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騎士見習いリロイ  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
三章 魔術都市カジャール
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 その日の夜、サムソンは昨日と同じ宿に入った。


「ええっ。またここに泊まるの?」

「仕方ねえだろ。だれかさんが無駄使いしちまって、手持ちが少ねえんだから」


 サムソンはさらりと言うと、木の階段をあがっていく。リロイもしぶしぶ彼の後に続いた。二階の広いフロアを仕切る衝立ついたてを見ると、背筋の力が抜けてくる。


「ロイちゃん。今日はここに泊まるのお?」


 リロイのとなりで、プリシラが目を輝かせる。ふり返ったサムソンが白い歯を見せて笑った。


「プリシラ、どうよ。こういう所に泊まるのも楽しいもんだぜ」

「うんうん。王宮にあるような大きなベッドがなくて、とっても斬新なお部屋だね。この衝立もおしゃれだし」

「だろ? ほら、ブーツを脱いでこっちに来いよ」


 プリシラは「お邪魔しまーす」と言って、宿の狭い一角にあがった。サムソンのとなりに座って、行儀よく足を閉じている。リロイはさらにげんなりした。


 ――こんな貧乏宿に泊まって、何が楽しいのよ~。サムもプリシラもどうかしてるわ。


 リロイも仕方なくブーツを脱いで、衝立のそばに腰かけた。衝立の向こうから、「結界が消えちまったんだってよ」とか、「一体だれの仕業だよ」という声が聞こえてくる。


「みんな、結界のことで興味津々だな。あっちもこっちも結界の話ばかりしてらあ」


 サムソンは壁にもたれて、両足をだらりと伸ばす。プリシラも足をくずして、左手を床につけた。


「でもお、木星の門の結界石を壊した人ってだれなんだろうね」

「さあなあ。手がかりがなきゃ、探しようがないしなー」

「結界が消えちゃったら、魔物がいっぱい襲ってくるんだよね。カジャールの人たちは平気なのかなあ」

「まあ、平気じゃないわな」


 サムソンが適当に相づちを打つと、プリシラは首をかしげた。リロイも足をくずして、両手を床につけた。


「サム。明日の朝に出発しましょ」

「ええっ。お前、結界は気にならねえのか?」

「そりゃ、気になるけど、あたしたちの目標は剣聖さんを探すことなのよ。カジャールで時間をつぶしてたら、剣聖さんに逃げられちゃうわ」

「一日二日待ったって剣聖は逃げないと思うけどなー」

「とにかく、あたしたちは明日の朝に出発するの。結界の方は守衛さんがうまくやってくれるわよ」

「ふーん」


 サムソンはにやにやしながら、床に寝そべる。


「出しゃばりのお前にしちゃあ、殊勝なこった。金欠がそんなにきついのか?」

「そんなんじゃないわよ。あたしはただ、剣聖さんに早く剣を教わりたいだけ。それに、学校の七不思議に首突っこんでるようなやつに出しゃばりって言われたくないわよ」

「けっ。ヘベス村じゃ、頼まれてもないのにクラーケンを退治してたくせに。よく言うわー」

「あ、あれとこれは別ものよ。減らず口ばっかたたいてないで、明日の準備しといてよね」


 そう言うとサムソンは「やなこった」と返して、頭の後ろを床につけた。そのとなりで、プリシラが瞳をうるませる。


「ロイちゃん。明日にもう行っちゃうのお? もっといっしょに遊びたかったのに」

「うーん。ほんとはあたしもプリシラと遊びたいんだけど……ごめんね。家出してるのにカジャールでずっと遊んでたら、さすがにお父様も怒っちゃうわ」

「そっかあ……。ロイちゃんは剣術の修行の旅をしてるんだもんね。プリシラが邪魔してたら修行の妨げになっちゃうよね」

「妨げだなんて、そんな……。そのかわり、今日はずうっといっしょにいよ。ね?」

「うん!」


 プリシラは満面の笑みでうなずいた。


 サムソンはのっそりと起き上がって、かばんの中に手を入れる。ごそごそと動かして、タロットカードをとり出した。


「そういや、プリシラ。今日はこっちで泊まるって、ある人に言って来なくていいのか?」

「ああ! そうだった。すっかり忘れてた」


 プリシラは顔色を変えて、すぐに立ち上がった。赤いふちの眼鏡がずり落ちて、床に転がる。


「ロイちゃん。ちょっと待ってて。すぐに帰ってくるから」

「ちょっと、プリシラ、眼鏡――」


 リロイが眼鏡を拾ったころには、プリシラは階段を駆け降りていた。


「あーあ。行っちゃった」

