――! リロイは左手で腰のさやをにぎって、スキアヴォーナを抜き放った。


「この! サムから離れてよ!」


 リロイはスキアヴォーナをむちゃくちゃにふるう。ふわふわと浮かぶレイスを鋭い剣先がとらえ、やわらかい身体を分断する。


 ――何、この手ごたえのなさは。


 リロイのこめかみに一滴の汗が伝う。斬られたレイスたちはゆっくりと輪舞して、夜空に溶けこんでいった。


「や、やったのか?」


 サムソンは壁に右手をついて立ち上がる。リロイは首を横にふった。


「だめ。あいつらはやられてないわ。だって、斬った感触が全然なかったもの」

「そりゃ、幽霊なんだからしょうがないだろ。それよりも、レイスなんてよく追っ払えたな」

「ああでもしなきゃ、あんたの魂が抜かれてたでしょ。もう必死だったわよ」

「でもまあ、これでお前は脳みそ筋肉女から、徐霊大好きエクソシスト女に昇格――」


 サムソンはふいに言葉を止めて、リロイを指差した。


「ロイ!」

「えっ――」


 後ろの壁からレイスたちがたくさんあらわれて、リロイの身体にまとわりついてくる。レイスは吸いこまれるように吸着して、リロイの腕や胸を縛った。


 ――やばっ。


 レイスのフードが、リロイの頭をすっぽりとつつむ。まるで冷たい布にくるまれているようで、重さが少しも感じられない。やわらかい布はリロイの顔面にぴたりとくっついて、口と鼻をふさぐ。


 リロイはレイスをはがそうとするが、両手からだんだんと力が抜けてくる。息を吸うことができなくて、胸の後ろと頭が内側から圧迫されはじめた。


「へ、ヘルファイア!」


 サムソンの怒声とともに、リロイの左側が熱くなってくる。レイスたちが「ぎゃあ!」と壮絶な悲鳴をあげると、身体の拘束がゆるくなった。


 レイスたちを引っぺがして、リロイはサムソンの腕に抱きついた。紅蓮ぐれんの炎は轟音ごうおんを発して、レイスたちを焼き尽くす。夜空にレイスたちの悲鳴がひびいた。


 最後のレイスを焼殺すると、炎は夜空の中に消えていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