「プリシラはいつも慌しいやつだなあ」


 サムソンもカードをシャッフルする手を止めて茫然とした。





 それからサムソンと二、三の口げんかをしているころだった。


「さっきから何の声だ?」


 衝立の向こうから聞こえてくる、いぶかしむおじさんの声。サムソンは首をきょろきょろと動かした。


「何、何? 何か起きてんの?」

「何でみんな静かになってるの?」


 リロイもふり上げた右手を降ろして、あたりを見わたしてみる。さっきまでうるさかったフロアが、いつの間にか静かになっている。


 壁にかかっている蝋燭ろうそくの火が、ゆらゆらとゆれている。閉めきっている室内に冷たい空気が流れて、身体をぶるぶるとふるわせる。リロイは両手で身体をかかえた。


 一同が固唾かたずを呑んで見守っていると、壁の向こうから「きゃあ!」という悲鳴が聞こえてきた。一同は飛びあがった。


「今のって悲鳴じゃねえのか!?」

「だれの悲鳴だよ!?」


 とたんにフロアがどよめき立つ。もう結界のことなんか忘れて、恐怖におののいている。


「だ、だれかが襲われてんのかな」


 サムソンはぶるぶるとふるえながら、ゆっくりと立ち上がる。窓におそるおそる近づいて、外をながめた。リロイもあわてて立ち上がり、サムソンのとなりに寄った。


 窓の下は、弱々しい街灯に照らされた大通りがのびている。黒闇こくあんの街は、人気ひとけがなくてどこか冷たい。


 大通りのところどころに何かが落ちている。目をこらしてみるとそれは服を着ていて、動物ではない生き物だというのがすぐにわかった。


 閉まった洋服店の前、街灯の下、そして道のどまん中に倒れている――人々。彼らは指ひとつ動かさず、その場にじっとたたずんでいた。


「ひ、人が倒れてンぞ」

「外で何が起きてんだよ」


 顔を青くするおじさんたちの声の後に、また女性の悲鳴が聞こえてきた。宿の中は一気に混乱した。


「何なの、これ」


 リロイの口が小刻みにふるえる。ふり向くとサムソンも顔を青くして、「わからねえ。何なんだよこれ」とつぶやいた。


 ひざの力が抜けていく。リロイは壁に手をあてて、必死に身体を支える。そのときに思い浮かんできたのは、眼鏡をずらした親友の笑顔。


「プリシラ!」

「ロ、ロイ! 待てって!」


 後ろから追ってきたサムソンが階段を踏み外していた。





 宿を飛び出したリロイの身体を、冷たい風が吹きつける。夜の大通りは不気味なまでに静まり返っている。


 リロイは、腰の剣帯を引っ張ってみる。しっかりと結びつけた剣帯は少しもずれ落ちない。首を左右に動かして、すぐそこに倒れている男性の元に駆け寄った。


「どうだ?」


 後ろからサムソンが不安そうに見下ろす。リロイは気絶しているおじさんを仰向けに寝かせて、頬を何度かはたいてみた。目をつむるおじさんは、ぴくりとも動かない。


「だめ。たたいても全然反応してくれないわ」

「ぱっと見、怪我けがとかはしてなさそうだけど、このおっさんは何で気絶してるんだ?」


 首をかしげるサムソンを尻目に、リロイはおじさんをくまなく観察してみる。サムソンの言う通り、おじさんに目立った外傷は見あたらない。


「わからないわ。まるで魂が抜けちゃったみたいだけど――」


 ふり向くリロイの耳にまた悲鳴がひびく。女性特有のかん高い声に、リロイの頭が凍りつく。


「あの声はまさか……!?」

「ま、待てって」


 リロイとサムソンは、声がする大通りの向こうへと駆けた。街の異変に気づいたからか、途中で何人かとすれ違った。


 看板にロングソードが描かれている店の前で、うつ伏せに倒れている人影を見つけた。その女の子は、赤紫とベージュのダブルスカートをはいている。背中にかかる長い髪は左右に乱れて、地面に流れていた。


「プリシラ!」


 リロイは急いで駆けより、プリシラの身体を起こす。のぞきこんでみると、プリシラは可愛らしく目を閉じている。だが息遣いはない。


 プリシラの細い身体を軽くゆすってみたが、彼女のまぶたはぴくりとも反応しなかった。


 ――プリシラまで犠牲になっちゃうなんて、そんな、どうして……!?


 リロイの背中からたくさんの冷や汗が流れる。肩と腕が小刻みに動いて、ふるえが治まらない。頭の中から思考が沸き起こり、意識が混乱してくる。


 少し後ろでサムソンも茫然と見下ろしている。プリシラのまさかの状態に言葉が出なかった。


 そのとき、サムソンの前を白い何かがよぎった。

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